祭事
翌日。
パーシヴァルがとある書類を、周囲の様子を見失うほど集中して読みふけっていると、執務室の窓がガタリと開け放たれ、そこからアイシリアの脚が、身体が、顔がぐいと執務室内に入り込んでくる。
「……いつの間に出かけていたんだ?
というか、出入りをするなら玄関からにしてくれないか?」
音とその姿に集中を削がれたパーシヴァルがそう言うと、アイシリアは言葉を返すことなく、パーシヴァルの後ろに控える。
「アイシリア、一体いつの間に出かけたんだ? そして何処に行っていたんだ? 答えてくれ」
メイドは領主が問いかければ素直に答えを返すのが常だった。
答えを返さないのは何か、彼に言いたくないことがあるからで……領主が語気を強めて再度問いかけると、メイドは渋々、舌打ちをしてから言葉を返す。
「……アナタが書類を読みふけっている時に。アナタの友人を勝手に名乗るふざけた手紙を寄越した方の下、です」
「は、はぁ!?
か、か、彼は仮にも貴族だぞ!? 殺したら大問題だぞ!? こ、殺してないよな!?
け、怪我もさせていないよな!?」
「はい、その点に関しては全く問題ありません。ただどんなふざけた顔をしているのか見に行っただけですので。
……彼の屋敷の庭に大きな雹が振ってきて、庭を貫きいくつもの穴を開けて、物乞い貴族との文字が刻まれた噂がそのうちここまで届くかもしれませんが、わたくしは預かり知らぬことですね」
そんなメイドの言葉を受けて領主は大きなため息を吐き出す。
ため息を吐き出して、その程度ならまぁ、そこまでの問題にならないかと気持ちを切り替えて……メイドから読みふけっていた書類へと視線を戻す。
「……わたくしが出かけたことに気付かないほど集中して、一体何の書類を読んでいるのですか?」
出かけた際にはありがたいばかりだったが、そこまで集中されるとなんだか気味が悪いと、そんなことを思ってメイドが尋ねると、領主は書類をメイドの方へと差し出してくる。
「毎年恒例の祭事についての書類だよ。
もうそろそろ夏も本番……君も知っての通り、夏になったらこの辺りでは、北にそびえる山脈に住まう氷竜を守護者として崇めるための祭事が行われる。
他の地域では忌み嫌われていることもあるドラゴンだが、この地においては大地の精霊以上に好かれ、愛され、力強く賢く頼れる隣人として信奉されているからね……今年も大々的に、うちからもそれなりの資金を援助しておこなう予定となっている」
その言葉を受けて、書類の内容を確認したメイドは……差し出された書類から目を背けてもぞりと身悶える。
身悶えて頬を赤く染めて何処か恥ずかしそうにしながら……一つも言葉を返さないメイドの態度を受けて、領主は仕方なしに言葉を続ける。
「去年、君は何かと言い訳をつけて逃げてしまったが……流石に今年は参加してもらうよ?
近所に住まう領民達も、流石にというか、薄々君の正体に気付き始めている……。
……だというのに二年連続で欠席となったら彼らをがっかりさせてしまうからね」
「……む、無理です」
領主の言葉に対し、身悶えしながら言葉を返すメイド。
それを受け領主は呆れたと言わんばかりの表情となり、椅子を軋ませながら半目となってメイドを見やる。
「……無理でも出てもらうよ。
これも仕事のうちだと思って諦めなさい」
半目での領主の言葉に、再度もぞりと身悶えたメイドは、両手の平を上に向け、わなわなと震わせながら、凄まじい勢いで言葉を吐き出す。
「そ、そ、そんなの無理に決まってるじゃないですかー!
何が悲しくて身内の……お父さんを褒め称える祭事に参加しなくちゃならないんですか!?
あっちでお父さんが褒められて、こっちでお父さんが褒められて、その上お父さんの像まで作ったりしちゃって、それを囲みながら歌ったり踊ったり皆で崇めたりして、居た堪れないなんてもんじゃないんですよ!!
アナタに分かりますか!? 巣ではぐーたらの、だらしないだけのダメ親父が、そんな風に崇める様を見なくちゃならないわたくしのこの気持ちが!?」
それを受けて領主はため息混じりの言葉を返す。
「……代々我が家が信奉していた伝説の氷竜がぐーたらのダメ親父だと知らされたボクの気持ちも分かって欲しいものだが……。
……まぁ、うん、何度も言うようだがこれも仕事だと思って諦めなさい。
領民達も君の正体について言及するとか、君を崇めたいとかそう思っている訳ではないんだ。
自分達が氷竜を信奉していることを、君のお父上を心の底から敬愛していることを、認識して欲しいというか、分かって欲しいというか……こちらの敬愛がそちらに伝わっているとの確信を得て安心したいんだよ。
そんな風に安心をしなければ毎日を過ごせないような小心者の領民達のためにも、祭事には絶対に参加するように」
その言葉を受けてアイシリアは、その白い頬を真っ赤に、今までに無いほど紅く染めて涙ぐむ。
スカートを両手でぐいと掴み、ふるふると身震いし……そうして言葉を返す事も出来ずに、執務室から脱兎のごとく、逃げ出してしまう。
それを受けて大きなため息を吐き出した領主は……ふいに懐かしい、北の山脈での出来事を思い出す。
無力ゆえに無策、愚策を続けてしまって、誰も彼もに見放されてしまって、誰も領主の言葉に耳を貸さなくなり、結果領地が荒れ始めてしまい……そんな状況を打破しようと、自らの名に箔をつけようと北の山脈に住まう氷竜の下へと向かったあの時のことを。
氷竜に戦いを挑もうとした訳ではない、その宝を奪おうとした訳ではない。
ただ自らのことを認めて欲しいと……この地を治めるに相応しい領主であると認めて欲しいと願って単身、氷竜の巣へと向かった領主は……そこで見目麗しい女性と出会うことになる。
「まさかその子が氷竜の娘で、しかもうちのメイドになってくれるとはなぁ……」
紆余曲折を経て氷竜に認められた結果、彼の屋敷に住まうことになった彼女。
今、こうして領地が安定しているのはそのほとんどが彼女のおかげであり、彼女の尽力の結果であり……出来ることなら彼女が嫌がることはしたくないのだが、今回ばかりは仕方ないともう一度大きなため息を吐き出した領主は、その腹を揺らしながら立ち上がり……彼女のご機嫌を取るために、彼女の好物のミートパイでも作ってやるかなと、キッチンへと足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
彼らの出会いについては、またそのうちに。
※追記
400PT突破しました、応援ありがとうございます!!