大公
領主が選びぬいた傑作と呼ぶに相応しい、いくつかの絵画と芸術品をアイシリアが隣領へと持って行って、
『ハーネット領の名産品となる予定の品々なので楽しんでください』
と、そう言って大公妃に手渡すと、大公妃はその裏にある意図を深く考えることなく、笑顔でそれらの品々を受け取ってくれた。
まさか評価を高めて欲しいなどと厚かましいことまでは言えず、家に飾って欲しい、鑑賞して楽しんで欲しいと、そう願い出るだけにアイシリアが留めると……大公妃はその言葉をそのまま受け取ってくれて……そうしてその日のうちに屋敷の目立つ位置へとそれらを飾ってくれた。
それらの美術品を、芸術云々はよく分からないがとても綺麗だと、何を描いているのか分からないが見ていて楽しい品だと、大公妃と子供達が普通に、素直に楽しんでいる中で……一人だけ全く別の、特別な反応を示す者がいた。
大公パーマー・アウストラ、その人である。
大公というだけあって、王都王城での暮らしをしていたパーマーは、幼少の頃から様々な美術品、一流の芸術家達が描き作り上げた品々と毎日のように触れ合っていて……芸術的才能は全く無いながらも、その見る目は洗練され、一流と言って良いレベルにまで磨き上げられていた。
その目が見るにこれらの品々は超一流……王都で流行っている主流の品では無いものの、群を抜いた技術と天性の才能でもって作り出された品々であると言えて……そうした品々を目にしたパーマーは、はらはらと涙を流すことになる。
それは芸術品の美しさに感動したことによる涙ではなかった。
王都から追放され辺境へと追いやられ、誰も自分を王族扱い、大公扱いしてくれないという、そんな日々の中でもがき苦しみ、いつ終わるのかもわからない長い時の中をどうにかこうに耐えに耐えて、そして今ようやく……ようやく自分が、大公扱いされたと知っての涙であった。
超一流の品を、大公に相応しいこの洗練された品々を、無償で……この自分に、大公に相応しいからと献上してくれた。
これだけの品々を手にできる程の人物が、自分を大公扱いしてくれた。
やはり自分は大公だったのだ、偉大だったのだ。尊き血筋のこの国の中心であったのだと再認識して、パーマーは涙を流し続けた。
それからパーマーは人が変わったかのように真面目に働くようになる。
田舎暮しで乱れていた髪をしっかりと整え、ヨレヨレになっていたシャツを新調し、その肌を香油で磨き上げ……それらの資金を捻出するために書類仕事や畑仕事に邁進し……そうして見栄えを整えたなら、それなりの権力、財力を持つ人々を呼び集めて、献上された超一流の美術品を背景にして堂々と立ち、大公パーマーここにありと、呼び集めた人々に見せつける。
『ああ、この美術品かい?
見て分からないのかい? これこそが次代の芸術というものだよ。
王都で流行っている品々なんて古い古い、これらの美術品こそが新時代を作り出す……いや、これらそれ自体が新時代といって良い品々なのだよ!』
そんな演説をぶりながら大公が飾られた品々を自慢すると……その影響はじわじわと、大公領を中心にゆっくりとした速度で広がっていくことになる。
とはいえ結局は辺境の、ド田舎での出来事である。
大金が動く訳でもなく、商人達がこぞって買い付けにくる訳でもなく……ほんの一部の、生活に余裕のある好事家達が、気まぐれにふらりとやってきては、気まぐれにちょっとした金額の買い物をしていくという、その程度の影響だったのだが……それでも全く売れなかった品々が、わずかでも売れるというのは、パーシヴァルにとってもアイシリアにとっても……そしてパーシヴァルの下で保護されている芸術家達にとっても、ありがたいことだった。
芸術家達とて、パーシヴァルに保護されているだけの日々を良くは思っていなかった。
なんらかの形で恩返しをしたいと常々思っていた。
そしてその機会がついにやってきた、ついに自らの芸術が認められつつある。
そうした流れを受けて芸術家達は感激し、奮激し……更に美しい、彼らにだけしか作れない品々を作り出し始める。
するとまたそれらの品々が大公の下に贈られて、大公がそれを人々に自慢して……と、ちょっとした好循環が、全く予想外の形で生まれ始めるのだった。
「いや……まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったな。
美術館の裏……ちょっと表には出せないような品々を飾っている一画も、有料でも良いからと見学する者達が出てきたようだし……うぅむ、これは中々の税収増が期待できるのではないか?」
数日が経って、そうした影響の報告を受けた領主が、いつもの執務室でそう言うと、メイドが素直に頷いての同意を示す。
「そうだろう! そうだろう!
うんうん、これだけ頑張って税収を上げたのだ! これならば色々とボクが考え出した素晴らしい政策の数々を実行しても問題ないのではないかな!」
続く領主の言葉にメイドは、無表情のまま首を左右に振って……そうしてから容赦の無い言葉を返す。
「ダメです」
「何故だね!?
税収が上がったら好きにして良いとそう言っていたではないか!?」
「そんなことは一言も言っていません。
税収が上がって、貯蓄が出来て余裕が出来たら良いと、そうなら言いました。
そもそも税収増が期待出来る……と、それだけの話であって、畑の収穫もまだまだこれから、災害など何事もなく収穫できれば、税収増『するかも』という話なのですから、結果が出るのは冬頃の話ですよ。
冬になって仮に税収が上がったとしても、貯蓄に回せるのは僅かでしょうから……どうしても、そのくだらな……コホン、いくつかの政策を実行したいのであれば、もっともっと、大金が積み上がる程の税収増になるまで頑張る必要があります。
そういう訳ですので、もっともっと、その余計なお肉が全て削げ落ちる程に頑張ってください」
淡々としながらも、何処か楽しげにそう言ってくるメイドに対し……領主は何の言葉を返せず、項垂れそうになる……が、娘の前だ、そんな姿は見せられないと奮起し、
「や、やってやろうではないか!!」
と、そんな言葉を返すのだった。
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