芸術
「畑に打てる手は打った。
家畜に関しては畑の収量が上がれば自然と影響が出るものであるし、そうすぐに結果に繋がるものでもないので、追々やっていくこととしよう。
……さて、他になにか税収を増やせる方法は無いものか」
他に手がないものかと数日間悩み、領主なりに悩みに悩んで良い手が思い浮かばず……もはや彼女に頼るしかないと考えた領主が、意味ありげな視線で、露骨過ぎる程に必死な表情でそう言うと、庭で植木の手入れをしていたメイドが、やれやれといった様子で言葉を返す。
「……ハーネット領の主な産業は農業なのですから、そこに手を打ったなら後は結果を待つだけだと思いますけれども……。
……そうですね、それでも何かしたいというのなら、保護している芸術家に何かをさせてみたらどうですか?
芸術品を売るなり観光客を呼び込むなり、無駄飯ぐらいの彼らが動けばそれなりの結果に繋がるはずですよ」
その言葉を受けて領主は「ふぅむ」と声を上げて悩み始める。
領主は芸術を深く愛している。
芸術とは人の心を豊かにし、穏やかにし、平和と安寧に繋がる行為だと信じていて……ゆえにそれを作り出す芸術家のことも、芸術と同じくらいに深く深く愛している。
この国において自ら芸術家だと名乗る者達は基本的に、貴族の望む芸術品を作り出し、貴族から金を得ることで日々を暮らすという生き方をしているものなのだが……芸術家の中には、芸術家だからこそ社会に馴染めず、貴族に媚びることをせず、独自の道を行こうとする者達もそれなりの数、存在していて……そうした者達は往々にして貧しい暮らしをしていることが多かった。
日々の生活で精一杯の平民達には相手にされず、金を得て成功者となった平民達からは、貴族への憧れからか貴族との繋がりを求めてか、貴族と同じような要求をされてしまい……彼らの芸術を理解してくれる者がどこにもおらず……。
そうして貧しさと飢えの中で苦しむ芸術家を見て、居ても立ってもいられなくなった領主は、彼らに救いの手を差し伸べており……彼らは領主の保護下で、領主の援助を受けた上で独自の、自由気ままな芸術活動に邁進していた。
出来上がった芸術品は、領主が管理している美術館にて無料で公開されており……実際にそれを目にした領民達は、その芸術の美しさに、不思議さに、奇妙な様に感動し、その心の中に豊かさを抱いての……他領では決して味わえない芸術的で風雅な日々を謳歌していた。
その効果は確実に、領民達の明るい笑顔という形で現れていた……のだが、費用対効果は最悪と言って良い状況で、領の経営と領主の個人的財産に多大なる……尋常ではない悪影響を及ぼしていた。
かと言って入館料を取ろうにも、領民達の生活にそんな余裕はなく、美術館に足を運ぶという『非生産的』な時間を作り出すのが精一杯で……銅貨一枚でも徴収しようものなら、途端に美術館は無人の美術品倉庫と化してしまうことだろう。
それでも、金銭的な利益が一切無くとも、芸術家達を手厚く保護している辺りが領主の領主らしい所であると言えた。
「芸術家達に何かさせる……か。
しかし彼らはそういったことを強制されるのを嫌がったからこそ、我が領で保護されている訳で……。
金の為に何かをしてくれなどと言っても動いてはくれないだろうな……。
当然、強制だとかそういうこともしたくはない」
悩みに悩んで領主がそう言うと……メイドは大きなため息を吐き出してから、言葉を返す。
「何かを強制しろとは一言も言っていません。
彼らに協力を求めるなり……あるいは彼らの才能を上手く使って、金銭を稼げるような何かを考えだしたらどうかと思って進言しただけのことです。
……アナタは芸術方面にだけは秀でていますし……そんなアナタだからこそ何か思いつけることがあるのではないですか?」
「う、むむ……。
だがな、そう簡単に稼げる方法を思いつけるのならばそもそも彼らも貧困に苦しんではいないだろう。
彼らの才能が独特な……他の貴族達に受け入れられない、独特の世界観を持つものであるということも忘れてはいけない」
「……まぁ、それは確かに。
見栄えよく仕上がった、美術館に置くことの出来る品々だけを表に出していますが……あまりにアレ過ぎて美術館におけない品も山のように存在していますからね。
よくもまぁあんな物を作り出せるというか、思いつけるものだと感心しますよ」
「貴族達は基本的に、自らの姿を後世に残したいからと、見たままの光景をそのまま書き写すことを『技術』であり『芸術』であるとしている。
だが芸術家である彼らは、まだ見ぬ光景を……心の中にある光景を産み出したり、人物画ではなく、そこら辺にある当たり前の風景やなんでもない日常の一幕……たとえば食器とか果物とかスープとか、そういった物を独自の解釈、手法で描いたりすることを良しとしている……」
そしてこの世界において金銭を握っているのは、芸術品の価値を決めるのは貴族達であり……芸術の担い手である芸術家にその決定権はない。
……なんともままならない話だな。
と、内心で呟いた領主が遠い目をしていると、領主の側で退屈そうに二人の話を聞いていたユピテリアが小首を傾げて、声を上げる。
「えらい人が、お値段を決めるの?」
その声に領主はにっこりと微笑んで言葉を返す。
「ああ、そうだよ」
「じゃぁ、一番偉い人にお願いして、お父様の絵だけを高くしてもらえばいいよ!」
「ははは、そう出来たら話は楽なんだろうが……あいにく王様に、陛下にそんなことを願うっていうのは、ボクの立場では無理な話かな」
「じゃぁじゃぁ、その次に偉い人で!」
「次にって……大公かい?
確かに陛下よりは可能性があるだろうが、大公殿下に伝手なんて……あっ!?」
と、そう言って領主はメイドの方を見やる。
つい先日、ちょっとしたことで生まれた大公妃との伝手。
そしてその際に領主達は大公妃にちょっとした借りを作り出していて……。
そのことに気付いた領主とメイドは、駄目で元々、お願いするだけお願いしてみようかと、そんなことを思うのだった。
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