領主と娘
翌日。
領主手製のウサギさん人形を抱え、子供用の椅子に腰掛け、足をぷらぷらと揺らすユピテリアが見守る中、いつもの執務室で領主はいつもの政務に精を出していた。
様々な書類を読み上げ、その内容を確認し、裁可するかしないかを判断し、それぞれの形でのサインをする。
そうやって仕事を進める領主がいつもの調子で、
「やはり孤児院を増やすべきではないだろうか」
と、そう言うと……その後ろに立ち、控えていたアイシリアが冷たい言葉を返す。
「駄目です」
「な、何故だ!?」
いつかのように椅子をがたりと揺らしながら振り返り、その体重でもって軋ませるパーシヴァル。
そんなパーシヴァルに、これまたいつかのように凍りついてしまいそうなくらいに冷たい視線を送ったアイシリアは、ため息まじりの声を上げる。
「それについては前回そのお話が出たときに、しっかりと説明したはずですが……」
「確かに説明はされたとも、だがあの時と今では状況が違うだろう?
アイシリアもボクもユピテリアという子供を接するようになって、子供の素晴らしさというものを実感し、痛感したはずだ。
そんな今だからこそ孤児院の必要性についても思うところがあるはずで……」
「論外です。
孤児院が足りない、孤児院のベッドが足りないという状況であればいくらか考慮する価値もあるかもしれませんが、ベッドが余っている現状、考慮も検討も議論もする必要はありません。
それともあれですか、また以前のご友人もどきが変な手紙を寄越したというのですか」
「い、いやいやいやいや、違う違う違う。
今回は違うぞ、違うとも。
今回はアレだ、隣国の更に向こう、隣々国の方で子供達が飢えているという話が流れてきたからな……孤児院を作って我が領でそうした子供達を引き取ってやろうかと……」
「論外です。
……以前自分は外交で頑張っている云々と言っていたのは何なのですか。
他所の国の子供を引き取るなんてのは、向こうから見ればただの拉致、誘拐です。
国家間の関係にヒビが入るどころか、戦争まで起きかねない愚行中の愚行ですよ。
……何かを言う前に少しは己の頭で考えるということをしてください」
と、領主とメイドがそんなやり取りをしていると、執務室の隅で様子を見守っていたユピテリアがきゃっきゃと笑い声を上げる。
話の内容は分からないが、兎に角二人がそうやって言い合っているのが……言い合いながらもお互いのことを思いやっている姿が面白かったらしく、言葉も何もなくただただ笑うユピテリア。
「……ああ、さてはアレですね。
ユピテリアの前だというのに、淡々と書類仕事をしているだけというのはどうにも格好がつかないから、何か凄いことをしてやろうと……父親として何か凄いことをしている所を見せてやろうと、そんなことを考えてはりきってしまったんですね?」
そんなユピテリアと、ユピテリアに微笑ましい視線を送る領主を見やりながらメイドがそう言うと、領主はぎくりと反応し……そのままギギギと音を立てながら机に向かい直し、
「そ、そんなことはないぞ」
と、そう言って書類を手に取り目を通し始める。
そんな領主の背中を見やったメイドは、大きなため息を吐き出し、こめかみに人差し指を当てて考え込み……そうしてから領主に言葉を投げかける。
「……まずは税収を上げる方策を考え出してください」
その言葉を受けて、領主は慌てた様子で振り返り、言葉を返す。
「ん? んんん? 今何と言った? 税収……だと?」
「はい。
現状我が領は必要以上の公営施設を抱えているため、税収のほとんどをそのまま吐き出している……いざというときの為の貯蓄が出来ていないという、よろしくない状況にあります。
そんな状況を改善する方策を考え出し、実行し、ある程度の貯蓄が出来たなら、アナタの好きな施設を建てるなり、ユピテリアが喜ぶ施設を建てるなり、好きにして構いません」
「な、なるほど……。
確かにそれは、至極真っ当な意見だな……。
そうか、税収か……税収……税収を上げる……。
ぜ、税率を上げるとかは駄目なんだよな?」
「……領民達に逃げられてしまっても良いならご自由に。
隣領や隣国という逃げ先がある以上……いざとなったら領民達は己の生活を守るための逃散も辞さないことでしょう」
「む、むむむむ。
そうか……確かにそうか……。
そういうことであれば我が領の主な産業である、畑の収穫量や、家畜の生産力などを上げるべき……か。
開墾か農法の改革か……むむむむ、そう簡単にできることではなさそうだ」
「でしょうね。
アナタがちょっと考えたくらいで思いつくようなことは、他の方が既に試しているでしょうし……そう簡単に税収が上げられるのであれば、何処の領も国も飢饉や飢え、民の逃散に頭を悩ませたりはしませんから」
「……そうか……そうか……。
……よし、ならばここは探求の場である学校に農法改革の研究を頼むとしよう!
我が領にはアイシリアの言う所の、領の規模に全く不釣り合いな学校があるのだから、こういう時こそ役に立ってもらうべきではないだろうか!
学校の先生でも生徒でも、農法改革に繋がる方策に関する、何らかの研究成果を出せたなら相応の名誉といくらかの金貨を下賜するという布告を出すとしよう。
……布告を出すだけならばこれといった労力も金も必要ない訳だし、結果が出たことに対して多少の金貨を払うというのは無駄な出費ではないはず……!
金貨に釣られて農法に一家言ある研究家が我が領にやってくるかもしれないし……ど、どうだアイシリア、中々悪くない考えだろう!」
と、そう言って明るい表情を見せる領主に、メイドはいつもよりいくらか目を見開いての驚愕の表情を見せる。
まさかのあの領主が、無能で考えなしで、愚行ばかり繰り返しているあの領主が、こんなにもまともな、誰の迷惑にもならない方法を考え出すとは……。
と、驚愕しながらそんなことを考えたメイドは、領主に対してこくりと頷き……そうしてからユピテリアの方を見やる。
何がなんだか分からないが、領主が楽しそうだからと満面の笑みを浮かべるユピテリアを見たメイドは『親が子を育てるのではなく、子が親を育てる』とのことわざを思い出し……まさか本当のことだったとは……と、その身を打ち震わせるのだった。
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