メイドと娘
「ああ、どうせならば手紙だけではなく絵画の一枚でも贈れば良かったかな」
アイシリアを送り出し、ユピテリアと二人……庭にキャンバスとイーゼルを並べて、絵筆を走らせていた領主がそんなことを呟く。
あの時に見た結婚式の光景でも描けばきっと大公妃も大公も喜んでくれただろうと、そんなことを考えて……いやいや、今は目の前の絵に集中しなければ絵に失礼だと頭を振った領主は、しっかりキャンバスを見据えて絵筆を振るう。
すると隣に並んで絵筆を振るっていたユピテリアは、そんな領主を真似る形で絵筆を振るい始め……ユピテリアなりの絵を描いていく。
それは隣に並ぶキャンバスのそれとは全く別の、比ぶべくもない絵だと言えたが、それでもユピテリアは笑顔で、領主が教えた通りに絵を描くこと、そのものを楽しんで、全力で一切の遠慮無しに絵筆を振るう。
並べられた絵の具壺に絵筆をつけて、全力で振るって、もはや椅子になど座っていられないと立ち上がって……一心不乱に。
そんな光景を領主が微笑ましい思いで眺めていると、上空から冷気がふわりと降りてきて……アイシリアがすとんと、庭に被害を出さぬようにとやわらかに着地し、領主達の下へとやってくる。
「おお、早かったではないか、おかえり。
……やはり向こうにも雷竜の卵が?」
アイシリアの姿を見るなり領主がそう声を上げると……アイシリアは何処か浮かない顔をしながら、言葉を返す。
「はい、雷竜の卵でした。
……問題が全く無いとまでは言いませんが、竜の子の育て方に関する助言はしっかりとしておきましたので……あの様子であれば殿下の愛し子として元気に育っていくことでしょう」
「そうかそうか、良かった良かった。
育つ場は違えど、その子はユピテリアの妹……いや、姉か?
……とにかく姉妹にあたる訳だからな、元気に笑顔で毎日を過ごして欲しいものだな」
「確かにユピテリアとあの子は雷竜の一族ではありますが……わたくし達竜にとっては名付け親の方が大事ですから、当人達にとっては姉妹と言うよりもあくまで親戚、人間で言う所の従兄弟辺りの認識が近いと思います。
……ですので仮にユピテリアとあの子が会うことがあったとしても、姉妹であるという認識を無理に押し付けないように気をつけてください」
「な、なるほど……そういうものなのか。
分かった、そうなった際には気をつけるとしよう。
……よしよし、何はともあれご苦労だったな、ユピテリアはボクが面倒を見ておくから休んでくると良い」
領主がそう声をかける、こくりと頷いてアイシリアは……一心不乱に絵筆を振るうユピテリアのことをじぃっと……何を思っているのか怪訝そうな表情でじぃっと見つめる。
「……どうかしたのか?」
その様子を見て領主がそう問いかけるが、メイドは何も言葉を返さない。
返さないままじぃっとユピテリアを見つめて……ユピテリアが絵を描き終え、くるりと振り返り鼻息を荒くしながら「見て見て! 描けた!」と、声を上げる様子を首を傾げながら見つめ続ける。
「うんうん、とても上手く描けたじゃぁないか。
森の木漏れ日、飛び交う鳥達、木々の間を通り抜ける風を描いたのもとても良いセンスだ」
意識をメイドから娘へと切り替えた領主が、そう言ってユピテリアの頭をそっと撫でる様子を、更にじぃっと見つめたメイドは……顎に手を当て何か悩む素振りを見せて、そうしてからユピテリアを……絵の具まみれの凄まじい姿となっている娘を、ギュッと抱きしめてその背中をぽんぽんと軽く叩く。
それはメイドがつい先程、その目で見てきたばかりの、大公妃の子供の抱きしめ方、宥め方で……それをただ真似しただけのメイドは、きょとんとしていた娘が……初めてそうやって抱きしめられたことに気付いてにへりと笑ったのを見て、満足そうに頷く。
「では、わたくしは少しだけ考え事を……休憩をしてきます」
そう言ってスタスタと屋敷の方へと歩いていく……まるで何かの義務を果たしたと言わんばかりの態度を見せるメイドに、領主はなんとも言えない顔を向けて、ユピテリアは笑顔を向けてその背中を見送る。
「……いきなりユピテリアを抱きしめるとは……大公妃と出会ってアイシリアも何か思う所があったということなのだろうか?
……うん、まぁ、ユピテリアにとっては良いことなのだろうし……きっとアイシリアにとっても良いことなのだろうな」
そう言って領主はユピテリアの頭を再度撫でてから……椅子に腰掛け直し、描きかけの絵へと向き直る。
「ユピテリア、ボクの絵はもう少しだけかかるから、そこで待っていて―――」
と、領主がそう声をかけるとユピテリアはにへりと笑って、領主の膝……というか太ももの上にすとんと座る。
そうして領主の豊かな腹に体を預けての特等席で、領主の絵が出来上がる様子をじっと見守ることにしたユピテリアは「木だ!」「鳥さんだ!」と、領主が描き上げていく絵の内容をそのまま言葉にする。
それは領主の絵が完成するまで続き……無事に絵を完成させた二人は、仲良く笑顔を交わし合いながら、絵筆を片付け絵の具壺を片付け……ちょうど良い具合に乾いた二枚の絵画を、屋敷の玄関の、一番目立つ位置へと飾るのだった。
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