大公妃との対面
ディエ・トーラさんから素敵なレビューを頂きました!
ありがとうございます!
ある日、大公妃の目の前に落ちてきた卵から生まれたその少女は、パリパリと雷を身に纏いながら、どうして自分がここにいるのか……そもそも自分が何者なのかすら分かっていないような、そんな不安定な存在だった。
今にも泣き出しそうな表情で、金色に輝く長い髪を揺らしながら周囲をキョロキョロと見回し、その可愛らしい口をきゅうと結びながら真っ白なドレスをぎゅうと掴んで……ふるふると震え続けて。
その姿を見た大公妃は、今までに見たことのない風変わりな卵と、雷を身にまとっているその様と、氷竜の娘が存在するという情報から、その子が竜の娘であるとの確信を得て……そうしてその子を自らの肌を焼く雷ごと、たっぷりの愛情を込めて抱きしめた。
少女の表情は……表情だけでなく態度も行動も何もかもが、捨て子のそれに良く似ていた。
雷竜が何を思って子を捨てたのかまでは分からないが、こんなに幼い子を捨てるなんてなんてことを……と大きな怒りを懐きつつも、それでも優しく微笑んで……少女の頭を撫でてやって。
そうして大公妃はその子にリーミアという名を付けたのだった。
「―――と、いう訳でね。私が知る限り一番竜に詳しいだろうアンタに助力を求めたって訳さ!
名前を付けてあげたら笑顔になってくれて、お母ちゃんお母ちゃんって懐いてくれはしたんだけど……色々不安定な状態でねぇ、どうしたものかってね」
大公妃からの呼び出しであればとすぐさまに支度を整え、領主からの手紙を手に、街道を駆け空を舞い飛び、大公妃の屋敷へと到着したアイシリアを待っていたのは、大公妃のそんな言葉だった。
儀礼的な挨拶をし、預かった手紙を差し出しながらその言葉を飲み込んだアイシリアは……内心で何が何やらと疑問符を浮かべながらも、屋敷の客間……高級そうなソファの上にどっしりと座る、シルクドレス姿の大公妃と、その隣に座るリーミアのことをじぃっと見やる。
大公妃と同じようなシルクドレスを身にまとうリーミアは、頭の上にちょんと乗っかっている、長い髪を束ねるリボンが余程に気に入っているらしく、それを忙しなく触っていて……そうしながら今も尚、パリパリと雷をその身に纏わせている。
そしてその隣に座る大公妃の体には、その雷を受けてしまった為かあちこちに雷模様の火傷があり……アイシリアはそれらの情報をどうにかこうにか噛み砕き、己の中で整理していく。
まず何故雷竜の娘が二人も居るのか、名付けもせずに地上に放たれたのか―――恐らくは雷竜がとんでもない馬鹿なミスをした結果だろうから深くは考えない、考えてもしょうがない。
次に何故リーミアは雷を身に纏った、不安定な状態なのか―――恐らくはユピテリアのように雷竜の逆鱗を……潤沢な魔力を口にしていない為だろう。
ではどうしたらリーミアが安定した状態になるのだろうか―――は、考えるまでもない、魔力を摂取したら良いのだろう。
そして大公妃はどうしてあの状態のリーミアを恐れていないのか、火傷をものともしていないのか―――母は強しと言えど、まさかここまでのものとは……。
と、そんな結論に至ったアイシリアは、できるだけ丁寧な態度、言葉で大公妃に「十分な量の魔力を与えれば安定するはずですよ」と、そう伝える。
「魔力……魔力か。
あいにく私はそこら辺のことに詳しくなくてねぇ、具体的にどうしたら良いんだい?」
すると大公妃はそう問いかけてきて……アイシリアは小さく「うぅん」と唸ってから言葉を返す。
「たとえば竜にまつわる何かを食べさせるとか、竜とは言わないまでも強力なモンスターの血肉を食べさせるとか……あるいは豊富な魔力を持つ人間の……」
……と、そこまで言ってアイシリアは、流石に大公妃を相手に人間の血肉を食べさせろというのは拙かったかと口をつぐみ、他の言葉で説明しようと……どう説明したものかと頭を悩ませる。
「ちなみに私は魔力を豊富に持っているのかい?
魔法に疎い私じゃぁそういうことはよく分からなくてねぇ」
悩んでいる所にそう問いかけられてアイシリアは思わず答えを返す。
「えぇまぁ、はい、こと魔力に関して大公妃様は稀に見る才能を持っていらっしゃるかと思います。
才能を持っていながら魔力を全く使わなかったことが恐らく、その立派な体躯に繋がった―――」
その答えを耳にした大公妃の行動は早かった。
ドレスの中に潜ませていたらしいナイフを取り出し、自らの手首を斬り裂き、リーミアに差し出し「ほら、お飲み」と優しく微笑む。
「は、はぁ!?」
と、アイシリアが驚く中、リーミアはその血を飲んでいって……大公妃の魔力を飲んだ為なのか、身に纏っていた雷をそのうちに留めることに成功し……心なしかその顔色も良いものとなっていく。
そうしてリーミアに十分な量の血を飲ませた大公妃は、自らのドレスを噛んで千切り、それでもって手首を縛り……流れ出る血を止めようとする。
それを見て愕然としていたアイシリアは慌てて駆け寄り、その冷気でもって傷口と血管を上手く収縮させ……そうしながらドレスの切れ端を丁寧に手首に巻きつけての止血を試みる。
「いやいや、大丈夫大丈夫、このくらいの失血、いつものことさ!
若い頃にモンスターの巣に単独突入した時は、この太ももに大穴があいちゃってねぇ、今の何倍もの血を流したもんだよ。
力をいれときゃぁすぐに傷口も塞がるだろうし、そんな丁寧な手当なんて必要ないさ!」
そう言う大公妃……ルーシー・アウストラにアイシリアは一つの言葉も返すことが出来ない。
どうしてここまで馬鹿なのか、どうしてここまで向こう見ずなのか……どうしてそんな風に笑っていられるのか。
そんなことを考えてアイシリアが苦悩していると、ルーシーの隣に座るリーミアが、心配そうな表情をしながらルーシーの側へとそっと手を伸ばしてきて……その手をそっと握ってやったルーシーは、リーミアの口元の血をその手でぐしぐしと拭ってやって……「心配ないよと」とそう言いながら微笑む。
母とはこれ程のものなのか。
ならば何故あの人の母はあの人を捨てたのか……。
父から生まれ、母という存在を知らず、母は強しという言葉を知識だけで理解していたアイシリアが困惑していると……そこに一人の男が、大公であるパーマー・アウストラが姿を見せる。
「ルーシー! お客さんが来たそうじゃないか! しかも美人の!
美人の女性が来たっていうのに、なんでこのぼくを屋敷から遠ざけてしまうのか、ぼくは全く理解できない―――って、おやおや、本当に美人さんだねぇ!
どうだい、そこのお嬢さん、この大・公であるぼくと楽しいひとときを―――」
甲高い程に高く、軽薄過ぎる程に軽薄な声でそう言ったパーマーに対し、その妻であるルーシーは、ソファの上に置いてあったクッションを引っ掴み、形だけは良い造りのその顔を潰してやろうと全力で……凄まじい衝突音が周囲に響き渡る程の力で、投げつけるのだった。
お読み頂きありがとうございました。