財政改革
「ふーんむーん」
王家からの手紙を開封し、恭しい態度で広げて読みふけり……そうしてそんな声を上げた領主は、同封されていた書類にサインをし、印章を押した上で書類に同封するための手紙を書き始める。
王家からの手紙にはその書類だけを送り返せば良いと、そう書いてあったのだが……まさか王家から手紙を受け取っておいてそんな非礼が許されるはずもなく、丁寧に古式ゆかしい文法に則った手紙を書き上げて……特別豪華に頑丈に作られた封筒を、机の上に置かれていた封蝋などをしまう箱の最下段の引き出しの奥から引っ張り出す。
そうしてその封筒の中に書類と手紙をそっとしまい、封筒を閉じて封蝋をし……明日また回収に来るであろう、王立郵便局員に渡しておくようにとその封筒をメイドに渡す。
するとメイドは、
「……一体どんな内容の手紙だったのですか? 書類の内容は?」
と、封筒を受け取りながらそんな言葉を返す。
「んん……まぁ、このタイミングで来たものだから、てっきりドラゴン殺しのことかと思っていたんだが、予想を大きく外しての全く違う内容で……ようするに新しい財務大臣が進めている財政改革についてを知らせる手紙で、書類はその改革を受け入れるのか否かを問うているものだったよ」
すると領主はそう返し……メイドは首を傾げながら更に言葉を返す。
「はぁ……財政改革ですか。
この国ってそんなものが必要な程、悪い財政状況でしたか?」
「いや……現状そこまでの必要は無いと思うのだけど……財務大臣から見るとそうではないらしい。
今のままでは無駄な出費が多すぎて、財政悪化は自明の理……悪化が進んで追い詰められて、国の末期という所まで行ってから改革したのでは遅すぎる、余裕のある今のうちに改革し、健全な財政を構築すべし、とのことだ」
「はぁ……なるほど? まぁ、確かに、手遅れになってからあれこれするよりかは、早いうちそうした方が良いのかもしれませんね」
「うむ……まぁ、ボクもその通りだと思う。
思うのだが一部の貴族にとっては受け入れがたい、反対すべき事柄であるようで……ボクよりも早くその情報に触れることになった王都周辺に住まう貴族達は、大慌てで手紙を各地の領主に送り、財務大臣への批判を展開しているようで……その結果がこの手紙の束という訳だ」
「……なるほど。
ご友人でもない連中が手紙を送ってきたのはそういう訳でしたか……。
しかしそれにしては手紙の内容が中途半端と言いますか……財務大臣を批判するよりも、要の財政改革の方を批判した方が良いのでは?
大臣批判が上手くいって大臣を辞任に追い込んだとしても、後任の方がその財政改革を引き継ぐかもしれませんし……そもそも問題があるのは財政改革の内容、なのですよね?」
「それについては……まぁ、あれだね、財政改革の内容が、表立って批判しにくいものだから、仕方なく大臣の方をという感じなのだろうね。
先程読んだ手紙の大臣に対する批判が一貫していなかったのは、とにかく批判してやろうと内容を適当にでっち上げたから、のようだ。
これだけの数の手紙があってここまで内容が一貫していないとなると、恐らくだが新しい財務大臣は、後ろ暗い所が……批判すべき所がほとんど無い、かなりの人格者なのだろうね」
「……なるほど、なるほど。
……これだけの量の貴族がそこまでして批判する改革とはどのような内容なのですか?」
そうメイドが問いかけると、領主は「ふぅむ」と唸って考え込み……まぁ、既に多くの人が知っている内容のようだし、構わないかと考えて言葉にする。
「簡単に言ってしまうと、いくつかの貴族特権の廃止だね。
貴族の家長の早い内の隠居と、世代交代……世代の循環を促そうと創設された貴族年金……隠居した元貴族であれば誰でも受け取れる結構な額の生活補助の廃止。
災害時の臨時税などの税金は基本貴族は免除されている訳だけどもそれの廃止。
貴族の中には領地を持たず、これといった仕事を持たず、ただ爵位だけを受け継いでいる者達がいるのだが、それの廃止……というか、年々数が増えるばかりで、増えすぎているから減らせとのお達し。
裁判所に勤める法服貴族、神殿に勤める聖職貴族など、いわゆる非世襲の一代貴族なんてものが我が国には結構な数がいるのだが、内務財務外務などでは多くに平民が働いていて、貴族が全くいない部署なんてのもざらで、何故そこにだけ貴族が必要なのか、別に貴族でなくても良いだろうとのことでこれも廃止。
他にも細かな部分での貴族特権を財務大臣は廃止しようとしていて……その理由として、これらの貴族特権を守るために、平民が多大な負担を強いられるという歪な構造が、昨今特に目立っていて、財政としての負担はもちろんのこと、国そのものが割れる可能性もあると、財務大臣は危惧しているようだ」
「はぁー……なるほど。
それはまた随分と踏み込んだ改革をしようとしているのですねぇ……。
悪いとは言いませんし、基本的な方針には賛成しますが……そんなに一度にやろうとしたら反発が出るのも当然なのでは……?
……その上、王家の名前で手紙と書類を送り、賛同のサインを求めるなんて……反発をあえて引き起こそうとあえて煽っているようにも見えてしまいますね」
「それは流石に穿った見方のような気もするなぁ。
ボクとしてはよく分かる話ばかりだし、こうして改めて説明されると、なんでこんな特権を作り上げたのだかと思うものばかりだし……特に反対も反発もするつもりは無いからねぇ。
貴族というのは民あってこそ、国あってこその存在だ、自らを支えてくれている民達と、自らを守ってくれている国を害するなんてことは、ボクでも分かる程の愚かの極みというやつだろう」
「……ということは、書類へのサインは受け入れると、そういう方向でされたのですか?」
「うむ、もちろんだとも。
……というか正直、これらの改革のほとんどがボクに影響するものではないからねぇ。
貴族年金については、自分で貯金をしておけば済む話だし、災害の臨時税なんかはむしろ払いたいと思う方だし……他の特権についてもほとんど影響が無いというか、なんというか……。
今回のこの改革が影響するのは、王都の周囲に住まう無領地無官の、タダ飯ぐらい達だけな訳で……下手をすると、各領地の領主全員がこの改革に賛成するのではないかな?
あるいは財務大臣はそこまで読み切った上で、この改革に踏み切ったのかもしれないな。
ボク達のような領地を持つ貴族は敵に回さないようにし、無領地無官の貴族は徹底的に敵に回し……まずはそこから改革を進めるつもりなのだろう」
そんな説明を受けてメイドは小首を傾げ「うーん」と声を上げる。
そうしてから、
「そんなに上手くいきますかねぇ?」
と、疑問の声を口にし……そうしながらも受け取った封筒をしっかりとエプロンドレスのポケットの中にしまい……それから一応念の為、封筒が汚れたり破損したりしないよう、氷でもって包み込み、しっかり保管しておくのだった。
お読みいただきありがとうございました。




