争いの理由
荷物を小脇に抱えて、気絶してしまった領主を両腕で抱きかかえるのではなく、両脚を掴み引きずる形でメイドが足を進めていると……荒野が終わりを告げて、それなりの木とそれなりの草が生い茂る草原が視界に入り込んでくる。
その草原はそこかしこに人工物に見えないこともない、枯れ木や瓦礫を積み重ねて作った建造物のような何かがいくつも置かれていて……割と丁寧な作りの、家に見えないことのない何かが並ぶ一帯と、割と雑な作りの、家というよりも巣に近い何かが並ぶ一帯の、中間にある広場のような空間にて、いくつかの毛玉がじゃれ合い取っ組み合い、周囲にその毛を散りばめていた。
「もーー! こっちの毛の方が美しいのに!」
「何を言ってるのさ、どうみてもこっちの毛の方が美しいでしょう!」
そんなことを言い合う黄色い毛玉と黒い毛玉を見てメイドは、大きなため息を吐き出してから領主の両足を手放し、その上に放り投げ……それなりの、毛玉達を驚かしすぎない程度の冷気をまといながら、ずんと力強い一歩を草原に叩き込む。
するとその音と振動と冷気を感じ取ったのだろう、取っ組み合い状態になっていた毛玉達がハッとなってメイドのことを見て……脱兎のごとく逃げ出して、黄色い犬のような毛玉は丁寧な家のような何かに、黒色の猫のような毛玉は雑な作りの巣のような何かに逃げ込み、その中から視線だけ送ってきて……震える弱々しい視線で『何かご用ですか』とそう訴えかけてくる。
「安心なさい、アナタ達を危害を加えようだとか、どうこうしに来た訳ではありません。
わたくしはただ、どうしてそのように争っているのか話を聞きに来ただけなのです。
……双方の代表者がすぐにでもわたくしの下にやってきて、その理由を述べるように」
そんな毛玉達にメイドがそう語りかけると……いくらかの逡巡の後に、黄色い毛玉と黒い毛玉が一匹ずつ姿を見せて、恐る恐る……その身体を震わせ、その毛を逆立たせながらメイドの下へとやってくる。
「こ、こ、この感じは氷の……氷竜様でしょうか……。
は、は、話とは一体どのような……」
と、二本足で歩く黄色い毛玉……三歳児か四歳児程度の体格、垂れ耳に長い鼻柱、犬にしか見えない顔と、ふわふわの毛に包まれた犬そっくりな身体を持つ……ボロボロのズボンとシャツを着たクーシーが少年のような声をかけてくると、
「べ、べ、べつに、悪いことはしてないから。
お、お、怒らないでください……」
と、同じく二本足で歩く黒い毛玉……クーシーと似た体格の、猫にしかみえない、同じような服装をしたケットシーが続く形で少女のような声をかけてくる。
そんな態度を受けてため息を吐き出したメイドは、二つの毛玉を冷たい視線で見下ろし……仕方ないかとスカートを手で折りながら膝を折ってしゃがみ込み、二匹と視線を合わせながら声をかける。
「……一体全体どうして喧嘩をしていたのですか?
他の種族達の調停にも耳を貸さずに喧嘩をし続けるなんて、アナタ達らしくないではないですか。
……どうしても喧嘩をしなければならない理由があるならばこのわたくしに、その理由を話してからになさい」
静かに優しくそう問いかけるメイドに対し、クーシーとケットシーは少しの戸惑いを見せた後に口を開き、異口同音に同じことを口にする。
『自分達のどちらかだけを、美しい毛並みを持っている方だけを、ペットにしてあげるって雷竜様がおっしゃったので……』
雷竜。
雷を司る南のある地方に住まうその竜は、少々悪戯好きというか、からかい好きの所があり……その名を耳にしたアイシリアは、その体の内側で冷気を轟かせながらどうにか怒りを堪えて、務めて静かに……落ち着いた声で二匹に問いかける。
「それは本当ですか?
嘘をついていたらお仕置きですよ?」
その言葉に二匹は、必死の形相となって……今にも泣き出しそうな表情をしながらこくりこくりと何度も頷く。
「そう……ですか。
良いですか、クーシーにケットシー……竜のペットになってしまうと、竜の世界で生きることになり、竜の手下として生きることになり、まともなご飯も食べられない、まともにお昼寝も出来ない、そういう生活を送ることになるんですよ?
それでもアナタ達はペットになりたいですか?」
その問いかけに対し二匹は、首を傾げて悩み、うんうんと悩み……「あんまりなりたくないかも」とそんなことを呟く。
するとアイシリアはにっこりと微笑み、
「ならもう喧嘩をする必要はないですね?
わたくしは少しだけ、雷竜に拷も……いえ、雷竜から話を聞いてくる必要があるので、一旦この場を離れますが、帰ってくるまで喧嘩をせずに、大人しく待っていることはできますか?
ご飯を食べていても、お昼寝をしていてもいいから、とにかく喧嘩をせずに……そこで倒れている人間の相手でもしながら大人しく、です」
と、何故だか上空から小さなあられが降ってくる中で、クーシーとケットシーに静かに問いかける。
それを受けてクーシーとケットシーは、身体を左右に倒し、アイシリアの後方を覗き込むようにし……アイシリアの背後で目を回している、ボロボロのドロドロの人間の姿を見て、眉をひそめながらもこくりと頷く。
「素直で大変よろしい。
……では少しだけ、わたくしが帰ってくるまで、ここで待っていてくださいね」
頷いた二匹にそう言って、浮かべていた微笑みを大きなものにしたアイシリアは、ゆっくりと立ち上がりながら、背中に翼を作り出して……そのままふわっと、あられが激しく飛び交う空に浮かび……何処かを目掛けて一直線に、凄まじい勢いで飛び去っていく。
その姿を静かに、何も言わずに見送ったクーシーとケットシーは……未だに目を回したまま横たわる人間の下へと足を進めて、
「い、生きてる?」
「し、死んでない?」
と、恐る恐るそんな声をかけるのだった。
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