賊の……
人の血の匂いをその武器からさせていて、その意味が分からない程に乱暴な言葉を使っていて。
挙句の果てにその言葉の中に、ユピテリアを害そうとしている意図のものが含まれていて、そうなったらもう言葉を交わす必要はないだろうとの判断を下しての先制攻撃だった訳だが、意外にも賊連中はしっかりとした反応を見せて、その中でも石を投げつけられた賊は素早く盾を構えていて……鉄で縁取りされた木製の盾がユピテリアの投石攻撃を受ける。
直後、石が砕けて周囲に散り……同時に盾が砕け、賊連中はまさかそんなことがあり得るのかと目を丸くしながら駆け出し……狙いを分散させるためか大きく広がりながらユピテリアの方へと距離を詰めていく。
川に入り、水を蹴り上げ、欲望を原動力として突き進み……そんな連中を見てユピテリアは、小さなため息を吐き出しながら石を拾い上げ……真っ直ぐに伸ばした腕をまるでカタパルトの発射機構かのように振るって、次々に石を投げつけていく。
「はっはっは! そんなに怖がらなくてもいいぜ、すーぐにそっちにいってやるからな!!」
盾で受け、兜で受け、鎧で受け……素直過ぎる程に素直で正確なユピテリアの狙いを逆手にとって、投石を防ぎ続ける賊の一人がそんな声を上げる。
どうやら賊達はユピテリアが投石をしているのは、賊を恐れてのことだと……近くに寄ってきて欲しくないからだと、そんな勘違いをしているようで……距離を詰めさえすれば相手が女、なんとでもなるとそんなことを思ってしまっているようだ。
実際ユピテリアは賊連中に近付きたくないと思っていたし、投石だけでなんとかしたいと、心底から思ってもいたのだが……それは賊が恐ろしいからではなく、いかにも彼らが臭そうな格好をしていたからで……続々と近付いてきている賊を見てユピテリアは、お気に入りの剣であんな連中を斬らなければならないのかと、大きなため息を吐き出す。
連中が水に浸かっている今であれば、ドラゴンの力を使えばあっさりと決着するのだが……父との約束でそれは出来ない。
最愛の父、いつも自分のことを考えてくれている人、そんな父との約束を守ることはユピテリアにとって当たり前のことで……ため息を吐き出しきったユピテリアは大剣を鞘からゆっくり引き抜く。
そうやって改めて見回すと賊の数は9人と思ったよりも多く……ユピテリアの投石を防いだことから手練であるということも明白で、負けはないにしても面倒な戦いになりそうだと、そんなことをユピテリアが考えていると……ユピテリアが抜剣したことを受けてか、周囲で寝ていたパラモンとアーサイト、クーシー達とエミーリアが目を覚まし……周囲をキョロキョロと見やり、すぐに状況を把握し、折角の安眠を邪魔しやがってという不機嫌な表情で起き上がって、殺気を賊へと向け始める。
そんな様子を受けて……9人の賊のうち3人が踵を返しての逃走を図る。
ユピテリアがとんでもない大きさの剣をあっさりと抜いたことや、クーシーや動物達が放った殺気が尋常ではないことを受けて、実力の差を察したのだろう、こちらに向かってきていた勢い以上の勢いで、顔を青くしながら必死に足を動かし……そんな仲間の様子を見て残りの賊達が困惑した様子を見せる中、パラモンとアーサイトが空へと飛び上がり……川の対岸へと着地する。
そうして賊達は9人全員が川の中で挟撃を受けるという事態になってしまい……途端にちぐはぐな行動を取り始めてしまう。
何を思ったか川の中で立ち止まり、武器を構えて攻撃を待つ者、アヒルが凄まじい速度で空を飛んだという事実を無視してアヒル相手なら突破は容易だろうと侮り足を向ける者、ユピテリアとの力の差を感じて勝てないと感じながらも何故かそちらに足を向ける者。
連携も何も無く、明確な目的もなく、それでも混乱の中で動かなければならないと考え……ただ無闇に動き、そんな有様となった賊達に最初に攻撃を仕掛けたのはパラモンとアーサイトだった。
アヒル足で地面を蹴って飛び上がって、空を舞い飛びながら翼を剣のように振るって、それは素早く鋭く、雷光のような一撃だったが、流石手練と言うべきか、賊達は混乱の中でもその攻撃を上手く防ぐ。
一人は剣で、一人は大槍で。
結果、剣は刃こぼれをし、大槍は真っ二つに折れて短槍と化し……2人の賊は今更ながらの歯噛みをする。
とんでもない連中に手を出してしまったと後悔しても手遅れで、逃げるにしても目の前のとんでもアヒルを突破するしか手はなく……歯噛みしながらも足を前に進めた2人は自慢の武器という自信を失ったためか、動きを鈍らせあっという間に斬り伏せられる。
そんな中、ユピテリアの方へと突破を試みた3人が、構えた武器の隙を縫うように駆けるクーシー達の斬撃を受けて伏し……ならばと川を下っての脱出を試みた1人が凄まじい勢いで駆けてきたエミーリアの突撃を受けて空を斬るかのような勢いで吹っ飛び……川底に沈む。
そうして残り3人。
残りの3人は化物はクーシーや動物達だけで、あの少女はそうではないはずだという、ありもしない希望にすがってユピテリアの方へと向かっていく。
あの大剣を軽々と振り回し、隙無く構え、これだけの事態を前にしても一切揺るがず、堂々としているという時点で、すでにただ者では無いのだが、それを認めてしまってはすがる希望がなくなってしまう……目の前の少女はただの少女なんだとそんな思い込みを強めていって……それぞれに構えた剣を振るおうとする。
どうやらその3人は賊の中でも特に手練であるらしい。
剣の構え方に隙は無く、混乱の中にありながらもしっかりと連携をして陣形を組んで、息を合わせての攻撃をしかけようとする。
その攻撃はもしかしたらギルドに所属する冒険者達であったなら防げなかったのかもしれない……が、相手はドラゴンの魔力なしでも抜きん出た力と体力を持つユピテリアだ。
その上経験豊富で、最近は鍛錬も真面目に行っていて……その鍛錬の指導は、元騎士団長が行っている。
そうなればもう、ドラゴンとしての魔力など使うまでもなく一閃。
ユピテリアが振るった大剣が、一度の攻撃で3人の賊を薙ぎ払う。
そうして3人は川の中へと落下して……痛みに悶ながらどうにか呼吸をしようと川から顔を出す。
顔を出し呼吸をし、どうにか態勢を整えようとしたところで、ユピテリアが振るう大剣の腹がベシンベシンベシンと三人の頭に落ちてきて……そうして3人の賊は、やろうと思えばその胴体を真っ二つに出来たユピテリアの慈悲により、命を落とすことなく捕獲されるのだった。
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