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ドラゴニックメイド  作者: ふーろう/風楼


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134/163

参観日


 大公に絵画を押し付けての帰り道。


 空を悠々と歩いていたアイシリアは、もう少しで領主の屋敷だという所まで来て……ふと思い立ったことがあり、踵を返す。


 踵を返したなら風を踏み、空を駆け……かつて商家が建て、破産し領主が買取り、それから長い間空き家だった屋敷へと足を向ける。


 その屋敷は、今はギルドの本部として使われていて……元騎士団長グスタフ・ヤーデが住まい、時たま風の精霊が訪れ、捧げものを要求してくるという、説明を受けても一度の説明では理解が追いつかない混沌のような場所となっていて……そんな屋敷の上空に到着したアイシリアは、自らの内側で唸る魔力をそっと鎮めて……静かに屋敷の様子を見守る。


 設立当初は閑古鳥が鳴くかと思われていたその屋敷には、ひっきりなしに人が出入りを繰り返していて……何らかの魔物を見かけでもしたのか農夫らしき男が入ったかと思えば、すぐに鉄鎧を身に纏ったいかつい男達が慌てた様子で屋敷を駆け出ていく。


 そうかと思えば今度は、豚の魔物のものと思われる死体を、荷車に乗せて何人かの男達がやってきて……それを買い付けるためなのか、屋敷のすぐ側で待機していた、いかにも商人風の男が屋敷の中へと駆け込んでいく。


(ふむ……思っていたよりも、上手く回っているようですね……。

 盗賊になりかねないような連中に真っ当な仕事を与え、装備代や宿代を貸し付けることで逃亡などを防止……そこから利息という形で利益を得ることもあれば、商人達の出入りもあって経済が活性化しているようですね……。

 そんな連中が出入りするようになれば治安が悪化する可能性もある訳ですが……そこは風の精霊とあの子達が居れば問題にもなりませんか)


 屋敷から出入りする人の姿を眺めながらアイシリアがそんなことを考えていると……道の向こうからアヒルと犬のような小人を連れた一人の女性が……恐らくその道の向こうで何か良からぬことをしでかしたのだろう、一人の男の首根っこをがっしりと掴みながら……良い笑顔で、ピンと伸ばした両手両足を元気に振りながら屋敷の方へとやってくる。


 女性が元気に両手を振れば、当然のように首根っこを掴まれた男もまた振り回されることになり、ここまでの道中で散々に振り回されたらしい男は意識を朦朧とさせながら泡を吹いているのだが……女性もアヒルも犬小人も特に気にした様子もなく、そのまま元気に歩き続け……そんな女性の姿を見てか、屋敷の周囲にいた男達や商人達が恐れおののき、震え上がり……女性のために道を開けながら、女性にぎこちない笑顔を無理矢理に送る。


 女性は黄色を基調とした、上等な造りの……領主が手ずから作り上げたドレスを身に纏っている。

 そのドレスには、鎧兜などに使う鉄板やパーツが無造作に貼り付けられていて……一応鎧、とも言えなくもない風体になっている。


 そんなドレス鎧をしっかりと固定する腰ベルトには大きな鞘が下げられていて……買ったのか、それとも誰かから奪ったのか、立派な大剣がその鞘にすっぽりと納められている。


「たっだいまー!!」


 そんな格好の女性は元気にそんな声を張り上げて、屋敷のドアを押し開き……そうしてから重い荷物をようやく手放せるとばかりに、散々に振り回していた男のことを、勢い良く屋敷の中へと投げ入れる。


「ユピテリア様!? またですか!?」


 すると屋敷の中から老齢の男性の、裏返った声が響いてきて……それを受けてアイシリアは静かに魔力を練り、自らの周囲に何枚もの鏡の氷を作り出し、その鏡に屋敷の中の光景を映し出す。


「そう、またー。

 なんか酔っ払って暴れてたからー……今回はちゃんと痛めつける前に持ってきたよ」


 屋敷の中の一階は酒場か食堂かというような雰囲気となっていて……そこに並ぶテーブルの席の一つにユピテリアが腰を掛けると、すぐさま職員なのか、エプロン姿の女性がやってきて……湯を貼った桶と手ぬぐいをそのテーブルに置き、女性に礼を言ったユピテリアは、それでまず自分の手を洗い拭い、綺麗にしてから、パラモンとアーサイトの足と、クーシー達の手足を綺麗に拭いていく。


 するとまたもエプロン姿の女性がやってきて、桶などを片付ける代わりに果実水の入ったコップや、細かく刻んだ野菜の入った器や、干し肉なんかを持ってきて……果実水はユピテリアに渡し、器はパラモンとアーサイトの前に置き、干し肉はクーシー達に渡し……それから料金を受け取って笑顔を弾けさせながら奥の部屋へと帰っていく。


 それからユピテリアが果実水を飲み始め……半分ほどを飲み干した所で、仕事を片付けてきたらしい、先程裏返った声を上げていた男……ギルド長グスタフ・ヤーデがユピテリア達の下へとやってきて、声をかけてくる。


「痛めつける前にって……ああもう、これじゃぁいつ目を覚ますか……。

 ……酔って暴れてただけの割には手厳しい様子ですが、具体的にこの男はどんなことを……?」


 そんなグスタフの声に対し、ユピテリアは半目での視線を返しながらどう説明したものかと迷うような表情を見せ……そんなユピテリアを見てなのか、アヒルの騎士アーサイトが、タタタッと駆け出し、ギルド長の机から紙とペンを取ってきて……バササッと羽ばたいてユピテリアの前のテーブルの上に飛び上がり、そこでサラサラと……達筆と言って良いレベルの、中々見ることのない上手さで先程放り投げられた男が何をしたのかの、報告書を書き上げていく。


 その内容をユピテリアは果実水を飲みながら見やり……過不足なく、問題のないことを確認してから頷き、そんなユピテリアにアーサイトは頷き返し、そうしてからグスタフに報告書を提出する。


「……あ、文字、書けるのですね。

 ……私より達筆なことは、読みやすいと喜ぶべきか、凄まじいと驚くべきか……。

 ……ふむ、なるほど……これならまぁ、この扱いも妥当ですが、それでも次回からはもう少しだけ、こう……優しく運ぶと言いますか、手心を加えていただけると助かります」


 その報告書を読みながらグスタフがそう言うとユピテリアは「はーい」と気の抜けた返事をして……グスタフはやれやれと首を左右に振りながら、自らの机へと戻っていく。


 それからグスタフは部下に男を地下牢に連れていけとの指示を出し……男を罰するための報告書と、裁判願いなどの、領主と代官に提出する書類を書き始める。


 そうやって事後処理が始まると、恐れおののき硬直し、身じろぎもせず言葉も発さず、静かに事態を見守っていた……屋敷の中にいた鎧姿の男達が解凍されたかのように動き出し……屋敷の中に日常が、いつもの日々が戻っていく。


 そしてその上空でそんな光景を見ていたアイシリアがやれやれとため息を吐き出していると……果実水を飲み干したユピテリアがアイシリアが作り出した氷の鏡のうちの一枚を……屋敷の外から中のそこかしこに浮かんでいたそれを見つけ、ぱちくりとまばたきをし……そうしてから頬を赤く染め、いつにない大きな笑みを作り出し……椅子を蹴倒しながら立ち上がり、屋敷の外へと凄まじい勢いで駆け出ていく。


 屋敷を出たなら上空を見上げ、すぐにアイシリアのことを見つけて……、


「お母様ー!!」


 と、小さかった頃と変わらない笑顔で、その頃と変わらない大声を張り上げるのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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