久しぶりの領主とメイドだけの時間
活躍した領民一人一人に手ずから絵画などの芸術作品を贈っていき、その締めとして青髪の老紳士に特別大きな絵画を渡し……そうして今回の騒動は一段落となった。
「むう……流石にこれだけの作品を作るとなると、堪えるものがあるなぁ。
肩も腰もガチガチだ……」
一段落となっていつもの執務机の前の執務椅子に座った領主が、肩を押し込みながらそう言うと、その後ろに立ったメイドが言葉を返す。
「……まぁ、皆さん感謝をしていましたし、財政的にもありがたかったですし、苦労の甲斐はあったと思いますよ」
呆れることなく蔑むことなく、今回ばかりは領主もその才を活かして、必要十分に頑張ったためか、メイドの声は普段になく柔らかいものとなっていて……領主はそのことに驚きながらも冷静さを保ち……机の引き出しに手をかけて、その中にあるものをあさり始める。
「う、うむ、君がそう言ってくれるなら頑張った甲斐があるというものだよ。
残すは……王城への報告書の作成だけか。
今回のことは事が事だけに報告しないわけにはいかないからなぁ……疲れてしまっている今、王城に送っても問題ないような文章を書くのは億劫だが……仕方ない。
確かこの引き出しに、上等な出来の紙が―――」
と、そう言って領主が引き出しから紙を引き出そうとしていると、それを制止するかのようにメイドが声をかけてくる。
「ああ、王城への報告なら彼らに任せましたので問題ないですよ」
その声を受けて領主は首を傾げ……傾げたまま椅子を動かしながら振り返り、メイドに言葉を返す。
「彼ら……? 彼らとは……ま、まさか、数日前まで滞在していた、あの彼らのことか?」
その言葉を受けてメイドがこくりと頷くと、領主は大慌てとなって声を荒げる。
「た、ただの旅人に王城への手紙を預けたのかね!?
確かに彼らはただの旅人とは思えないほどに人品確かで、信頼に足る人物ではあったが、王立郵便局員ならまだしも、ただの旅人に報告を任せるなんて……ど、どうかしているぞ!?」
騎士団長と騎士団員である若者と。
メイドはその正体を知っており、領主は未だに知らないままで……そうした行き違いから起きてしまった今の状況に対し、心底から面倒くさそうな表情をしたメイドは……騎士団長達の正体に関する説明をするのも面倒だと更に表情を歪めてから、なんとも投げやりな言葉を返す。
「だいじょーぶですよー。
だいじょーぶ、だいじょーぶ、彼らならやってくれますよー。
最悪わたくしが王都まで飛んでいって確認をしますしー……王城の方々だって、彼らの顔を見れば納得してくれますよー」
「君がそんな口調で喋っているのを始めて聞いたぞ僕は!?
もうなんか、絶対に、絶対に駄目な喋り方だろう、それは!?」
「だいじょーぶですってー、なんとかなるなる、なりますってー。
……と、言いますか、もうこの会話すらも面倒くさいんでこの件に関しては諦めてください。
いざと言う時には、しっかりとわたくしが飛んでいきますので、問題はないでしょう」
面倒くさそうに首を左に曲げ右に曲げ、領主と視線を合わせないようにして喋り……それでも領主が納得しなさそうと見るや真顔になって、領主に視線を合わせてそう言うメイドに、領主は全く納得していないながらも、これ以上抵抗するとメイドを怒らせてしまいそうだとの直感に至り、渋々頷く。
「い、いや……ま、まぁ、アイシリアが行ってくれるならば文句はないのだが……む、むう。
……わ、分かったよ、そういうことならばこの件に関してはそれで決着ということにしよう。
これで今回の件に関する事後処理は終わりで……あと考えるべきはこれからの、今後のこと、だろうな」
「今後、ですか?」
「うむ……連中がどういう理屈でそんなことをしようと思い立ったのかは未だによく理解出来ていないが、とにかくドラゴンの排除を狙っている連中がいるということが分かった。
更にその連中は魔物と繋がっていて、魔物を送り込んでくるというとんでもないことをしてくるということも分かった。
であれば、我が領としてはそれに備えておく必要があるだろう」
「なるほど……まぁ、確かにそうですね。
備えというのは具体的にどんなことを?」
「うむ、具体的には魔物と戦う人材の育成、管理をする組織を作ってみてはどうかと考えていてな……。
今回のような事態に備えて人材を育成し、事態が起きたならある程度の独断でもって対応に当たる。
そして報酬の支払いなんかもそこでもって行ってもらって……まぁ、つまりは僕の負担を減らすための組織を作ろうという訳だ。
孤児院や学校、病院なんかも資金だけを出して専門家達に任せているだろう? それと同じようなことを魔物対策でもやれないかと思い立ったという訳だ」
「はぁ……なるほど。
まぁ確かに魔物との戦いに関しては貴方は素人ですし、荒事を得意とするような連中とも話が合わなさそうですし……それらしい誰かに任せてしまった方が良いかもしれませんね」
「うむ……王城の騎士団とも各村にあるような自警団とも少し違う、新しい形にできればと考えている。
普段は魔物に備えて鍛錬をし……鍛錬をしながら平時にあっての仕事を、住民達からの依頼を受ける形で行ってもらい、有事があればそちらを最優先に。
報酬はそれなりの額を約束し、その分だけ誠実に、信頼に重きをおいた形で働いてもらう。
荒事を任せるからといって盗賊くずれのような連中ばかりになっても困るからな、その心のありようも含めての評価をし、十分な評価を得たなら昇給……いや、昇格するというような形も悪くないかもしれない。
最上級まで昇格したなら、僕の権限で騎士爵を与えても良いだろうな。
報酬に関しては僕が手掛けた芸術品の売却益を中心に、依頼人からの依頼料と魔物の肉や骨を売った売却益を回せばなんとかなるだろう」
それは領主から出たとは思えない言葉で、メイドとしても納得してしまうというか、反論のしにくい内容で……思わず感心しかけたメイドは、半目になってからじぃっと領主を見やる。
じぃっと無言で、ただただ見つめて……。
そんなメイドの視線を受けた領主はすぐに視線を反らし、後ろめたい事がある時独特の、両肩をすぼめて揺らすという仕草を始める。
「……誰の案なんですか、それ」
それを見るなりメイドがそう訪ね、それを受けて領主は観念したように……、
「う……うむ、あ、青髪の老紳士がな、助言という形でな……」
との言葉を返す。
するとメイドはやれやれとその顔を左右に振ってから、大きな……いまだかつて無い程に大きなため息を吐き出すのだった。
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