闖入者達
まさかの氷竜の登場で祭事の場が活気づき、歓声が上がり、そんな状況を一旦落ち着かせるために領主は、声を張り上げ周囲を宥め……そうしてから氷竜に頼み、領民達への挨拶をしてもらった。
今日は祭事を楽しむつもりできた。
過度な挨拶は不要であり、いつも通りの祭事が行われることを望む。
領民達がいつも通りに祭事を楽しむことこそが、氷竜への何よりの感謝となる。
そんな挨拶を受けて領民達は、浮ついた気持ちを抑えきれない様子ながらも納得し……ちらちらと氷竜の様子を見やりながら、いつも通りの祭事を行おうとし始める。
そうやって場を落ち着かせて、改めて氷竜へと向かい合って、領主が改めての挨拶をしようとしていると……そこに少し離れていた場所で様子を見守っていたらしい、ユピテリアが駆け寄ってくる。
駆け寄ってきて、氷竜の足元に立って、その顔をじっと見上げて……何か感じるものでもあるのか見つめ続けるユピテリア。
そんなユピテリアの視線を受けて氷竜もまた視線を返し……お互いに何も言わずに見つめ合い続けて、そうしてユピテリアがこくんと首を傾げてから言葉をかける。
「おじいさま?」
氷竜から何を感じ取ったのか、何を思ったのか、突然そんなことを言い出して……途端に氷竜の表情が情けないまでに崩れて綻ぶ。
「おお、良し良し、良い子だ、良い子だ。
そうだよ、おじいちゃんだよー、よろしくね、ユピテリアちゃん」
なんてことを言いながらしゃがみ込み、よしよしとユピテリアの頭を撫でる氷竜。
その様を見て領主は唖然とし、アイシリアは呆れ果て、パラモン達やクーシー達は驚き、未だに視線を投げかけていた領民達は驚いた後に微笑ましげな笑みを浮かべる。
それから氷竜はユピテリアと言葉を交わし始め、ユピテリアも笑顔で応じ始め、意気投合したというか、なんというか、波長が合ってしまったのか、氷竜がユピテリアを抱きかかえ、ユピテリアは嫌な顔ひとつせずに抱きかかえられ、そうして二人で祭事を楽しむつもりなのか歩き出してしまう。
それをパラモン達とクーシー達が追いかけていって……領主はただ呆然と見送ることになって、アイシリアが大きな、いつになく大きなため息を吐き出したことで、領主は我に返り、アイシリアに言葉をかける。
「……あー……その、なんだ。
以前お会いした時よりも、随分と……その、フランクな感じになられたようだな」
するとアイシリアは完全な無表情となって何処か遠くを見つめ始めて……そうしながら渋々といった様子で言葉を返してくる。
「……アレは以前からあんな感じの生物ですよ。
アナタを前にした時には威厳だとかそういうのを気にして、格好つけていましたけどね。
……今日はそれすらもしないで、アレの駄目な所をそのまま周囲に見せてしまっているようですけど」
「……随分と手厳しいね。
まぁ、うん、今日は彼と言うか、かの存在というか……あの方を讃える祭事でもあるから、ああやって楽しんでくれていること、それ自体はとてもありがたいことだよ。
領民達の喜びようは見ての通りだし、例年以上の氷竜の加護を得られたと、来年の祭事までの時間を心穏やかに過ごしてくれるに違いない」
「何の意味もない加護ですけどね?
いざ災害が起きたならそれを止めることは出来ませんし、モンスターを狩るなどはしてくれるかもしれませんが、精霊達の気まぐれを止めることは出来ませんし……」
「モンスターに対処してくれるだけでも十分だとも。
氷竜が祭事に顔を出してくれたとなれば、治安の方も安定するだろうからね。
……祭事と言えばな例年のアレも、もしかしたら今年は自重してくれるかもしれないし」
領主が言ったアレとは、ここ最近祭事の度に繰り返されていた家畜泥棒のことである。
多くの領民達が祭事に参加し不在となった所を狙っての泥棒は、その全てが見張り達やアイシリアの活躍によって防がれていて、これといった被害は出ていないのだが……それでもそんなことが起きたとなればいらぬ不安が広がってしまうし、家畜達も変に怯えてしまうし、交代制にしているとはいえ祭事を楽しみたいだろう領民達に余計な仕事をさせることになってしまうしで、良いことなど一つもなく、起きないのであればそれに越したことはなかった。
「……一応気を張って注意していますが、今のところはそういった動きはないようですね。
今年はお隣……大公家から頂いた家畜達も牧場に貸し出されていますし、それを狙ったとなれば大公家に弓引くことになってしまいますし、無法に生きる賊とは言え今回ばかりは自重をしたのかもしれませんね」
そんなことを言ってアイシリアは視線を牧場のある方角へと向けて神経を尖らせる。
視線だけでなく魔力を向けて、牧場の周囲に魔力を巡らせて、牧場の周囲を確認してみても特に不審な影はなく……この時間で動きが無いのであれば、本当に今年はやってこないのかもしれない。
大公家から譲り受け、森番のヘリワードへと下賜され、ヘリワードから農民や牧場に貸し出されている家畜達。
その働きもあって今年はかなりの土地が耕されていて、いつもより多くの乳製品が作られていて……更に賊の活動まで抑制してくれたとなれば大公家様様、後で何かを感謝の印として送っても良いくらいだった。
「……しかしそうすると、賊が家畜ではなく他の何かを狙うという可能性はある訳か。
家畜は大公家の名前があって手を出せないが他ならばと、そんなことを考えるかもしれないな」
アイシリアが神経を尖らせる中、領主がそんなことを言ってきて……その言葉に一理あるなと頷いたアイシリアは、牧場だけでなく領内全体へと魔力を張り巡らせていく。
だがこれといって不審な様子はなく、変な動きを見せている者はなく、他の町で行われている祭事も至って順調のようで、誰もが穏やかな雰囲気の中で今日という日を楽しんでいるようで、アイシリアは表情に出すことなく、その内心で安堵する。
領境に意識をやっても問題なし、少し魔力をはみ出させて隣領まで意識をやっても問題なし。
いつも問題を起こす南の隣領ではなく、大公達が住まう東の隣領にも一応意識をやってみるが、全く問題は無く……と、その時。
アイシリアが意識をやったのとほぼ同時に、一つの影が、一人の人間が、隣領からこちらへと領境を越えて侵入してくる。
その人間はどうやら馬に乗っているらしい、女性であるらしい。
魔力を動かし、魔力でもってその存在に触れて、アイシリアがその人間の正体をどうにか掴もうとしていると、その女性は馬を駆けさせ、まっすぐにこちらへと向かってくる。
そうやってこちらに近付けば近付く程、その人間に、人間の魂にアイシリアの魔力が触れて、色々な情報がアイシリアへと伝わってきて……その人間が少女であること、大公と似た匂いがすること……大公の血を引く娘であることが判明していく。
どうやらその少女はこの祭事に参加しようとこちらに向かってきているようで……新たな闖入者の存在を感じ取ったアイシリアは、
「今年の祭事は一段を騒がしくなりそうですね……」
なんて言葉を思わず漏らす。
そしてそれを受けて領主は、アイシリアがどうしてそんなことを言ったのかということに気付かないまま、氷竜が来たのだから、そんなことは当然で何を今更そんなことを言っているのだろうかと、その首を大きく傾げるのだった。
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