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メイドのお仕事

まったり更新予定です。

日常と、ちょっとした身分差の恋愛と、とんでもメイドさんを描いていければなと思っています。


 森の中を流れる小川の周辺を切り拓いて作られた田舎町。

 その最奥にある木造屋敷には、この辺り一帯を管轄する領主が住んでおり……彼は一人のメイドを雇い、その屋敷に住まわせていた。


 まるで氷か宝石かと思うような、透き通った青い髪を束ねて、ホワイトブリムでしっかりと固定して、丈の長いエプロンドレスに身を包み、青い模造花をあしらったハイヒールを履いた一人のメイドを。


 そのメイドが静かに佇み見守る中、主人である領主は……質素で飾り気のない執務室で、オーク材の椅子にクッションを置いてその上にどっしりと腰を下ろし、オーク材の机の上に肘を突きながら懸命に書類の束を読みふけっていた。


 目にするもの誰もが美人だと評する、青い瞳と白い肌とすらりとした身体がなんとも魅力的なメイドとは対照的な男……きっちりと固めた赤混じりの金髪、赤目、青白い肌、ふっくらとした頬とふっくらとした腹を揺らす二十そこそこの若者。


 不摂生という言葉を全力で体現している、白シャツ黒ズボン姿の領主が、


「うぅむ、うぅーむ、うむむむ、うむん」


 なんて見た目に似合わず甲高い、綺麗に響く声を上げると、わざとらしいため息を吐き出したメイドがしっとりと潤いを含んだ声を返す。


「どうかなさいましたか?」


「……いや、うん、この書類が気になってな……」


「なんですか、またですか、また例の悪癖ですか?

 念の為に言っておきますが……言わせて頂きますが、いくら孤児達が可哀想だからといっても他国の方針に口出しすることは以前にも言った通り厳禁ですよ。

 他国が不作だからといって勝手に支援することも当然禁止ですし、たとえ同じ国内なのだとしても他領であれば同様です。

 それと領の規模に見合わない学校や病院を建設しようとするのも禁止ですし、我が領の財政状況からこれ以上の芸術家を抱え込むことも出来ません。

 もう既にアナタの愚行の数々で、我が領の財政は逼迫し、逼迫しすぎて崩壊寸前なのですから、自重してくださいませ」


 凄まじい勢いでもってメイドにそう言われた領主は、がくりと肩を落とし項垂れながらも、手にしていた書類を持ち上げ「これを見てくれ」と一言、震える声を返す。


 自分が馬鹿だったのは分かっている、自分が色々やらかしてしまったことは分かっている。


 分かっているからこそ何も反論せず、素直にメイドの言葉を受け止めた領主に対し、柔らかく微笑んだメイドはその言葉に従って書類に目を通し……口に手を当てて「あら」と声を上げる。


「それはある村の統治を任せている代官の報告書なんだが……風車や水車の使用代、馬や牛の賃料、その他税収に関する数字がどうにもおかしいんだ。

 まるで全ての収入から少しずつ……ほんの少しずつバレない程度に抜き取っているかのようで、総収入とどうしても計算が合わない。

 金額としては僅かなものだが、一月分の合計がこれだけで……これを一年間抜き取り続けたとなると、結構な金額になってしまう。

 もちろん計算ミスという可能性もあるんだろうが……仮にも代官ともあろうものが、こんな単純なミスを、ほぼ全ての項目でやらかしている……というのはどうにもなぁ……。

 ただ調査しようにも、この代官が治めている土地はかなりの遠方……かなりの日数がかかってしまうんだよなぁ」


 そう言って頬杖を突き遠い目をする領主。


 その領主の横顔をじっと見て……領主のすぐそばまでやってきて腰を曲げて、ぐいとその顔を、領主の顔のすぐ横へと突き出しながらじっと見てきて……そんなメイドに対し領主は渋々と言った様子で視線をやって……「頼む」との一言を口から吐き出す。


 するとメイドは良い顔になって「しょうがないですねー、しょうがないですねー」と、そんなことを呟きながら書類をドレスのポケットへと押し込み、執務室の壁際……そこにある窓へと向かう。


「本来はそんな調査とか、代官がどうとかはメイドの仕事ではないんですよ?

 メイドの仕事ではないというのに、メイドであるわたくしに頼むだなんて、本当に仕方のないご主人様ですね」


 そう言って窓を開け放ったメイドは、両手でスカートをちょいとつまみ上げて、足を大きく振り上げ、窓枠にその足をガシリとかけて……その足を軸にして窓の外へと飛び出ていってしまう。


「……せめて玄関から出て行ってくれないかなぁ……」


 そんな領主の呟きは果たしてその耳に届いたのか、屋敷の執務室……三階にあるその部屋から飛び出したメイドは、屋敷の庭へと落下し、ハイヒールをざすりと庭へ突き立てて……まるで何事も無かったかのような軽快な足取りで、つまみ上げたスカートを振り乱しながら駆け飛んでいく。


 駆けていくという表現は正しくない。その一歩一歩が常人のそれを遥かに超えた距離を刻んでいて……メイドがひとたび地面を蹴れば、その身体は凄まじい力でもって前へと押し出され……巨体の馬でも真似出来ないだろうという足取りで、風を切りながら駆け飛んでいく。


 森の中を貫く街道をそうやって突き進むメイドを見かけた領民達は、精を出していた農作業や狩り仕事、針仕事の手を休めてその姿に見入る。


「あら、またアイシリア様がお出かけするみたいよ」


「今度は何かしら? 山賊退治? モンスター退治? それとも……ご領主様の我儘に付き合ってあげているのかしら?」


「ちょっと、ハーネット様を悪く言うのは無しよ? 確かに少しおバカだけれど私達庶民にお優しい方なんだから」


 領民達がメイドの……アイシリアの姿に見入りながらそんな言葉を漏らし、その言葉に背を押されたアイシリアは更に強く速く地面を蹴って目標となる代官の下へと突き進んでいく。


 そうやって駆けながらその口元を僅かに歪ませ小さな笑みを作り出すアイシリア。


 この地を治めるパーシヴァル・ハーネット伯爵に自分が仕えて以来、こういった不正や盗賊行為を始めとした犯罪に手を染めた者は一人も残さず全員、この手で討伐されていったというのに……よくもまぁこんなことをやらかす勇気があったものだ。


 バレるはずがないだろうという過信があったのか、それとも自分を何とかできるという確信があったのか……どちらにせよ面白いことになりそうだと、歪んだ笑みを浮かべたアイシリアは……興奮のあまり、スカートの裾から青い鱗に覆われた尻尾と、その背中から大きな、まるでドラゴンのそれかと思うような翼を露わにしてしまう。


「あら、いけないいけない」


 すぐさま自分がやらかしていることに気づき、魔力を練り込み、練り込んだ魔力によって人間に擬態し直すアイシリア。


 そうしてから拳をぐっと構えて、その先端に魔力を込めて……構えたまま街道を駆け飛んでいって……件の代官の屋敷を、レンガ造りの代官屋敷を正面に睨み、立場不相応に立派なその扉へと拳を叩き込む。


 瞬間、代官屋敷はアイシリアの放った魔力と、その魔力によって生み出された冷気に包み込まれ……屋敷の中にいた代官とその部下達は、その首から上以外の全てを透き通った氷に包み込まれ、身動きを取ることが出来なくなってしまう。


「はじめまして……ですかね。

 わたくしはハーネット家に仕えるメイドのアイシリアです。

 わたくしがここまで足を運んだ理由に関しては……わざわざ言わずとも心当たりがあることでしょう。

 正直このままあなた達を粉砕してしまっても良いのですが、我が主であるハーネット様はとてもお優しい上に公明正大なお方……その罪に見合った裁きをお求めになることでしょう。

 という訳で、その腐れた身体を砕かれたくなかったら、キリキリと明快な説明でもって、自分達が一体何をやらかしたのか、さっさと白状しなさいな」


 そう言って拳を構えるアイシリアに対し、代官達はあまりの恐怖でただただ震えることしか出来ず、犯した罪を白状しようにも、身体が冷えてしまって振るえてしまって、言葉を喉から吐き出すことが出来ない。


 そんな代官達をじぃっと冷たい視線でもった見やったアイシリアは……大きなため息を吐き出しながらごきりと、音を立てながら拳を構え……男達を包み込む氷を、その拳でもって削り始めてしまうのだった。




 ――――それから数刻が過ぎて



「……そうか、やはり横領だったか。

 ところでアイシリア……その、なんだ、殺してはいないよな?」


 出ていった時と同じように窓から帰還し、代官達の罪を報告をしてくれたメイドに対して、そんな問いを投げかける領主。


 その問いに対してアイシリアは……ただにっこりとした微笑みだけを返す。


「い、いやいや、横領だぞ? 金額的にもかなり少額の、死刑とは縁遠い犯罪だぞ?

 殺してはいないよな? 多少の氷漬けくらいは構わないが、砕いてしまったりとかはないよな?」


 またもアイシリアは微笑みだけを返す。


「こ、怖いから! いつもの優しい微笑みと変わらないその顔が今日はなんだか怖いから!

 ちゃ、ちゃんと説明してくれ! 代官達をどうしてしまったのかを、このボクにちゃんと説明してくれ!!」


 涙目となって悲鳴のような声を上げる領主に対してメイドは、その笑みを大きなものにしながら……別に殺してはないし、多少の罰を与えた後で解放したけれども、主人の醜態が……その表情があまりにも面白おかしいからと、あえて何も言わずにただただ笑みを浮かべ続けるのだった。


 

お読み頂きありがとうございました。


ここからはじまる物語をお楽しみいただければ幸いです。

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