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廃材で補修されていた窓を突き破って転がり込んだフロアに、オークキングは居なかった。
もしも高坂・恵、『地図屋』を仲間に抱き込めていたら確実にオークキングの所在地を割り出してくれたのだろうが、彼女に話を持って行けばギルドに俺達の動きを察知される可能性が高い。
ギルドは希少種であるオークキングを研究試料として欲するだろうから、俺達の目的とは少し相容れないのだ。
仮にギルドが主導でオークキング討伐に動くなら、大勢の冒険者を集めて正面から潰そうとするだろう。
勿論オークジェネラルが率いる二つの軍勢も含めて。
その方が大量の肉が手に入るし、関西圏の市民に対して大きな戦果を喧伝出来るのだ。
また大勢の冒険者の協力があってこそ討伐が成ったのだからと、実際にオークキングを倒した冒険者からそれを接収し易くもなる。
当然金は支払われるだろうが、俺達の様に少数で仕留めた場合に比べ、その額は物足りない物になってしまう。
後はまぁ、オークの軍勢にはアサルトやグレネーダーも多く混じるから、大規模戦闘ともなれば冒険者にも多数の被害は出るかも知れない。
俺は刀を振い、このフロアに居たオークガードを数匹切り殺す。
火事で動揺し、更に奇襲で慌てふためけば、人ならぬモンスターであっても実力を完全には発揮出来ない。
オークガード、つまり護衛兵はハイオークと同じC級のモンスターだが、余りに呆気なく命を絶たれて地に倒れた。
ここが護衛兵の待機場所だと言うのなら、王であるオークキングもそう遠い場所には居ないだろう。
C級のモンスターの肉は捨てて行くには多少惜しいので、俺は手早く複数の骸を鞄、ストレージと呼ばれる魔導具の一種に詰め込む。
ストレージとは情報データ等を保存しておく記録装置の事だが、小さな見た目とは裏腹に大量のデータを内部に収められる為、似た様な効果を持つこの魔導具の通称になったらしい。
他にも四次元ポケットだの無限収納だのと呼ばれるこの鞄、魔導具だが、確かに無限とまでは行かないが軽く倉庫一つ分位の容量はあり、内部に入れた物の重さも感じない便利な代物である。
比較的浸食領域で手に入れやすい魔導具ではあるけれど、その需要の高さ故に高額で取引されていた。
因みにこのストレージを所有していない冒険者は、大抵がE級かD級だが、ギルドから貸与される荷車を人力で引っ張る羽目になってしまう。
荷車と言っても特別製で、軽く頑丈な金属製の代物ではあるけれど、中身を乗せて移動すれば当然跡が残るし、強敵に襲われた際は中身ごと荷車を放棄して逃げなければならなくなる。
得た成果を全て放棄して逃げ出す経験は、実に苦い物だった。
さて置き、護衛兵を突破した俺が駆け出そうとすると、不意に大きな大きな咆哮が響き渡る。
その言葉はわからないが、何を言っているのかはわかる。
『落ち着け、火を恐れるな、自らの身を以ってしてでも火を消し止めよ。汝等は勇敢な我が配下である』
……と言った所か。
完全に俺の想像だけれど、多分大きくは間違っていない。
つまりはオークキングの命令だ。
同種のオークには絶対に逆らえない、命を捨てる事にすら躊躇いをなくす、魔の咆哮。
しかしその咆哮は、同時に俺に獲物が何処に居るのかを知らせる目印にもなった。
「身体強化・弐、オン」
俺はその文言と共に力を解放し、思い切り床を蹴破って下のフロアへと落下する。
そう、先程の咆哮を放ったオークキングが居るフロアへと。
更に、引力スキルで砕いた床、或いは天井になったけれど、砕けたコンクリート塊を幾つもオークキングに向けて放つ。
でも流石は王と言うべきか、奇襲気味に放たれた攻撃であったにも関わらず、腕の一振りで複数のコンクリート塊を砕き散らす。
けれども、その腕の一振りは大振りだった。
振り回された腕の下から、コンクリート塊と同時に突撃していた俺の刀が、ずぶりとオークキングの胸に突き刺さる。
並の剣なら、その鎧と外皮、更に分厚い脂肪と筋肉が刃を受け止めただろう。
だけどこの刀はミスリルと呼ばれる鉱物を、日本と言う国が持つ高水準の技術で鍛え上げた逸品、否、絶品だ。
例え相手がB級のモンスターであったとしても、正しく扱えば切り裂けぬ相手じゃない。
刃を上にして刺さった刀の峰に腕を当て、思い切り上に持ち上げ、オークキングの肉体をザパリと裂く。
心臓すらも真っ二つにする、明らかに致命の傷だ。
だがオークキングは、最期にB級モンスターの、或いは王の意地を見せ、刀を切り上げて無防備になった俺の腹に蹴りを入れた。
撃ち出された砲弾の様に吹き飛んだ俺の身体が、フロアの柱を砕いてから地に転がる。
腹が痛い。
内臓がぐちゃぐちゃに掻き回されたかの様な、深刻なダメージだ。
何時も身に纏っているロングコートに衝撃吸収効果、要するに打撃に対する耐性が付いていなければ、或いは先の一撃で動けなくなっていたかも知れない。
……手当を受けるまで、まともに飯は食えないだろう。
最悪である。
折角オークキングを仕留めても、すぐさまにその味を確かめられない。
回復魔法の使える知り合いは、今は町に居るだろうか。
仮に遠征にでも出られて居たら、帰って来るまで飢えと痛みに苦しむか、クソ高い治療薬、ポーションと呼ばれるそれに頼らざる得なくなってしまう。
よろめきながらも、気合で何とか立ち上がった。
吹き飛ばされても武器である刀を手放さなかったのは、冒険者としての意地と言った所か。
しかし場合によっては、転げた際に自分の武器で自分を傷付けてしまう可能性もあったから、……次からは素直に手を離そう。
眼前の敵、オークキングは、既に息絶えている。
俺は大急ぎで、オークキングの骸と彼の身に付けていた装備、更には玉座と思われる場所の周囲にあった財物をストレージに詰め込み、引力スキルを用いて逃げ出した。
流石にこれ以上は、例え雑兵のオークであってもまともに相手をしたくはなかったから。
 




