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「ほぅほぅほぅ、成る程成る程、そうやってルーキーを救出した訳ですか。流石は四神の浸食領域に挑む冒険者の中でも最速を誇る鴉殿ですな」
行き付けの飯屋、双葉屋の二階の個室で食事を取る俺に対し、目の前に座った男、情報屋の七又・三郎は大仰に驚いた声を出す。
尤も多分三郎の名前は偽名だろうが。
日本に出現し、暴走して浸食領域を生み出したダンジョンは五つ。
一つ目は東京と呼ばれた嘗ての首都に現れ、その全てを飲み込んだダンジョン、通称『死都』。
二つ目はこの国で最も高い山と、その周囲を浸食領域としたダンジョン、通称『不死山』。
三つ目は西の古都、京都市を中心に広がって大阪や滋賀、奈良の一部をも浸食領域に変えたダンジョン、通称『四神』。
四つ目は四国の半分程を浸食領域とするダンジョン、通称『死の遍路』。
五つ目は九州の一部以外を全て喰い尽したダンジョン、通称『火ノ国』。
因みに俺が浸食領域の攻略を行っているのはこの三つ目、『四神』で、何故こんな通称で呼ばれるのかと言えば、ここのA級浸食領域内にはまるでダンジョンの入り口を守るかの様に四体のボス、青龍、白虎、朱雀、玄武と呼ばれる超大型モンスターが出現するからだ。
他のダンジョンの通称の由来は、まぁ詳しくは知らない。
後、三郎の言葉だが、当然ながら俺が四神の浸食領域に挑む冒険者、つまり関西地域の冒険者の中で最速と言うのは大袈裟だ。
確かにあの任務内容なら、最も早く現場に辿り着ける冒険者は俺だろう。
但し最速であるかどうかはまた別の話だった。
もっと短い距離なら、例えば戦闘時の話なら、もっと素早く動く冒険者はA級に幾らか居る。
逆にもっと遠い距離、例えばここから数百キロメートルも離れた死都に辿り着くなら、無休で動けるスタミナを持った冒険者に分がある筈だ。
何せ俺の引力は、余り燃費がよろしくない。
恐らく俺が最も速いと言い切れる条件は、移動距離が五キロメートル以上、五十キロメートル以下の場合に限るだろう。
「しっかし、良く食べますねぇ。私、見てるだけで腹が一杯になって来ますよ」
ハイオークのカツに齧り付き、どんぶり飯を掻き込む俺を見て、三郎はそんな事を言う。
そんな事を言われても、食べねば身体を維持できないのだから仕方ない。
引力もそうだが、アクティブスキルは大抵の場合、非常に燃費が悪いのだ。
発動する度に体力を削るから、大量に食わねば身体が持たない。
パッシヴスキルの場合はアクティブスキルに比べればまだマシだけれど、それでも大抵の冒険者は大飯喰らいだった。
勿論食べる以上にダンジョンから持ち帰るからこそ、冒険者の大飯喰らいは許されている。
しかし今日、三郎をここに呼んだのは俺の食事を眺めさせる為じゃない。
「そんな事はどうでも良い。それよりも心当たりはないのか。浸食領域のランク変動が起きたか、ギルドの調査ミスか、何か掴んでるんだろう?」
情報屋を呼び出した以上、当たり前の話だが用件は情報の売買だ。
昨日の任務で助けたE級冒険者達は、本来E級浸食領域には出て来る筈のないD級モンスターであるオークに追い立てられたと言う。
本来起きる筈のない事が起きたなら、そこには何らかの理由がある。
別にそれがE級浸食領域に限った出来事なら、正直な所、俺にはあまり関係がない。
時折、救出任務に駆り出される様になる位だろう。
だがそのランクを越えてモンスターが活動する現象が他の浸食領域にまで及ぶなら、それはあまりに危険な話だった。
もし仮にB級浸食領域で稼ぐ心算で挑んだ時に、A級のモンスター、それも四神の様なボスクラスが不意に現れでもしたら、逃げ切れるかどうかすら分の悪い賭けだ。
俺もB級冒険者である以上、A級浸食領域に挑みはするけれど、それは万全の態勢を整えた上での話である。
時には臨時のパーティを組む事だって、A級浸食領域に挑む場合にはあった。
不測の事態が起きる可能性があるのなら、出来る限りの備えを以って不測でなくさなければならない。
情報取集もその備えの一つだ。
「そうですねぇ、該当地域がE級浸食領域である事は間違いありません。ついでにランク変動の予兆もありませんな。ただ、まぁ、面白い話は一つあります」
勿体ぶった言い回しをする三郎に、俺は用意していた高額のマネーカードを三枚、机に放る。
これで昨日の任務で得た報酬は全て飛ぶが、情報を得る為なら金は惜しむべきではない。
ハイオークの肉をこの店に卸した分は残っているから、完全に赤字と言う訳でもないのだし。
「ははぁ、これは豪気な事で。毎度どうも。えぇとですね。つい先日ですが、C級浸食領域内で、軍勢規模のオークを引き連れた特殊個体が目撃されましてね? えぇ、しかも全く別の個所でも、目撃情報がありました」
そしてマネーカードを懐に収めた三郎が語った話の内容は、実に興味深い物だった。
軍勢規模の同種のモンスターを率いる存在は、将の名を冠する特殊個体だ。
オークを率いるならオークジェネラル、オーガを率いるならオーガジェネラルと言った風に。
仮にその目撃された特殊個体がオークジェネラルなら、B級モンスターになるだろう。
またこの同種を『率いる』と言う所が問題で、昨日狩ったハイオークの様に、単にオーク達のリーダーだったと言うのとは少し意味合いが変わる。
将の名を冠する魔物は、単に同種を従えて一緒に行動するだけでなく、命令を出して離れた場所でそれに従事させる事もあった。
大抵のモンスターは浸食領域のランクを越えて移動はしないが、将から命令を受けたモンスターはその限りではない。
D級であるオークがE級浸食領域で冒険者を襲ったり、C級であるハイオークがD級浸食領域でオーク達を従えていた事の説明は、それで付く。
或いはこのオークの勢力が膨れ上がれば、浸食領域の外に攻め寄せて来る事さえあるだろう。
だが今回の話は、多分それだけに終わらない。
三郎は、そんな特殊個体のオークジェネラルが、別々の場所で目撃されたと言っている。
偶然同時期に全く無関係のオークジェネラルが、別々の場所に出現したのか?
いやいや、その程度ならば面白い話とは言わない筈。
だとすれば更にオークジェネラルの上に、将である彼等をも率いる王、オークキングが発生した可能性があると三郎は言っているのだ。
これはチャンスだった。
王の討伐は危険が大きいが、その見返りもまた大きい。
所有する宝物や、肉、骨、魔石、皮に至るまで、希少な特殊個体であるオークキングには高い価値があるだろう。
今ならオークキングの討伐に、他の高ランク冒険者よりも先に挑める可能性は高い。
正面から軍勢の相手は出来ないが、密かに、速やかに、オークキングのみを暗殺するなら可能性はある。
確実を期すなら何名か、知り合いの冒険者に声を掛ける必要はあるけれど……。
「挑まれますか? ならば充分にお気を付け下さい。私もお得意様を失うのは辛いですからねぇ」
考え込んで箸の止まっていた俺に、三郎が言う。
あぁ、やはり挑むならば万全の態勢を整えるべきだった。
俺は再び猛然と箸を動かし、残った食事を平らげに掛かる。
体力の補充も欠かしてはならない準備の一つだ。
後の準備をどうするかは、まぁ、食べ終わってから考えようか。