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 俺、三野・亨太(みの・りょうた)が冒険者になったのは、戦闘訓練校を卒業した十六歳の時。

 ダンジョンからの浸食が起きる前は、殆どの人が高等学校、大学校に行くのが当たり前なんて時代もあったそうだけれど、今はそうじゃない。

 義務教育とされる小、中学校での教育は、大勢の大人達の努力によって未だに維持されているけれど、それ以上の年齢になって学問を学ぶのは研究者等の特殊な職に就く者のみだ。

 だから中学校を卒業した後に、戦闘訓練校に一年間通えた俺は、多分少し恵まれている。


 幼い頃から、俺は冒険者になりたかった。

 何故なら冒険者が、美味い物を腹いっぱいに食える職業だと知っていたから。

 俺の父も冒険者をしていたから、家族は父が死んだ後も生前に稼いでくれていた遺産で、生きて行く事が出来たのだ。

 まぁ冒険者じゃなかったらそもそも死んでなかったのかも知れないけれど。


 父が死んでからは限りある遺産を節約して生きて来たが、父が生きてる間は本当に食に恵まれた家庭だったと思う。

 母は料理が上手かったし、父は母の料理が大好きで、珍しい食材をダンジョンで獲っては持ち帰ってくれた。

 それはとても美味かったのだ。


 ……それなりに成長してからは、父が生きて死んだ世界、ダンジョンを自分の目で見たいだとか、この社会を維持する為に自分に出来る事をしたいだとか、色々と建前の様な目標も出来たけれど。

 子供の頃に、父を失ってから強く感じたのは、やはり美味い物をもう一度腹いっぱいに食いたいって気持ちだった思う。



 基礎的な戦闘技術を学ぶ訓練校を卒業してから、俺はE級の冒険者として一年、ダンジョンに潜った。

 当時は同じ訓練校の卒業生とパーティを組んでダンジョンに挑んでいたが、仲間達が身体強化スキルを得て、俺が得たスキルが引力だった事で、その日々は終わる。

 と言っても、別に喧嘩別れをしたって訳じゃない。


 スキルの力は、発現したばかりの時はまだ弱い。

 今の俺は引力を用いて数百m先の目標物まで空を飛んだりしてるけれど、発現した当初は十メートル先の石を手元に引き寄せる位しか出来なかった。

 更に操作には癖がある。

 一方身体強化のスキルは目覚めたばかりでも、純粋に身体能力が向上するので有用だ。

 スキルを鍛え上げれば強化倍率は向上するが、目覚めたばかりでもそれ以前との違いはとても大きい。


 だから、そう、彼等と一緒にそのまま先へ進めば、俺が付いて行けずに死ぬ可能性は高かっただろう。

 故に冒険者管理庁、ギルドが俺達のパーティに待ったを掛ける。

 他に発現例のない引力スキルが失われるには惜しいから、真っ当にそれを扱える様になるまで訓練を行えと、ギルドは俺に要請して来た。

 それは至極尤もな話ではあったのだ。

 唯一つ、それを受け入れるには仲間達と分かれる必要があった事以外は。


 訓練を受ける間、俺の生活はギルドによって保障される。

 何故なら俺の訓練は、固有スキルの検証、実験も兼ねており、ギルドにとっても有益だから。

 けれども俺の仲間達の生活までは、ギルドは面倒を見てくれない。

 俺を待ち、その場で足踏みをして時間を潰す事よりも、仲間達は先に進んで生活を安定させる事を選ぶ。

 勿論それは当たり前の判断で、俺だって逆の立場ならそうしただろう。


 ギルドからの護衛と研究者付きで行われた俺の訓練には、およそ半年程が掛かった。

 俺は自分の体重と同程度の物体を、百メートル先から引っ張れる様になり、またその訓練の最中に身体強化・壱のスキルも得た。

 時間は掛かったが、俺の訓練は実に順調だったと言って良い。

 唯一つの誤算は、先に進んだ仲間達が、C級モンスターとの戦闘で全滅した事のみ。


 訓練を終えた俺には、誘いの手が多く在った。

 またギルドも、幾度となくパーティへの参加を勧めて来た。

 しかし以前の仲間達を思い出すとどうにも気乗りがしなかった俺は、臨時でパーティを組む事はあっても、基本的にはソロのままにダンジョンに挑み、二年を掛けてC級へ、更に一年半でB級へと昇格を果たす。

 その頃には、引力スキルが届く範囲も一キロメートル近くまで伸び、空を飛行しての高速移動も可能になってる。

 他にも幾つかのスキルを得、空を飛ぶ姿から鴉の異名を付けられて、更に一年。

 現在二十一歳。


 今の俺に、強い目標はない。

 強いて言うなら、A級に上がる事で初めて入れる様になる、浸食領域ではない本当のダンジョンは、少し見てみたいと思うけれども。

 それも薄っすらと思う程度、興味があるって位の話だ。

 ついでに言えば恋人も居ない。

 今までに居なかった訳じゃないが、長続きはした事がなかった。


 ただそれでも、今日も俺は、美味い飯を腹一杯に食えている。




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