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オークは体長が二メートルから二メートル半程の上背がある、筋骨隆々の豚面人だ。
人間とは比べ物にならない膂力と、組織的に動く知能を持ち、その性質は実に邪悪だった。
昔はオークとの対話を試みた者も大勢いたらしいが、彼等の辿った運命は悲惨としか言い様がない。
オークは対話を試みようとする無抵抗の獲物を、成るべく殺さないように切り刻み、貪り食いながら弄んだと言う。
因みにオークの肉は食用に適する。
人型魔物の肉に忌避感を示す者は今の時代でも絶えないが、逆にその味に魅了された根強いファンも多い。
俺個人としてはミノタウロスの肉の方が好みではあるけれど、オーク肉の魅力も否定はしない。
特にカツ丼はやはりオーク肉が良く合うし、それも上位種の物ならその旨みは筆舌に尽くし難い物がある。
……まあさて置き、オークはD級浸食領域に出現する、D級モンスターだ。
その姿を見ればわかる通り、戦闘力は人間の比ではない。
更にアサルトやグレネーダーと言った現代兵器を使用する種すらおり、それ等はD級モンスターの中でも特に厄介な手合いとなる。
尤も厳密に言えば、彼等が使用する現代兵器は人類のそれと完全に同一ではなかった。
例えばオークアサルトの使用するアサルトライフルらしき物は、火薬を爆発させて弾丸を射出させて居る訳ではなく、謎の力で未知の鉱物で出来た弾を吐き出す。
仮に倒したオークアサルトから武器を奪っても、人間には鈍器としてしか使えない。
性能に関しては人類が使用する物と比してやや劣る程度だろうか?
人を殺すには、充分過ぎる威力を誇る。
宙を飛び、ビルまでおよそ三百メートルの距離に近付いた時、周囲を包囲したオークの一匹が俺に気付いた。
「フガーッ!」
注意喚起の声だろうか?
一際大きなそのオークが警告の声を上げると、周囲のオーク達も一斉にこちらを見る。
あぁ、どうやら最初に俺に気付いたオークは、ハイオークと呼ばれる上位種だ。
単なるオークとは違い、ハイオークは完全にC級モンスターになるのだけれど、……一体何故D級浸食領域に出張って来てるのか。
兎に角、考えるよりも先にオーク達を殲滅しなければ話にならない。
バババッと音を立て、オークアサルト達の持つ銃器が弾丸を吐き出す。
だが流石にこれだけの距離が開き、尚且つ目標である俺が高速で空を飛んでいると、そう易々とは当たらない。
俺はその仕返しにと、懐から取り出した金属球、大分と昔に流行ったらしいパチンコと言う遊戯で使われていた玉を、宙にばら撒き引力を発生させた。
オークアサルトが撃ち出した弾丸以上の速度で、金属球はオークに向かって引き寄せられる。
でも最初に狙うのは、オークアサルトではない。
オークアサルト達が弾丸をばら撒き意識を引き付けてる影で、密かに詠唱を行っていたオークマジシャンだった。
複数の金属球が身体を打ち抜き、オークマジシャンの息の根を止める。
魔法は非常に厄介だ。
理不尽で常識が通じず、何をしてくるかが読み切れない。
まぁ弾切れする様子のないアサルトライフル擬きや、俺の引力だって充分に常識外れだろうけれど、魔法は更にその上を行く。
たかがD級モンスターの使用する魔法位なら、B級である俺はほぼ間違いなく抵抗出来るが、そもそも使わせないに越した事はない。
引力を強め、空を飛ぶ速度を更に増す。
ドォンと音を立てて中空に、炎の華が咲いた。
オークグレネーダーの投擲弾だ。
彼等の扱う投擲弾も人類の扱う手榴弾とは若干異なり、爆発で破片を撒き散らす物ではなく、爆発した炎の衝撃と熱でダメージを与えて来る物である。
ダンジョンで時折発見されるアイテム、火晶石と呼ばれるそれに近しい物を投擲しているのだろうけれど、アサルトライフル擬きと同じく、手榴弾擬きも回収したところでやはり人類に使用は不可能だ。
但し先程例に出したアイテム、火晶石をオークグレネーダーに投擲すると、所持する手榴弾擬きが誘爆して大爆発を起こす。
例えば、そう、こんな風に。
俺の投げた火晶石は、やはり引力に引かれてオークグレネーダーの一体に命中し、周囲に巨大な炎を撒き散らす。
そしてオークグレネーダーが所持していた手榴弾擬きに誘爆し……、起きた大爆発は二回だった。
あぁ、そう言えば、オークグレネーダーは二体居ると言っていた気がする。
死屍累々とはこの事か。
爆発に巻き込まれたオークは爆散、または焼死し、辺りに香ばしい匂いを振りまく。
火晶石は比較的よく出るドロップアイテムとは言え決して安い物ではないし、オークの肉だって回収すれば金になるが、今は金銭よりもE級冒険者達の救助が優先だ。
どうせ経費はギルドから落ちる。
けれども唯一、ハイオークだけは話が別だ。
上位種、C級モンスターであるハイオークはこの程度の爆発では死にはしないし、何より、つい先程のその味を思い出して丁度食べたいと思っていた所だった。
奴だけは丁寧に仕留めて、出来る限り良い状態で行き付けの店に持ち込もう。
それにモンスターの体内から得られる魔石の価値も、クラスが変われば桁が変わる。
俺は腰に吊った刀の柄に手を置き、ハイオークと自身の間にある引力を強めた。
地に居る巨体のハイオークと、幾つか武装を所持するとは言え単なる人間の俺では、やはり質量はハイオークが大きく勝るだろう。
その結果、俺は中空をハイオークに向かって勢い良く引き寄せられ、ハイオークは地を俺に向かって僅かに引き摺られる。
「身体強化・弐、オン」
そして俺は、更にもう一つのスキルを発動させた。
身体強化は比較的ありふれたスキルで、C級以上の前衛型冒険者ならばほぼ間違いなく持っているスキルだ。
しかしその身体強化にも実は種類が二種類あり、身体強化・壱は強化度合いは低倍率だがパッシヴ、つまり常時発動型のスキルで、身体強化・弐は強化度合いが高倍率のアクティブスキル、要するに引力スキルと同じく意識して使う必要があるスキルである。
因みにB級以上の前衛型冒険者の多くは、壱と弐を共に持ち合わせている事が多い。
勿論俺も、……俺が前衛型かどうかはさて置いて、身体強化は壱、弐と共に持ち合わせていた。
スキルも用いて万全の構えで突っ込む俺と、部下を失った事で動揺し、更に地面を引き摺られて体勢を崩しかけたハイオークでは、元々の実力差もさる事ながら条件が違い過ぎて勝負にはならない。
ダンジョンで発見されたミスリルと言う鉱物から鍛えられた俺の刀は、狙い違わずハイオークの首をスパリと刎ねる。
「状況終了。他のモンスターが近寄ってくる前に、E級達を連れて帰還する。『地図屋』、向こうに連絡を取ってくれ」
地に着地した後、俺は噴き出すハイオークの血を避けながら、今もこちらの状態をモニタリングし続けてるであろう恵にそう告げた。
―流石ね。迅速な任務遂行に感謝するわ。御蔭でE級冒険者にも被害は出なかった。彼等のナビをしていた後輩も、貴方に感謝してたわよ―
脳に響く声に、俺は思わず笑みを浮かべる。
別に自分がお人好しだとは思わないが、それでも人の命を救って感謝されれば、まるで己がヒーローにでもなった様な気がして、気分は良い。
さて後は、この気分の良さを維持する為にも、E級冒険者達を無事に浸食領域外まで連れ帰ろう。