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輝く様に真っ白な巨体が、朽ちたアスファルトの道路を歩いてる。
その歩みはどこまでも優雅で、王者の風格すら漂っていた。
けれどもその優雅さの裏に潜む物に気付けば、怖気が背筋を走るだろう。
何せその巨体は周囲のビルと同等に高く、四足の獣ゆえに当然高さよりも長さが勝る。
だとすれば重量も、当然それに見合った物がある筈だ。
にも拘らず、その歩みには足音が存在しない。
常軌を逸した技量が足音を消すのか、それとも彼の獣には重さなんて物は存在しないのか。
いずれにしても恐ろしい化け物である事は間違いなかった。
俺は廃ビルの一部屋で息を殺しながら、その獣、四神が一つ、白虎が通り過ぎるのをじっと待つ。
巨大な四神にとって人間はあまりにも小さ過ぎ、外を移動中なら兎も角、こうして建物内に潜めば見つかる事はない。
そうわかっていても、圧倒的な存在感のある巨大ボスが付近を通過すると言うのは、やはり心臓に悪かった。
白虎が俺の傍らを通り過ぎて行ったのは、A級浸食領域で活動を始めて三日目の朝。
朝日が昇り、廃ビル内で夜を過ごしていた俺が、そろそろ移動しようかと思った時の事。
不意に空気が重くなり、四神の接近を感じた俺は、懸命に気配を殺してやり過ごす。
実は以前にA級浸食領域に挑んだ時にも、遠目に四神は確認しており、彼等の纏う気配には覚えがあった。
……でなければ白虎の不意の接近には、もう少し慌てふためいてたかも知れない。
情報屋、七又・三郎の話では、俺がA級に昇格すると、時期が来れば四神討伐の依頼が来ると言う話だ。
あんな恐ろしい巨大ボスに、果たして自分は本当に勝てるだろうか?
遠ざかって行く気配に俺は胸を撫で下ろし、自分に問う。
勿論それは、やってみなければわからない。
少なくとも、単独では無理だろう。
優秀な仲間を得て、四神討伐を目標に据えて極限まで己を研ぎ澄ませれば、或いは届くかも知れないと言った所か。
四神は、その名の通り、神に例えられる程に強力な力を持った四体の巨大ボス。
即ち青龍、朱雀、白虎、玄武である。
A級浸食領域内を我が物顔で動き回るこの四体のボスだが、実は活動範囲は決まっているらしい。
青龍は東部、朱雀は南部、白虎は西部、玄武は北部を活動範囲とし、別の四神のテリトリーには互いに決して踏み込まないそうだ。
先程通り過ぎて行った白虎は、四神の中でも最も素早い事で知られており、白虎の活動範囲である西部は、東部、南部、北部よりも危険度が高いとされている。
逆に最も危険度が低いのは、北部の玄武の活動範囲だろう。
玄武は移動速度が遅く、またそもそもあまり動き回らない。
その分、モンスターの数は他の地域よりも多いのだけれど、四神の脅威が低ければそれだけで比較的安全と言えてしまうのが、このA級浸食領域だった。
但しジッと朝を待つ場合はその反対で、動き回る白虎を恐れてモンスターが少ない西部が、比較的夜は過ごし易い。
……と言う訳で朝日が昇ってしまえばこんな怖い西部に用事はもうないのだ。
俺は階段を下りて地下へと潜り、地下鉄路線を通って北部を目指す。
さて、俺はこのA級浸食領域に来たならば、是非とも狩らなければならないと思っていたモンスターが居る。
前回このA級浸食領域に来た時は、狩る算段がどうしても立たず、泣く泣く諦めて帰還した。
そのモンスターの名前は、ガンパレードルースター。
このA級浸食領域でも、ボスである四神程ではないけれど、特に危険とされるモンスターの一匹だ。
尤もガンパレードルースターの危険性は、このモンスターの強さに由来する物ではない。
ガンパレードルースターは体高が五メートル程もある巨体の鶏のモンスター。
非常にタフで再生能力すら持つが、臆病な性質をしており、傷を受けると独特の鳴き声を上げて逃げ出す。
そしてその鳴き声には他のモンスターを興奮状態にして呼び集める効果があり、スタンピードを引き起こすのだ。
勿論そんな大騒ぎが起きれば四神がそれに気付かぬ筈もなく、北部の玄武のみはその程度では動かぬけれど、東部、南部、西部では、最終的には青龍、朱雀、白虎までもがやって来る事態になる。
四神を呼び寄せてしまうモンスターなのだから、四神に次ぐ危険なモンスターだと言うのは、至極当然の話だろう。
そんな危険なガンパレードルースターを俺が狩りたいと考える理由は唯一つ。
ガンパレードルースターの肉が至上の美味さを誇るからに他ならない。
胸肉ももも肉も、ハツもハツモトもレバーもセギモも、砂肝もぼんじりも手羽元も手羽先も、兎に角すべてが美味いと言う。
だったら是が非でも狩らねばならないと考えるのは、寧ろ当然だろう。
けれども以前の俺には、タフなガンパレードルースターを一撃で仕留める攻撃力も、鳴き声を止めて逃がさず仕留める手段も持ち合わせていなかった。
故に涙を呑んで諦めたけれど、今回こそは何としてでも、ガンパレードルースターを仕留めて持ち帰る。
そんな決意と共に、俺は今、廃墟の影に身を潜めていた。
視線の先、およそ三百メートル離れた場所で、ガンパレードルースターはコツコツと転がったコンクリート塊を突いてる。
俺は身体強化・弐と集中力のスキルを、声を出さずに発動し、ストレージの中から黒鋼の投げ槍を引っ張り出す。
この投げ槍がA級モンスターにも通用する事は、二日目にサラマンダーを一撃で屠った事で既に証明済みだ。
しかしそれでも非常にタフなガンパレードルースターは、恐らく一撃じゃ仕留め切れない。
ならば俺が狙うのは、ガンパレードルースターから鳴き声と逃げ足を奪う事。
引力スキルをフルパワーにして、俺は黒鋼の投げ槍を撃ち出した。
ガンパレードルースターに向かって高速で引き寄せられる投げ槍は、当然狙いを外す事なく脚部に大きな風穴を開ける。
物凄く痛いだろう事は、想像に難くない。
太腿に大穴を開けられれば、人間だって転がって泣き叫ぶ。
俺だって命が掛かった場面でさえなければ、きっと同じ様にするだろう
痛みと恐怖に、ガンパレードルースターは大きく口を開いて息を吸い込む。
その瞬間、振るった刀がガンパレードルースターの喉と胸の間を裂いた。
そう、投げ槍を投擲すると同時に俺自身も引力スキルでガンパレードルースターに向かって飛んでいたのだ。
鳥の声は人の様に声帯ではなく、鳴管と呼ばれる部分で発生すると言う。
鳴管が具体的にどの場所にあるかは詳しくは知らないから、その部位を破壊して鳴き声を止める事は俺には出来ない。
だがその鳴管も、結局は空気を使って音を発する仕組みは声帯と然程変わらないだろうから、そもそもの吸気を止めてやれば音は出ないと考えた。
その考えが当たったのかどうかはわからないが、ガンパレードルースターの喉からは空気の漏れる音がするのみで、他のモンスターを呼び寄せる声は発せられない。
ガンパレードルースターの瞳に浮かぶ感情は、強い恐怖。
だけど俺は躊躇いも容赦もなく、刀を振ってガンパレードルースターを部位ごとに解体して行く。
逃げれず、声も発せられないガンパレードルースターを前に、もう俺の思考は如何に肉を傷付けずに解体するかに移行していたから。
心臓を止めずに血を抜き、解体した肉を片っ端から一片残らずストレージに仕舞って、それから素早くその場を離脱する。
結局、五日間のA級浸食領域での活動で、俺が仕留めたモンスターの種類は十二。
勿論この一回の成果だけでA級へと昇格する事はなかったが、A級浸食領域で活動するに足る実力は充分に示せた。
そしてそれから二ヶ月後、更に数度のA級浸食領域への挑戦を経て、俺はA級冒険者の称号を得る。




