23
俺と渡瀬・六太が蜘蛛の群れを振り切って生還してから、五日が経過した。
蜘蛛の巣と化した旧亀岡の攻略は、俺と六太に動く気がなかった事で、事態を重く見たギルドが赤塚・祥吾の率いるA級冒険者パーティを派遣したから、数日で片は付くだろう。
旧亀岡の地は、多分今頃灰塵と化してる。
自分が関わった仕事の結末を他人に譲るのは、正直些か悔しい。
だが地域一体を巣に変えてしまった相手に、この身一つで切り込んだ所でどうにもならない事は、重々承知していた。
俺の冒険者としての強みは機動力と単体に対する攻撃力であって、大規模な群れを相手取れる超火力ではないのだ。
尤もそれ等を理解した上で悔しいと感じているのだから、もうその感情は自分でもどうしようもない。
そもそも俺に火力がないのなら、その火力を持った相手とパーティを組めば解決する話だ。
誘いの手はあるのにそうしていないのだから、全ては自分のせいである。
しかしそれもそろそろ解決するだろう。
今回の情報を持ち帰った件で、ギルドから出されていた俺のA級浸食領域への侵入制限が解除された。
まぁ侵入制限と言っても強い強制力のある物ではなかったけれど、これで誰憚る事なく大手を振って、A級昇格に挑む事が出来る。
けれども今回の件ではC級とB級冒険者パーティが行方不明になっており、守口支部の保有戦力は大きく低下している筈なのに、突然の制限解除が行われた事には少し首を傾げざるを得ない。
まさかギルドに制限解除理由を尋ねる訳にも行かず、さりとてこの手の疑問を放置すれば、思わぬ場面で足元を掬われてしまう場合もあった。
故に俺は、行き付けの飯屋である双葉屋の二階、密談に適した個室に情報屋を呼び出して、守口のギルド支部が俺の制限を解除した意図を問う。
冒険者相手に情報の売り買いを行っている情報屋は、ギルドの中にも良く聞こえる耳を持っているから。
「いえいえ、特に『鴉』さんの不利になる裏はないんですよ。今回の件。ただ、ね。覚えてますか、ちょっと前に情報を買って戴いたオークキングの件」
そして俺の呼び出しに応じて現れた情報屋、七又・三郎は正面の席に座りながら、そう言った。
裏はない。
その言葉に、俺は内心で安堵の息を吐く。
別に守口のギルド支部が所属冒険者である俺を害するとは思っていないが、それでも組織からの扱いが二転三転すると、どうしたって不安は覚えてしまう。
だから最初に裏がないと断言して貰えた事で、色々と考えを巡らせていた俺の心は、漸く落ち着く。
小心者と言われれば否定のしようもないけれど、冒険者なんて仕事をする上では、少し小心者な位が良いって言葉もある。
豪胆な者は突き抜けた例外を除いて早死にするし、小心が過ぎればそもそも冒険者なんて道を選ばないから、俺位で丁度良いのだ。
けれども俺の内心はさて置き、少し懐かしい話が出て来た。
オークキングの討伐は、もう数ヶ月は前の話だ。
あの時は大分と儲けたからまだ記憶は鮮明だが、今回の件と何らかの因果関係があるとは、あまり思えない。
俺が訝しみながらも頷くと、三郎は満足げな笑みを浮かべ、
「あのオークキングもそうでしたが、近ごろ『四神』の浸食領域では特殊個体、それもボス級の出現がチラホラ見られましてね? これをギルドはダンジョンの活性化だと結論付けたんですよ」
そう告げた。
ダンジョンの活性化。
確かに近頃、想定外の数のモンスターに襲撃を受けて思わぬ窮地に陥ったと言う話は時折耳にする。
てっきり冒険者側の油断が原因だろうと思っていたが、ダンジョンの活性化が起きているなら、モンスターの出現数自体が増加していても何らおかしくはない。
そしてダンジョンの活性化の末に起きる事は、領域拡大だ。
大量に出現したモンスターが浸食領域の枠を超えて攻め込んで来る、人類とダンジョンの戦争。
「仮にこの地で領域拡大の予兆が出れば、各地からA級冒険者を掻き集めて対応しなければならない。けれどもそうなると、最もダンジョンの活動が活発な土地、九州で何かが起きた時に対応が不可能になるでしょう?」
領域拡大が起きる前に食い止めるには、大量のモンスターが出現した時点でこれを徹底的に殲滅し、ダンジョンが落ち着くまで只管にそれを続けなければならない。
その為、飛び抜けた戦闘力を持つA級冒険者が各地から救援に駆け付けるのだが、……当然ながらA級冒険者の数は有限だ。
もしもこの関西と九州、二つのダンジョンで同時に領域拡大の予兆が出たなら、人の多く住まう関西を救う為、既に『火ノ国』ダンジョンに飲まれかけている九州が見捨てられる可能性は、高かった。
「ですがギルドとしても、これまで必死に防衛して来た九州の地を完全に放棄はし難いらしく、……出来ればこの『四神』のダンジョン活性化は、領域拡大の予兆が出る前に鎮めたい。そうなると方法は、一つしかない訳ですよ」
成る程、漸く話が見えて来た。
領域拡大が発生する前にダンジョン活性化を抑える方法は、確かに存在する。
その方法とは、浸食領域の発生源であるダンジョンの周辺を縄張りとするボスの討伐。
だが既に九州の大半を飲み込んで居る火ノ国の浸食領域でそれを果たせる見込みはなく、ならば四神のダンジョンを鎮めるより他にない。
つまりギルドは、俺や他の有力なB級冒険者を昇格させて、四神の討伐に参加させたいのだろう。
「現在、関西のギルド支部に属するA級冒険者は十三名。合計三チームですね。四神は、四体。どうしても一チームが足りません。故にもう一チーム作れるだけのA級冒険者を、ギルドは切実に欲しています。……今なら、昇格審査は普段より少し基準が緩いかも知れません。だからこそ、私は今は動かない事をお勧めしますがね」
今の段階でA級に昇格すれば、いずれ四神の討伐をギルドより依頼される。
それを断る事は、多分とても難しい。
四神の討伐には、多大な危険が伴う。
何せあの『殲滅者』と呼ばれる祥吾ですら、四神と戦うなら万全の準備をした上で、成功するかどうかは運次第なんて言葉を吐いてた位に。
……だけれども、俺は決意し、情報料のマネーカードを三郎に投げ渡す。
ここで逃げた所で、領域拡大の予兆が出れば、湧き出た大量のモンスター相手の戦いには駆り出されるのだ。
俺が大軍相手の戦いが得意でない事は、前回痛感したばかりである。
だったらA級に昇格し、四神の討伐にも生き残り、得られる名声には特に興味はないが、莫大な報酬を受け取る方がずっと満足感は高いだろう。
「……そうですかい。まぁ私も領域拡大が起きたら困りますから、その決断は有り難いですがね。ですがお得意様が減るのも困るので、出来たら生き残って戴けると助かります」
マネーカードを受け止めて、三郎は席を立つ。
さて俺は、食事の注文をするとしよう。
ギルドの意図が読め、自分の心も定まった事で、どうにも腹が空いて来た。
俺がテーブルの上のメニュー表を捲り、肉を喰うべきか魚を喰うべきか、或いは両方喰うべきかで頭を悩ませ始めた時、立ち去ろうとしていた三郎が不意に振り返る。
「あぁ、後、貴方から戴いた『精神感応』のスキル結晶の御蔭で、冒険者の遺児が一人、無事にギルドに就職しましたよ。貴方に大変感謝して、ファンになったそうなので、まぁ良かったら会ってやって下さいな」
そう言った三郎の言葉に、俺は返事代わりに片手を上げた。
冒険者の遺児か。
親の遺したスキル結晶を使い、精神感応のスキルを得たってストーリーなのだろう。
俺の父親はC級冒険者だったから蓄えもあったが、E級、D級冒険者の子供が遺児となると、生活に困窮するケースが非常に多い。
両親が共に冒険者で、尚且つ同じパーティだった為、子が二人の親を同時に失う場合だってあった。
就職って言葉が使われた以上、義務教育の終わった十五歳以上ではあるのだろうが、そう言った子が安全で賃金にも恵まれた職に就けたのは良い事だ。
後はまぁ、精々ギルド内で活躍して発言力を増し、何らかの形で俺に見返りを与えてくれれば尚善しである。
俺は別に、慈善事業をした心算は欠片もないのだから。




