22
モンスターは普通の生物と違い、湧き出す様に出現する。
例え卵や幼体時期のあるモンスターでも、ある日突然その場所に現れるのだ。
但し謎の多いモンスターの出現にも、何らかの法則が存在する事はわかっており、例えば群れを率いる長の様な個体が現れると、その周囲では同種が出現し易くなるらしい。
以前目にした、オークキングやオークジェネラルが率いた軍には、通常なら発生し得ない数のオーク達が集っていた。
また地形もその出現に影響を与えるらしく、陸地で水棲モンスターは出て来ないし、岩山の近くではゴーレムを見掛ける事が多い。
この様に繁殖、出産と言うプロセスを経ずして出現するモンスターだが、けれども子を産むと言う機能を持ったモンスターも存在はするのだ。
それが女王と呼ばれる類のモンスターであり、それ等はまるで蟻や蜂の女王の様に、大量の子を産み群れの中心として君臨する。
その子を産むと言う機能によって群れが大きくなる速度は、王が現れた事で同種の出現率が上がった場合よりも、遥かに早い。
そして俺と渡瀬・六太が目の当たりにした旧亀岡の様子は、蜘蛛型のモンスターが至る所を這い回り、糸を張り巡らせて巣作りならぬ要塞化を進めている真っ最中だった。
旧亀岡に蜘蛛の女王が出現し、その女王となったであろう事はもう疑う余地もない。
何せ朽ちた高層マンションからは、糸でぐるぐる巻きにされたアーマードワイヴァーンが、まるで保存食の様に吊り下げられていたのだから。
「さて、どうするよ?」
あまりに酷い状況に、苦笑いすら浮かべて渡瀬・六太が問うて来る。
取り敢えず絶対にしなければならない事は、ギルドへの報告だ。
俺と六太は旧亀岡の調査に派遣されて来たのだから、この異常をギルドに報告する義務があった。
だが六太が問うているのは、その報告義務を果たした後にどうするのかだろう。
即ちこの件に関わるか、それともすっぱり手を引いて帰還するかの二択。
この規模の群れを統率する女王なら、倒した時の見返りは莫大である。
まるでそれが義務であるのかの様に、ある程度の群れを率いる長は、その規模に見合った財貨を所持しているのだ。
それが例え、喰えぬ財貨に興味を示す筈のない蜘蛛の女王であっても。
ギルドへの報告はわざわざ守口まで戻らずとも、旧亀岡から少し引き返した場所で合図の狼煙を上げれば、位置情報を拾ったナビゲーターが精神感応を繋げて来るだろう。
故に報告後、蜘蛛の女王を討伐する心算なら、俺と六太は確実に他の冒険者に先んじる事が出来る筈。
但しその危険度は、以前に討伐したオークキングの比ではない。
山中で木々の間に潜みながら双眼鏡で旧市街地を見下ろしてはいるけれど、蜘蛛の女王が旧亀岡のどこに潜んでいるのかは、さっぱり掴めなかった。
なのでこっそりと暗殺すると言う手段は使えず、蜘蛛の女王の討伐は、大量の子等を殺し尽した先にしか成し得ない。
蜘蛛型モンスターの実力自体は、オークとそうは変わらない。
人間サイズの蜘蛛、スパイダーはD級モンスターで、その上位種である数倍サイズの巨大蜘蛛、ジャイアントスパイダーはC級モンスターだ。
その他、毒を持っていたり、足が速くて飛び跳ねたり、糸を使った罠を仕掛けるのが得意だったりする亜種が居るけれど、基本的には大差はない。
寧ろオークと違って銃や爆発物を使用してこない分、戦い易い相手だとも言えた。
けれども問題はその数と戦場で、あんな風に地域ごと丸々要塞化されてしまうと、銃や爆発物なんて問題じゃない程に、その脅威度は上昇する。
本来ならば格下の相手に、捕食されてしまってるあのアーマードワイヴァーンが良い証拠だろう。
ましてやそこに、実力の不明な新種まで加わるのだ。
幾ら見返りが大きくても、余りにリスクが高過ぎた。
「……無理だな。俺達二人じゃ、手が足りない」
少し悩んだ末、俺が出した結論は撤退。
この場にもう一人のB級冒険者の知人、紅・真緒が居れば挑戦する価値もあったのだが、俺と六太だけでは手数も火力も足りなさ過ぎた。
仮に行方不明のB級冒険者パーティ、『七支』のメンバーが皆生きており、上手く合流を果たせたならどうにかなる目もあるのだが……。
生きている可能性は皆無じゃないが、その発見は恐らく蜘蛛の女王以上に難しい。
もしもあの状況で生きているならば、それはどこか安全な場所に立て籠もって居た場合で、彼等のストレージ内の食料が尽きるまでは、耐えられる筈。
俺達が攻めようが退こうが、七支達の生存確率は変わらないだろう。
「あぁ、冷静で何よりだ。ならとっとと逃げようぜ。アイツ等、さっきからどうにも動きがおかしい」
六太の言葉に旧市街地を見ると、確かに蜘蛛達の動きが慌ただしくなっている。
足を折り曲げて伏せていた、或いは擬態していた上半分が戦車の姿で、下半分が八脚の蜘蛛である新種も、その正体を現してガサガサと動き出していた。
まさか、隠れ潜んでいた事がばれたのだろうか?
……それとも、
「最初から気付いていたが、気付かないフリをして俺等が巣に踏み込むのを待ってたんだろ。だがそろそろ我慢も限界になったってとこさ。おい、『鴉』、サッサと逃げるぞ!」
あぁ、やはり何らかの方法で俺達の存在は最初から探知されていたのか。
大急ぎで俺は六太の身体を背負うと、引力スキルで大木と自分を引き合わせ、森の中を飛び出した。
ドォンと音を立て、撃ち込まれた砲弾が道路沿いの木々を吹き飛ばす。
咄嗟に引力を働かせる対象を切り替えて、別の場所に飛んだから無事だったけれど、足場と出来るのが道路脇の木々のみでは、動きの種類が単純過ぎて回避し続ける事は困難だ。
今はまだ回避に成功しているが、早めに手を打たねばやがて砲弾に捕まるだろう。
……それにしても、あの戦車に似た姿の蜘蛛は、やはり砲撃能力を持っていた。
キャノンタートルの場合は空気圧で砲弾を撃ち出しているらしいけれど、この蜘蛛は一体どう言う仕組みで砲撃を行っているのだろうか。
一体仕留めてサンプルとして持ち帰れば高値でギルドが買い取ってくれるだろうが、そんな余裕は欠片もない。
追手は戦車型の蜘蛛、仮称キャノンスパイダーのみならず、大小無数の蜘蛛が道路を埋め尽くす様に追って来てる。
背中の六太が追手をどうにかすべく、ストレージに両手を突っ込んで何か作業しているが、その御蔭で俺は彼の身体にも引力を働かせて引き寄せねばならず、じわじわと消耗が積み重なって行く。
体力回復スキルを得てなければ、或いは既に失速し始めていたかも知れない。
だがまぁ、仮に六太が片手で作業をしていて手元を滑らせれば、至近距離で起きる爆発に俺も彼もお陀仏だから、他にどうしようもないのだけれども。
しかし背中で爆発されたくないから焦らせる訳じゃないけれど、そろそろ追手を何とかしてくれないと砲撃をまともに浴びて死にそうだ。
正にそう考えた時だった。
避け切れないタイミングで、キャノンスパイダーの砲口が砲弾を吐き出そうとしていた。
「渡瀬、投げるぞッ!」
俺は六太に警告を発すると、引っ掴んだ彼の身体を大きく上に放る。
六太だけでも助けようとした訳じゃない。
単に彼の身体が邪魔だったのだ。
俺が死ねば、六太だけが助かった所で数秒後には蜘蛛の群れに飲み込まれてしまうのだし。
身体強化・弐、集中力。
文言を口に出す暇すら惜しんで二つのスキルを発動すれば、高まった集中力により時間がゆっくり流れ出す。
こちらを向いた砲口から、砲弾が放たれる瞬間も見える。
だがその時、俺の手は既にストレージに突っ込まれていて、引っ張り出した黒鋼の投げ槍をそのまま放つ。
引力スキルに導かれ、真っ直ぐに飛んだ黒鋼の投げ槍は、放たれた砲弾を貫いて、狙い違わずキャノンスパイダーの砲口に飛び込んだ。
対A級モンスター用に用意した投げ槍の威力は凄まじく、それを受けたキャノンスパイダーは八脚の膝を折って地を転がった。
後続の追手も、転んだキャノンスパイダーに巻き込まれてほんの少しだが足が鈍る。
そして俺は六太の身体が地に落ちる前に、引力スキルで回収し、再び逃走を開始した。
貴重な黒鋼の投げ槍を使って、稼げた時間は僅かなだろう。
けれどもその僅かな時間には、値千金の価値があった。
そう、六太の準備が間に合ったのだ。
「よし、出来たッ! 出し惜しみはなしだ。死ねッ、クソ蜘蛛共が!」
背中から聞こえる罵声と共に地面に何かがばら撒かれ、次の瞬間、轟音と共に道路が大量の蜘蛛ごと消し飛ぶ。
大昔に造られたとは言え、未だに形を残す頑丈な道路がごっそりと破壊される程の一撃を受けては、流石の蜘蛛の群れもそれ以上は追って来れない。
それでも俺は決して逃走速度を緩める事なく、力尽きる寸前までスキルを使って飛び続け、無事に逃げ切りギルドへの報告を、行った。




