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「……ヤベェな。多分完全に新型だ」
双眼鏡から目を離したB級冒険者、渡瀬・六太の表情はこれ以上ない程にハッキリと引き攣っていた。
何時も皮肉気で、余裕を持った態度を崩さない彼のこんな顔は珍しい。
しかしそれも、仕方の無い話だろう。
六太の言う新型とは、これまで未発見のモンスターと言う意味だ。
未発見のモンスターの恐ろしさは、それが脅威なのかどうかすらわからない所にある。
もしかすると刀の一振りであっさりと倒せてしまうかも知れないし、もしかすると刀を一振りした途端に大爆発を起こしてこちらを道連れにするかも知れない。
実際にあった話だと、ある冒険者パーティがC級浸食領域で緑色の小型モンスターを発見したが、全くの無抵抗だったので剣で突き刺して殺したそうだ。
だが死の間際に小型モンスターは世にも恐ろしい絶叫を放ち、それを聞いた冒険者パーティのメンバーは、一番遠くに居た魔法の使い手を除いて心肺停止、後に死亡する。
その小型モンスターは後にギルドからマンドラゴラと名付けられ、触れてはいけない禁忌のモンスターとして周知された。
まぁ流石にこれは極端な例だが、それ位に情報のないモンスターは恐ろしいと言う話である。
「でもアレって、アレだろう? モンスター、なのか?」
同じく双眼鏡を覗いて確認した俺は、首を傾げて六太に問う。
拡大された視界の先に存在するそれは、実際に目の当たりにした事はないけれど、今もこの国の政府と軍が所持しているであろう兵器、戦車と呼ばれる物だった。
現在、それがモンスターとの戦いに使われたりは決してしないが、ダンジョンの浸食拡大を冒険者が押さえ切れなかった時の最後の切り札として、軍は今もそれ等の兵器を所有し続けてる。
キャノンタートルはその戦車を模倣したモンスターだとされているが、砲塔以外は完全に巨大な亀なので見間違えようはない。
けれども双眼鏡から見えるソレは、写真等で見た事のある戦車にあまりにも似てるから。
「馬鹿言うなよ。ここは浸食領域だぞ。浸食領域に居る訳の分からんモンは全部モンスターだって相場は決まってんだ。それから足回りを良く見ろ。アレは履帯じゃなくて、折り畳まれた足だ」
だけど呆れの混じった六太の言葉に、もう一度ソレを良く観察すれば、……成る程、確かに上半分は戦車にしか見えないが、足回りは少し不揃いで微妙な違和感を覚える。
と言う事はアレは擬態した、或いは擬態のみならず同等の能力を獲得した、新種の蜘蛛のモンスターか。
だとすれば、確かに拙い。
新種がそこに居る事以上に、このB級浸食領域である旧亀岡を支配する女王が、新種を生み出せる程の能力を有している事が、何よりも拙かった。
今回俺と六太がギルドより依頼されたのは、B級浸食領域である旧亀岡の調査。
この亀岡と呼ばれた場所は、実に行き来のし難い浸食領域だ。
人間の版図であった頃はそれなりに栄えていたらしいが、山に囲まれた盆地であるこの地には、今では辿り着く事すら難しい。
同じモンスターと戦う場合でも、そこが廃墟と化した市街地や平野の場合と、山中である場合とは大きく難易度が変わる。
亀岡に通じる線路や道路も存在するが、逆にそこしか通り道がない事はモンスター側も承知しており、その付近での待ち伏せ確率は高かった。
尤もこの様に辿り着き難い浸食領域は旧亀岡のみではなく、京都中央部より北の山中はより険しく道も少ない。
寧ろまだ行き来がし難い、辿り着き難いと言う表現は裏を返せば難しいだけで行き来が可能、辿り着ける分、旧亀岡はましな部類か。
そして実際に辿り着いてしまえば、旧長岡京に比べるとかなり出現モンスターが少ない分、実力のある冒険者ならば活動のし易いB級浸食領域でもあるのだ。
……しかしそんな旧亀岡に向かった冒険者のチームが二組も帰還しなかった。
一組目はC級冒険者チーム『クロム』。
何でも二ヶ月程前にC級に上がったばかりのチームらしいが、余程実力があったのだろうか、もうB級浸食領域に挑戦しようとしたらしい。
まぁC級になってからが長かろうが短かろうが、実力があろうがなかろうが、C級冒険者チームがB級浸食領域に挑んで全滅するのは、決して珍しい事じゃないから異常事態とは言えないだろう。
だが二組目、B級冒険者チームである『七支』までもが帰還しないのは、……少しばかり問題だ。
七支は七人組のチームで、A級浸食領域からも生きて戻った実力のあるB級パーティ。
A級に昇格する程ではないにしても、そこに片手が引っ掛かる程度には優秀な冒険者達だった。
勿論浸食領域内では何が起きても不思議でないから、そんな彼等でも不覚を取る事はあるだろう。
だけど七支程のパーティが不覚を取る何かが旧亀岡になるのなら、それをそのまま放置する訳にはいかない。
それ故に移動に長けた冒険者である俺と、不測の事態にも対応出来るトラップの達人、六太にギルドからの旧亀岡調査依頼が舞い込んだのだ。
俺も六太も、七支は良く知っている。
同じB級冒険者として彼等のパーティに参加した事も、俺は一度あるし、六太は幾度もあるだろう。
だからこそ俺と六太はこの依頼を引き受けた。
実力のあるB級冒険者パーティ、七支が消息を絶った以上、旧亀岡には大きな危険が待ち受ける。
けれども七支程に実力がある冒険者パーティなら、そんな危険な場所で、耐え忍んで助けを待ってる可能性が僅かにあるから。
彼等が旧亀岡からの帰還予定日を過ぎてから、五日が経つ。
でもその程度の期間なら、持ち込んだ食料はまだ充分な余裕がある筈だ。
俺は六太を抱えて道路際の木々を足場にしながら、旧亀岡へと向かう。
そして六太の指示に従いながら山中に潜み、双眼鏡で旧市街地を覗き見れば、廃墟と化した町中に蜘蛛の糸が張り巡らされていた。




