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「スキルとは、実際の所、良くわからない物だ」

 小さな教室で俺の前に腰掛けていた大神・香苗の目が胡乱気になるが、仕方ない。

 その気持ちは充分わかるが、それでもこの言葉は事実だった。


 我ながらに合わないとは思うけれども、俺は今、彼女に対してE級ではなくD級冒険者としての、基礎的な知識を教えてる。

 E級冒険者として活動する為の知識、またはE級モンスターを相手にする為の戦闘法は、香苗は戦闘訓練校で身に付けており、それに関しての優秀さは既に保証済み。

 故に彼女が先に進む為に必要なのは、E級とD級の違いであるスキルに関する知識と、スキルを用いた銃器を持つモンスターへの対処法だ。

 本来ならばそれは他の冒険者との交流や、仲間との試行錯誤で知り、身に付けて行く物。 


 だが今の香苗には共に過ごす仲間は居らず、また固有スキルを持つ経験の浅い年若い女性なので、安易に他の冒険者との交流も推奨出来ない。

 冒険者と言えど長く低ランクで燻った者の中には、ひねくれた考え方の者や、他人を利用する事ばかり考えてる悪貨も混じるから。

 悪貨が良貨を駆逐する、とまでは言わずとも、良貨になり得る資質のある者を悪貨に変えてしまう場合は多々あった。


 それ故、多少過保護ではあると思うが、ギルド支部からは俺に香苗の更なる指導が依頼されたのだ。

 どうやら彼女は多少なりとも、俺に懐いてくれてる様だから。

 こんな風に言うとまるで香苗が人見知りする猫か何かの様だが、初対面の時の噛み付きっぷりを鑑みれば、まぁ似た様な物かも知れない。


 因みに、冒険者のランク付けであるE、D、C、B、Aの級は、同じランクの浸食領域で安定した活動が出来る事の証明だ。

 もう少し具体的に実力の目安を言えば、E級冒険者としては大型の狼や短剣を持ったゴブリンと呼ばれる魔物を、複数倒せれば安定して活動出来る。

 E級冒険者が持つスキルは、大抵の場合ゼロ個だ。

 次にD級冒険者は一個から二個のスキルを発現し、オークの様な銃器を持ったモンスターを倒せれば充分だろう。

 C級冒険者は三個から四個のスキルを発現し、中型から大型、サイやゾウ位のサイズのモンスターを倒す必要がある。

 B級冒険者は五個から六個のスキルを発現し、戦車及び戦闘ヘリに比する力を持ったモンスターと戦わなければならなかった。

 A級冒険者は七個から十個のスキルを発現し、……どの程度のモンスターを倒せれば充分なのかは、まだ俺はA級には達していないので語れない。


 いずれにしてもこれはあくまで目安であり、浸食領域内では常に想定外の事は起こり得る。

 またスキルに関しても使い込めば使い込む程に成長するから、発現したスキルの個数だけが実力を決める要素ではない。


 現状、香苗はE級冒険者だが、一つ目のスキルを発現している。

 故に彼女は、D級に至る為に己のスキルをより深く理解し、鍛える必要があるのだ。



 と言う訳で続きと行こう。

「冒険者は発現したスキルを当たり前の様に使えるが、これも理解不能な部分が多い」

 俺もそうだが、多分香苗も、目覚めた引力や斥力のスキルを感覚的に扱える。

 一度目覚めたスキルは、あって当たり前の物と言う認識になるのだ。

 これは多分、一度自転車に乗れる様になった者が、乗れて当たり前と言う感覚になるのに似てると思う。


 けれどもこれが実はとても奇異な事であると、認識を改めさせてくれる事例がスキルには幾つかあった。

 その一つが、魔法スキル。

 魔法スキルは自由度の高いスキルで、起こしたい現象をイメージすると頭の中に詠唱が湧いて出て、それを唱える事で魔法が行使される。

 イメージに対して詠唱が湧き出ない場合、それは使いたい魔法に対して熟練度、力量が足りて居ないとされるそうだ。

 勿論単純に詠唱をするだけでなく、人によっては魔力と呼称する力の込め方、詠唱の抑揚に、身振り手振りやイメージのコツ等で発動する魔法の威力は大きく変わるそうだが、魔法スキルを持たない俺は然程それ等に詳しくはない。


 しかし問題はそこじゃなくて、『頭の中に詠唱が湧いて出る』と言う部分にある。

 これは明らかに異常な事だろう。

 感覚的な言葉に言い表せない物じゃなく、明確な言葉が浮かぶのだ。

 だがそれが、スキルと言う代物だった。

 深く考えてしまうと、実に怖い。


 ただ今回俺が言いたいのはスキルが危険と言う話ではなく、

「俺の引力やお前の斥力も、本当に正しい意味で引力や斥力を発生させているかは不明だ。俺は恐らく、似た様な力を発生させてるだけだと思ってる。結局何が言いたいのかと言うと、スキルは意味不明な物だから、その限界は決めるな」

 常識で考えて可能性を否定するなと言う事だ。

 出来ないと本人が頭から否定してしまえば、どんな力も活かせない。


 昔、引力を操作出来るなら、物体と物体の引き合う力を感知して索敵が出来ないかと思い付いた事がある。

 実に馬鹿げた思い付きだったけれど、浸食領域をソロで活動するなら、先に敵を発見出来るかどうかは非常に重要な要素だ。

 或いはそのまま相手に気付かれずに奇襲をする、もしくは気付かずに奇襲をされるとまで考えたら、それだけで勝敗が決まりかねない。

 だから俺は数週間部屋に引きこもって唸りながら、物体と物体の引き合う力を感知出来ないかと試行錯誤した。

 その結果、あの時は実に驚いたけれども、何と成功してしまったのだ。


 尤もその感知に成功した途端、周辺に無数にある物体が互いに引き合う無数の力を感じてしまい、脳が壊れそうな体験する事になってしまったけれども。

 その時は確か、俺は三日程意識を失って、その後も二週間くらいはぼんやりと思考が纏まらない状態が続いた。

 考えてみれば、今まで俺が負ったダメージで一番厳しかったのが、その感知による自傷だったかも知れない。

 当然ながら、その感知方法は封印したが。

 但しその苦行に得る物が全くなかった訳じゃなく、脳に極度のストレスが掛かったせいだろうか、回復後に浸食領域に入ったその日、俺は周囲の敵の気配がわかる様になり、『気配察知』のパッシヴスキルを手に入れる。

 まるでそれは、俺の脳があの方法は二度と試さないでくれと言うメッセージを送って来たかの様だった。


「まぁこれは悪い例だが、スキルの可能性は色々ある。後でお前には力の扱い方のコツや、訓練方法を教えるけれど、俺の言う事が全てじゃないって事は覚えておいてくれ。自分なりのやり方が合うと思えば、試行錯誤すれば良い」

 無茶をするのも、取り返しが利く範囲なら、それはそれで良い経験だ。

 俺はそれで多少の慎重さと、気配察知を得たのだから。



 失敗談を話したからだろうか、香苗の目に興味の光が宿った。

 折角興味を引けたのだから、具体的な力の使い方に移りたいが、しかしその前に忠告をしなきゃいけない。

 俺も含めて固有スキルの保有者が、或いはそれを扱えない者でさえも陥りがちな勘違い。

「次に、俺やお前の様な固有スキル持ちは勘違いし易いが、基本的には固有スキルが他のスキルと比べて特別優れてるって訳じゃない」

 それは固有スキルが決して特別なスキルではないと言う事。


 ……基本的に、であって例外がないとは言わないけれど、少なくとも俺の引力の似たスキルと言われるなら、香苗の斥力も然程特別強力な物ではないだろう。

 例外は、そう、例えば関西の冒険者で最も高い火力を持つとされる、『殲滅者』赤塚・祥吾が保有する固有スキル等だ。

 この辺りの認識は、非常に大切である。

 固有スキルの持ち主は、こんな風にギルド支部から保護されて特別待遇を受けるけれども、それはそのスキルを研究したいからと言う側面が強く、即ち保有者の実力とは割合に無関係だった。


「そもそも固有スキルと称するからわかり難いが、言い換えれば固有の物と思わしきスキル。より正しく言うならば、発現確率が低いスキルだ」

 これまでに他に発現例のないスキルが固有スキルと言われてるだけで、今後も同じスキルに発現する者が現れないとは限らない。

 と言うより、現れないと考える方が不自然だ。


 つまり他のスキルに比べて珍しくはあるけれど、唯一無二の特別な物と考えてしまうのは危険である。

 実際、俺の引力スキルは便利だが、飛行自体は風の魔法スキルで再現出来なくもないそうだ。

 そして破壊力と言う点では、引力スキルは魔法スキルに全く及ばない。

 勿論無詠唱で使用出来、使い方だって幅広い引力スキルが、魔法スキルに劣るとは俺は欠片も思わないが、優劣を語れるほどの差はないだろう。

 後それはさて置き、魔法が使えると言うのには、ほんの少し憧れる。


「俺達の固有スキルは、要するに珍しくて便利な力ではあるけれど、無条件に他と比較して優れてるって訳じゃないから、気を付けろって話だな」

 生徒としての香苗は優秀で、俺の話にもしっかり理解を示しているから、まぁ心配は要らないだろうが。


 ならばそろそろ、力の使い方、訓練法に移ろうか。

 香苗の斥力は、俺の引力と違って押す力。

 銃弾を弾き散らしたり、銃口を押して逸らせたり、銃を持つ敵への対処法も多そうだ。

 訓練で鍛えるのは、操作精度と出力。

 彼女は最初から出力はそれなりだったから、まずは精度を高めよう。

 自分と何かの間にある斥力だけじゃなく、自分以外の物同士の斥力を、それも複数操作出来る様になれば、スキルの利便性は飛躍的に向上する。


 つい先日までは自分の斥力スキルを嫌っていた香苗が、今ではその訓練を待ち望む表情をしている事が何やら少し嬉しくて、俺は笑みを浮かべて頷いてから、彼女の訓練を開始した。

 因みにメニューは、俺が香苗と似た様な年の頃に、あの祥吾が考えてくれた訓練内容を彼女用にアレンジした物。

 俺はあの時、何度も何時か祥吾をぶっ殺してやるなんて思った物だが、今となっては感謝してる。

 果たして香苗は、一体どこまで耐えられるだろうか?



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