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予定していたA級浸食領域での長時間の活動は、冒険者管理庁、通称ギルドの守口支部より待ったが掛かった。
実は薄々そうなるだろうなとは思っていたが、B級昇格が有力視されたパーティが壊滅した事で、更に俺まで死んだ場合、守口支部の保有戦力低下が心配されたのだろう。
その待ったは強制でなく要請なので、別に無視してしまっても良いのだけれど、基本的に俺はギルドと友好的な関係を構築してる。
オークキングの件では俺が先んじたが、その程度は問題にもならぬ位の貢献を、ギルドに対して積み重ねて来た。
故にその程度の要請を断り、今までの功績に傷を付けるのも、何となく惜しい気がしてしまう。
それにそんなケチが付いた状態で、俺にとっても危険の多いA級浸食領域に挑むのも、何となくだが躊躇われる。
だったら素直に待ったを受け入れて、より準備を重ねる時間を得れたと考えるべきだ。
特に体力回復のスキルは、まだ得たばかりで効果も然程高くない。
通っている剣術道場と、C、B級浸食領域までを行き来して地力を高めるべく技を磨く日々。
元々純粋な刀の腕前だけで言えば、俺はC級浸食領域で死に掛けた波浪・累に劣っていた。
だから足止めを受けた今、その精度を高めておく事は、後々決して無駄にはならないだろう。
……と、まぁ前向きな事を並べてみたが、何か目標を作って動かなければ空回りした気分の持って行き処がなかっただけだ。
そんなある日、俺にギルドからある依頼が届く。
その内容は、固有の物と思わしきスキルに目覚めたE級冒険者に対する指導。
要するに固有スキルを得たばかりの冒険者に対し、自分がどうやってスキルを鍛えたか、スキルを鍛えて行けば何を成せる様になるのかを話して欲しいって依頼だ。
俺も引力スキルを発現したばかりの時は、余りの効果の薄さにショックを受けた。
E級冒険者達は皆、スキルの発現を目指して戦っているから、実際に得たスキルの効果が微妙だと期待との落差に衝撃が大きい。
けれども実際に固有スキルを得て、それを鍛えて活躍する先達に具体的な話を聞けば、薄っすらとだが目指す目標が自分にも見えて来る。
そう言えば関西のギルドの切り札とさえ言われる火力を誇る冒険者、『殲滅者』の異名を持つ赤塚・祥吾と知り合ったのも、その時に話を聞かせに来てくれた先達の一人だったからだ。
否、話だけじゃなくてその後滅茶苦茶に扱かれたが、以来、彼には何かと目を掛けて貰ってる。
好奇心旺盛な祥吾は、今回の依頼にも顔を出すかも知れない。
それが理由と言う訳でもないけれど、俺はその依頼を受ける事にした。
自分が昔世話になって置いて、似た境遇の後進に何もしないと言うのは、些か筋が通らない。
後もう一つ、その後進、E級冒険者が目覚めたスキルが、『斥力』と記されていた事が俺の興味を強く惹いたから。
大神・香苗。
戦闘訓練校卒業後、僅か半年で固有の物と思わしきスキル『斥力』を発現。
こんな風に記された資料を見ると、彼女が途轍もなく優秀で恵まれた資質の持ち主に思えるが、
「何、貴方も私に何かを教えに来たの? 良いから放っておいてよ。こんなスキルなくても、ちゃんと別のスキルを覚えるまで地道に鍛えるから。どうせすぐにまた別のスキルを覚えるわ」
実際にあった香苗は、疲れた目をして俺を拒絶する。
いやまぁ実際に優秀で、資質にだって恵まれてる事は間違いがない。
だがあまりにそのスキルの目覚めは早過ぎて、発現時に組んでいた仲間達を危険に晒してしまったそうだ。
E級浸食領域での食肉集めの最中に、休憩中だった彼女のパーティは汗で蒸す金属兜とガントレットを脱いでしまう。
それは間違いなく油断だった。
冒険者となった当初なら、例え休憩中でも緊張して、防具を外すなんて真似はしなかった筈。
勿論あまりに緊張し過ぎても、体力の消耗は激しくなるから休憩にならない。
身体は休めても油断はしないと言うのは、そんなに簡単な事じゃなかった。
そして不運にも、その休憩中に彼女達は狼型モンスター、ダイアーウルフの群れに襲われる。
E級浸食領域に出現する敵の中では、ダイアーウルフは手強い部類に入るだろう。
勇敢で数が多く、巧みに連携を取って来るから。
だが実の所、きっちりと金属製の防具に身を固めて居れば、ダイアーウルフは然程恐れる相手じゃない。
その爪も牙も金属を引き裂ける程には強くなく、体当たりに押し倒されたりさえしなければ、落ち着いて倒せる相手だった。
そう、きちんと防具に身を固めて居れば、の話だ。
休憩中で、金属製の兜やガントレットを外していた香苗のパーティは、たちまち窮地に陥る。
普段なら何の問題もない相手にも拘わらず、不意打ちによる動揺と、爪や牙に手と顔を狙われてパニックになってしまう。
結局そのまま仲間の一人はダイアーウルフに押し倒され、喉に牙が喰い込もうとしたその時、窮地に陥った事によるストレスと、どうにかせねばと言う意識が噛み合って、香苗はスキル『斥力』に目覚めて発動させた。
けれども当たり前の話だが、突然目覚めた固有スキルを上手く使いこなせる筈がない。
香苗を中心に全方位に向かって放たれた反発する力は、ダイアーウルフと諸共に彼女の仲間を吹き飛ばし、取り敢えずの窮地は救ったが、同時に大きく傷つけてしまう。
その後は何とか奮戦し、ダイアーウルフを退けた香苗のパーティ。
しかしその戦いで、仲間と香苗の間には目に見えないわだかまりが生まれてしまった。
それはあまりに早くスキルに目覚めた彼女への嫉妬や、傷付けられたと言う怒りが入り混じった、複雑な物。
長くパーティを組んで幾度も窮地を共に乗り越えた仲間だったなら、そんなわだかまりだって解消出来たかも知れない。
でも香苗のパーティは、まだ結成されて半年に満たない、しかもそのメンバー全員が訓練校を卒業したばかりの、未熟な人間の集まりだ。
更にギルドが固有の物と思わしきスキルを発現した香苗を保護しようとした事で、彼女と他の仲間達にあったわだかまりは、決定的な溝と化す。
故に香苗にとっての斥力スキルは、役に立たない、不幸ばかりを齎した元凶と言う認識だったのだ。
 




