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起重機船のクレーンの先端に立ち、湖面を見下ろす。
他の船とは桁外れにサイズの違う起重機船は、やはりモンスターから見ても目立つのだろう。
何匹ものマーマンアサルトが水面に顔を出して銃を向けて来るので、俺はその度に小さな鉄球をばら撒き、引力スキルでマーマン目掛けて撃ち出して、穴だらけにして始末して行く。
昔、俺がスキルを使ってる所を見た別の冒険者に、弓を使えばどうだと勧められた事がある。
確かに悪くない考えに思えたので一度試してみたけれど、弓と言うのは実に扱いが難しい武器なのだ。
そもそも真っ直ぐに飛ばす事すら難しいので、結局引力スキルに頼らなければ間違いなく当たらない。
だったらそもそも、両手を使って矢を飛ばすより、最初から引力スキルだけで物を飛ばした方が楽だと言う結論に達した。
ゴウッと音を立て、船上から放たれた炎の塊が、水中に潜り込んでから大爆発を起こしてる。
紅・真緒の、火と風をミックスした攻撃魔法だ。
彼女の腕や胸元で、仄かに光る装身具の効果だろうか?
以前見た時よりも、明らかに破壊力が増していた。
マーマンの群れが纏めて消し飛び、E級はそもそもその余波だけで近付いても来ない。
すると当然集まって来るのは、複数のC級モンスター達だった。
水面に顔を出して髭を震わせようとする大鯰の顔に、引力スキルで飛来した俺が刃を突き刺す。
大鯰ほどのサイズがあれば、足場としては充分だ。
絶命した鯰の顔を蹴って跳び、引力スキルで自身の身体をクレーンに引き寄せた。
この戦いが終わった後に倒したモンスター達の骸は回収されて、マーマンや大鯰は蒲鉾辺りに加工されて市場に出回る。
大鯰の蒲鉾は幾度か食べたが、まぁそれなりに美味い。
浸食氾濫が終わった後には、そう言った加工食品や魚のモンスターが安く出回るので、長く続く雨も決して悪い事ばかりじゃない。
ただ今回のこの大鯰は、残念ながら加工食品になる事はないだろう。
何故なら水面に、大鯰よりも遥かに大きな影が映っているから。
ゴバァッと音を立て、大口を開いて浮上したレイクモンスターが、大鯰の骸を一飲みにする。
善し、ヒットだ。
大きな水飛沫を上げて顔を見せた大蛇の威容は、何故このモンスターがC級モンスターなのかを心底疑わせる程に巨大で恐ろし気な物だけど、今更相手が大きい程度で俺は怯まない。
レイクモンスターは浸食氾濫の度に姿を見せているけれど、実はその討伐に成功する事はあまりないらしい。
以前に俺が琵琶湖防衛に参加した時も、傷を負わせて撃退はしたが、結局仕留め切るには至らなかった。
「身体強化・弐、集中力、オン」
その文言と共に二つのアクティブスキルを使用し、俺は自身の能力を最大限に高める。
集中力スキルは切り札で、本来はC級モンスター程度の相手に使う事はないのだけれど、俺はレイクモンスターを単なるC級だとは思っていない。
コイツこそが琵琶湖の主だ。
並の船ではレイクモンスターが暴れるだけで、その余波を受けて引っ繰り返り、満足な足場としてすら使えない。
故に俺は今回、ギルドに掛け合いこの起重機船を借り受けた。
どうにかレイクモンスターを仕留めてその骸を確保したいと考えているのは、ギルドとしても同じだったから。
何でも以前にレイクモンスターを仕留めた冒険者達は、全員が赤塚・祥吾の様に大火力で敵を消し飛ばすタイプだった為、満足に骸の確保が行われた事は殆どないと言う。
だからこそ俺には、出来る限り綺麗な形でレイクモンスターを仕留める事が期待されていた。
全力使用した引力スキルが、水面から顔を出したレイクモンスターと起重機船のクレーンとの間に、強力に引き合う力を発生させる。
ギチギチと軋んだ音を立てながらも、クレーンが巻き上げられて行く。
レイクモンスターも囚われまいと大暴れをするが、何百、何千トンもの資材を吊って運べる起重機船のパワーには敵わない。
尤もレイクモンスターとクレーンを引き合わせてる俺の損耗は、尋常ならざる物だけれども。
必死に歯を食い縛り、油断すれば飛びそうになる意識を繋ぎ止め、クレーンがレイクモンスターを湖から引きずり出して行くのを、ただ只管に待つ。
ずるずると水中から引き出されて行くにつれ、レイクモンスターの抵抗は弱々しい物になって行く。
どうやらレイクモンスターは、水中以外の環境に極端に弱い様子。
やがてクレーンが完全に巻き上がって全身が中空に晒される頃には、レイクモンスターはピクリとも動かなくなってしまった。
俺は最後の力を振り絞って刀を抜き、クレーンから飛び降りてそれを振う。
縦に、一直線に、すっぱりと、レイクモンスターの腹は裂けて開き、大量の体液と共にその命も吐き出した。
レイクモンスターの討伐は、こうして無事に成功を収める。
真緒の風魔法で受け止められた俺は安堵からそのまま意識を失ったので知らなかったが、浸食氾濫で溢れ出していたモンスター達が浸食領域に引き上げ始めたのも、正に丁度その時だったらしい。




