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 砂の混じった強い風が吹いている。

 今、俺の目の前に広がるのは、嘗ての繁栄の名残を留めた、けれども荒れ果てた地。

 以前は綺麗に舗装されていたのだろうアスファルトは、ズタズタに裂けて捲れて、まるで地が牙を剥いているかの様だ。

 ビル群も廃墟と化し、以前は車と呼ばれたスクラップ、無意味なオブジェがそこら中に転がっていた。

 その光景は、この場所が以前は人の版図であったが、今は人を拒む領域と化してしまった事の証左だ。


―同調完了。お待たせ、こちらは『地図屋』よ。これよりDランク任務のナビを開始するわ―


 俺がマスクが代わりに着用してる鼻と口元を覆う布を締め直していると、脳裏に若い女の声が響く。

 声の主は高坂・恵(こうさか・めぐみ)

『地図屋』の異名を持つ、実力のあるナビゲーターだ。


 この人を拒む様になってしまった領域内では通常の電波を用いた通信等は使用出来ない。

 しかしフリーとして領域内をうろつくなら兎も角、今回の様に依頼された任務をこなす際には、スキルを用いた精神感応の使い手、ナビゲーターの支援が得られる。

 脳内に声が響く感覚は、正直あまり気分の良い物ではないのだが、恵の落ち着いた声ならば然程の苦痛を感じる事なく聞き取れた。

 これまでにも幾度か恵とは組んで仕事をしたけれど、人柄、ナビゲーターとしての実力にも、充分以上に信用が置ける。


「了解、感度は良好だ。こちらはB級冒険者『鴉』。今回も宜しく頼む」

 精神感応に問題がない事の確認の為、俺も恵に自分の異名を告げた。

 まぁ他人に付けられた異名を自分で口にするのは些か以上に気恥ずかしいが、これも仕事なのだからそんな事も言ってられない。


―OK、ならマップの転送を開始するわ。今回の目標はD級浸食領域内、そこからだと南東に10km位の場所にあるビルに立て籠もって、救援を待ってる―


 恵の声と同時に、視界とは重ならずに周辺の地図、地形データ等が視える様になる。

 否、視えるとの言葉は正しくないだろう。

 より正確には、脳内で様々なデータが展開され、それを認識出来るようになったと言うのが近い。

 勿論このデータを俺の脳内に送り届けたのは恵の精神感応で、これだけの情報量を扱えるからこそ、彼女は『地図屋』なんて異名で呼ばれるのだ。

 相も変わらず恐ろしい支援効果である。


 但し多くの情報を脳に流し込まれるが故に、ナビゲートを受ける側にも相応の実力や慣れを要求して来るのが唯一の難点だろうか。

 それはさて置き、救援対象が何時まで無事でいられるかもわからないし、そろそろ行くとしようか。



 砂混じりの風から目を守る為のゴーグルを付け、脳内の地図を確認してから遠方に見える、廃墟と化したビルに向かって飛ぶ。

 そう、跳躍の跳ぶではなく、飛行の飛ぶでだ。

 朽ちたビルに向かって直線に、重力を無視してまるで引き付けられる様に。

 バサバサと身に付けた黒いロングコートが風にはためくが、別にこのコートに空を飛ぶ効果がある訳じゃない。

 このロングコートは確かに特注品だが、防弾防刃と衝撃吸収効果に優れた鎧替わりの代物だ。

 故にこれは、恵のナビゲートスキルと同じく、俺の持つスキルの効果だった。


 俺はピタリと目標のビルに足を付けて着地し、そのまま壁面を走って屋上に飛び出る。

 そして屋上を蹴って再び宙を舞うと、また別の廃ビルに向かって引き寄せられる様に飛ぶ。

 否、引き寄せられる様にではなく、俺は実際にビルに引き寄せられているのだ。


 物質と物質が引き合う力を引力と言うらしいが、俺のスキルはその引力に似た様な力を発生させ、操作するスキルを持つ。

 今行っているこの移動は、俺と廃ビルが引き合う力を、大きく強化させている。

 そうなると当然、質量の大きな廃ビルに向かって、俺が引き寄せられる形になるのだ。

 数多い冒険者の中でもこのスキル、『引力』を発現した者は未だ他におらず、これは俺のみが持つ固有スキルではないかと研究者は言っていた。

 尤も別に固有スキルを持ってるのが俺だけって訳じゃなく、引力とはまた別の、或いはもっと強力なスキルを持つ冒険者も多い。


―相変わらず凄い速度ね……。その調子で移動してくれたら、多分五分くらいで目的地に着くわ。それまでに今回の件をおさらいするから、そのまま移動しながら聞いて―

 僅かに呆れを含んだ恵の声。

 まぁ他にもっと強力なスキルは幾らでもあるにせよ、引力が便利な力であり、尤も俺に適している事だけは疑う余地がない。

 俺は頷き是と返すと、移動の速度は落とさずに恵の声に耳を傾ける。


 今回の任務はD級浸食領域内での、E級冒険者達の救出。

 浸食領域と冒険者は共にE~Aの五段階のランクで評価され、冒険者は自分のランクより一つ上までの浸食領域に侵入が出来る。

 勿論その結果、何が起きようとも自己責任とされるのだけれど。


 では何故、D級浸食領域に入り込んだE級冒険者の救出が俺に依頼されたのか。

 それは彼等が冒険者管理庁、通称ギルドからの依頼を受けてE級浸食領域内での活動を行っていたからだ。

 依頼内容は『食肉集め』。

 食糧難のこの時代、低級モンスターの肉は一般市民の食卓を支える貴重な蛋白源となっている。

 或いは粉々に砕いて畑に撒いて、肥料としても使うのだとか。


 彼等はE級冒険者の中ではそれなりに経験を積み、スキルの発現もそう遠くはないだろうと目される有望株で、だからこそ新人ナビゲーターが経験を積む為に精神感応によるナビを行っていたそうだ。

 にも拘らず、彼等はE級浸食領域内で、本来は一つ上のD級浸食領域にしか現れない筈の、オークアサルトの混じった群れに襲われた。

 新人ナビゲーターのナビにミスがあったのか、それともギルドの浸食領域への査定に間違いがあったか、或いは領域の浸食度合いが上昇する何かが起きているのか、それは俺には知らされていない。

 何れにせよオークアサルトと言うのは、多少優秀であってもE級冒険者に対処出来る相手ではなかった。


 何故ならこのオークアサルトとは、オークの突撃兵なんて意味じゃなく、もっと最悪な事に、アサルトライフルを使用するオークだから。

 今、この日本では、浸食領域内での銃器の使用は固く禁じられている為、銃を使用するモンスターに勝てるか否かが、E級冒険者とD級冒険者を分ける境目だとも言われている。

 要するにスキルに目覚めて銃に勝てなければ、D級冒険者にはなれないのだ。


 今回の救出対象は、オークアサルトに襲われながらも全滅せずに逃げ延びているので、E級としては本当に優秀なのだろう。



―そろそろ到着よ。五百メートル先に見えるビル、その六階に彼等は立て籠もっているわ。周囲を取り囲むオークは、ファイター6、マジシャン1、アサルト4、グレネーダー2が確認されてる。……彼等をナビしてた後輩が気に病んでるから、何とかお願いね―

 ……あぁ、本当にE級にしては優秀だ。

 オークの数もさることながら、グレネーダー、手榴弾を投げる擲弾兵からも、彼等は逃げ切ったらしい。

 これは是非とも助けて、未来の凄腕に精一杯の恩を売っておこう。


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