お食事はじめました
貰った鍵には『7』と数字が書いてあったので地図と照らし合わせて案外簡単に辿り着くことが出来た。
部屋の数は多いし広いけど、入り組んだりはしていないしギルド内もそんなに苦労せずに覚えられそうだ。
鍵を差し込み回すと、かちゃん、と軽い音がする。
ドアを開けると中は思っていたより広い。
木で出来た小さなテーブルにイス、ベッド。
きっとラルゴがまめに掃除をしてくれているのだろう、ホコリが被っている様子もない。
とりあえずテーブルにリュックを置く。
「……そういえば。」
フォルテがくれたリュックの中身は確認がまだだった。
中身を全て出してみる。
今までの世界で俺が使っていたペンケースと買ったばかりのノート。
財布も一応あるけれど……お金は使えないだろうな。
それから見覚えのない…これは…水筒だろうか。
それともうひとつはナッツのようなものやドライフルーツのようなものがたくさん入った袋。
……もしかして非常食?
俺がすぐに衣食住をゲット出来なかったときのためのものかもしれない。
フォルテの優しさにぐっときた。
でも一応、あとでホルンさんに確認をしておこう。
あっさり食べちゃった後に実は使い道がありましたー、なんてのは悲しいし。
ふと見ると壁に時計もかかっている。
バウちゃんが18時から晩御飯と言っていた。
まだ暫くあるし、一旦ノートに今日のことをまとめておこう。
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・レベックくん
灰色のけもみみと尻尾。目の色はオレンジ。
ちょっと目付きがこわいけど優しい。
銃を持っている。
・ホルンさん
エルフ。
青紫色の髪の毛で前髪が長い。右に分けてた。
目の色は水色で細め。耳が長い。
美味しい紅茶を入れてくれた。
・バウちゃん
バウロンという名前のオーク。デカい。
ふりふりのワンピースエプロンと金髪。
肌の色は少し緑っぽい。薬をくれた。
・ラルゴ
竜人。白い角がある。
赤紫色のジト目と水色の長い髪。子供。
優しいけどからかってくる?
洗濯室にいた。
~~~~~~~~~
これでよし、と。
大した情報はないけれど、今はまぁいいだろう。
少しずつ情報を足していけばいいし、これだけでも分からない言葉はある。
例えば種族について、ゲームでの知識はあるけれどこの世界での種族の特徴は分からない。
それから言語や文字も。
ひらがなと漢字があることや日本語が通じることはわかったけれど他の言葉はさっぱりだ。
少しずつでいい。
慣れていき、知っていく努力をしよう。
荷物をもう一度リュックに仕舞い直してベッドに腰掛ける。
スプリングの軋む音がした。
固過ぎず柔らか過ぎず、心地の良いマットレスだ。
「ちょっと、ひとやすみ……」
そういえば今日は金曜日だった。
1週間の疲れと、今日という日の新しいことに触れ続けた疲労感。
しれがベッドに横たわると並のように押し寄せて来る。
耐えきれず、自分にそう言い聞かせてからゆっくりと目を閉じた。
「っんが」
はっと目を開ける。
同時になんだか変な声を出してしまった気がする。
まぁそれは置いておいて…壁の時計を見ると時刻は既に18時をとっくに過ぎていた。
「もう19時か…よく寝ちゃったな。」
ぐっと背伸びをして起き上がる。
食堂は朝昼は食事開始から2時間、夜は晩酌も出来るらしく結構遅くまでやっているらしい。
あんまり急ぐ必要はないけれど、お腹も減った。
「特に持つものはないかな……あっ、鍵だけ。」
部屋の鍵だけを持ち、荷物はある程度仕舞ってから部屋を出た。
鍵もこのままじゃ心配だしある程度の日用品も欲しいなぁ。
どこかで手に入らないか聞いてみよう。
食堂の扉を開けて中に入ると、一斉に視線が集まった。
今日会った何人かはもちろん、他の人達もたくさんいる。
ざっと15人前後はいるだろうか。
さすがはギルド、やっぱり人数はある程度必要ということかな。
あ、バウちゃんだ。
目が合うとにこっと笑って小さく手を振ってくれる。
さすがに視線が集まっているので手は振れないけれど、俺も笑い返す。
「やぁ、オトハくん。…みんな。彼が今日からアリアの仲間になる異世界人のオトハくんだよ。」
決して大きな声じゃない。
なのにしっかりと通る不思議な声の主はギルドマスターのホルンさんだ。
ざわつく食堂。
あまり悪い雰囲気ではなさそうだ。
俺もゆっくり息を吸い込んだ。
「音羽といいます!分からないことはたくさんありますが…精一杯頑張ります!よろしくお願いします!」
俺の声は一般的な声で、ホルンさんのようには通らない。
だから少し声を張り上げて新入社員らしい挨拶とともに大きく頭を下げた。
ざわざわと色々な声や拍手が聞こえる。
良かった……ほんっっといい人たちみたいだ。
暫くして落ち着いた頃合を見計らってか、ホルンさんが片手を軽くあげる。
「…ありがとう、オトハくん。後日みんなで歓迎会をやろうね。さ、こっちのテーブルでご飯にしよう。」
「は、はい!!」
よかった…初日から一人ごはんにならずに済むみたいだ。
呼ばれたテーブルに行くとホルンさんとレベックくんが相向かいに座っていた。
どちらに座るべきか一瞬悩んだが、ホルンさんがレベックくんの隣を勧めてくれたのでそっちに座る。
ふん、とレベックくんが俺から顔を背けた。
「部屋の確保も出来たみたいでよかったよ。」
「あ、頂いた地図とバウちゃんとラルゴのおかげで。」
「あらぁ、アタシはなんにもしてないわよぉ!…はいこれ、晩御飯ね!」
座って直ぐにバウちゃんがプレートを運んで来てくれた。
大きな骨付き肉や魚、見たことの無い野菜と果物なんかも乗っていてかなりボリューミーだ。
テーブルの真ん中には色んな種類のパンが盛り込まれたカゴも置いてある。
「ありがとう、バウちゃん。」
「いいのよ。アタシの仕事だもの。何か欲しかったら言ってちょうだいね!」
体が大きいし少しこわい見た目なのにまったく恐怖を感じずにいられるのはバウちゃんがとにかく優しいからだ。
もう一度お礼を言ってから両手を合わせる。
「いただきます。」
見覚えのない食物は多いけれど少しずつ食べていく。
うん、すっごい美味しい!!
「ふふ、美味しそうに食べるね。」
「とっても美味しいです!特にこの…えーと……」
「ホーンサーモンだね。大きな角を持った魚なんだ。獰猛だけど美味しいよね。」
ホーンサーモン…サーモンということは鮭なのかな。
確かに身はオレンジ色だ。
マリネのように調理されたそれは普通のサーモンよりも身がこりこりしていて歯ごたえがある。
「食べながらでいいんだけど…明日からのことを話してもいいかい?」
「あっ、もちろんです。」
ホルンさんも小さなお皿に乗った果物を食べながら話し始めてくれる。
俺も遠慮なく食事をとりながら耳はそちらへ集中させた。
「ギルドカードが届くまでにはあと数日かかるだろう。ギルドカードがないと地下にあるここまで入れないから、それまではメンバーの誰かと一緒に行動してもらうよ。」
そういえば地下はギルドメンバーしか入れないと言っていた。
カードが必要ってことだったんだ。
「だから明日はとりあえずレベックと一緒に動いてもらえるかい?」
「え!!?」
今の声は俺の声じゃない。
隣のレベックくんの声だ。