からかわれはじめました
洗濯室に歩きつつぼんやりと今日の流れを思い返す。
満員電車に揺られていたら突然現れたシルフのフォルテ。
けもみみ少年のレベックくんにエルフのホルンさん。
オークのバウロンさん改めバウちゃん。
俺のいつもの1日とはとてつもなくかけ離れた出会いがたくさんだった。
それでもひとりひとり覚えていられるのはやはり、みんないい人たちだったからだろうか。
「ここが洗濯室か…」
案内されたところまで到着する。
一応地図を広げると目の前の部屋にはシャボン玉のようなマークがついている。
これが洗濯室のマークなのだろう。
ラルゴさんという人は一体どんな人なんだろう。
バウちゃんはいい子って言ってたけど、そろそろ怖い人が出てきてもおかしくないはず……
俺は緊張しつつ扉を開けた。
鼻を擽る石鹸の優しい良い香り。
室内にはふわふわとシャボン玉が飛んでいる。
その先で水瓶に手を入れていた影が振り向いた。
小さな女の子だ。
「……だ、れ?」
小さな声で一瞬なにを聞かれたのか分からなくなった。
それでもすぐにはっとする。
「あ、俺!今日ついさっきギルドに入った者で…よろしくね。」
俺よりもずっと小さな彼女を怯えさせてしまわないようにゆっくりと近付いて、しゃがんでそう挨拶をする。
身長は……130cmくらいだろうか。
長い髪を低い位置でふたつに結んでいる。
ほっそりとした体にあどけない表情は見るからに普通の子供のように見える。
だけど髪色は水色だし目は赤紫色をしている。
そしてなにより、彼女の頭にはヤギのような白い角がふたつ生えている。
彼女が人間という種族でないことは分かる。
「わたし……ラルゴ。りゅう、じん。あなたは……」
「俺は異世界から来た人間の音羽。よろしくね、ラルゴ…ちゃん?」
「オトハ…良い、名前。わたし、ラルゴ、で、いい。」
ラルゴは小さな声で、途切れながらだけどはっきりとそう自己紹介をしてくれた。
というかほんっとに異世界人って驚かれないのな!!
こんな子供にまで浸透してるのか異世界人!
まあそれはさておいて…りゅうじんってなんだろう。
「ラルゴ…の、りゅうじん、っていうのは…」
「りゅう、じん…ドラゴンの、ひと?…わたしの、角。これ、証。」
なるほど。
りゅうじん=竜人のようだ。
ラルゴが両手で白い角に触れる。
表情の変化は僅かだけれど、どこか誇らしげにも見えるラルゴの様子から察するに、この角は竜人にとってはすごく大事なものなんだろうな。
「オトハ、おへや、ない?ラルゴ…おへや、管理してる。オトハにも、おへや、あげる。」
推察しているとラルゴから部屋の提供を申し出てくれた。
よく見るとラルゴの白いワンピースのウエストベルトにたくさんの鍵がまとめてつけられている。
そこからラルゴがふたつの鍵を取り出してくれた。
「こっち、ラルゴのとなり。こっち…レベックのとなり。オトハ…どっち?」
じいっと見つめられて迫られた二択。
突然ギャルゲーみたいになってない!?
いや、俺はそんな、こんな幼い子にそんな、あれだけど!!
ここは大人しくラルゴの隣を…いやでも気持ち悪がられるか?というかワンチャン犯罪説が浮上しないか?でもラルゴを選ばないとなんか失礼な気もするし一体どっちが正解なんだ!!?
「……時間切れ。オトハ、レベックのとなり。」
悩んでいるとラルゴから一方の鍵を渡された。
傷つけたかと思いはっとラルゴを見ると微かに、くすっと笑みをこぼしていた。
もしかして…からかわれた?
「ら、ラルゴ?」
「ラルゴ、いそがしい。オトハ、はやく、おへや。」
「う、うん…」
ラルゴの顔を恐る恐る覗き込むが既に笑みは消えている。
表情に乏しい、整った幼い顔だ。
真意が大変気になるが仕方がない…俺は貰った鍵を握り締め、ラルゴに手を振り、振り返して貰ったのを確認してから洗濯室を出た。