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05.婚約の行方

「お姉様が家出とはどういう事ですの、お父様!?」


 私、キャロット・プラティナスは焦りを見せながらも問いかけました。脳裏に浮かぶのはご令嬢の皮を被った悪魔の如きお姉様。

 あぁ、あのお姉様が家出して、野に放たれたなんて! なんて恐ろしい事なの!? お父様だってお姉様が自由になる危険性をわかっていない筈はないのに!


「いや、その、僕もさっき聞いて慌てて帰って来たから、一番詳しいのはミント……」

「お母様?」

「殿下がついにやってくれたわ」

「それはお父様が悪いですね!」

「そこで僕が責められるのかい!? そこは殿下が悪いんじゃないの!?」


 だってお父様にも責任があるじゃないですか。お姉様、あれだけ婚約破棄したいって言ってましたのに。


「何があったのです?」

「また別のご令嬢をエスコートしてパーティーに出席してたのよ。ラビを放置してね」

「はぁ……? それで遂に我慢の限界が来ましたか」

「えぇ。それで昨夜戻ってこないと思えば、王城に問い合わせても行方知らず。それで家出が発覚したわ」

「なんという事……!」


 あぁ、お労しやお姉様! あんなにも本性を隠しながら可憐なご令嬢として生きようとしておりましたのに! まさか家出なんて、そんな、そんなのって……!


「お母様!」

「何? 私の可愛いキャロ」

「お姉様を今すぐに公爵家から除名しましょう!」

「待ちなさい、待ちなさい! キャロ!」


 チッ、役に立たないお父様め、口を挟まないでいただきたいですわ!


「心の声が零れてる! お父様泣いちゃう!!」

「泣いてる暇がありますか! 早くお姉様を我が家から抹消しないと、戦争が起きてからでは遅いのですよ!?」

「せ、戦争って大袈裟な……。あの子だって、そんな短絡な事はしないとは思う……」

「王太子との! 婚約を! 蹴ってまで! 家出されてるじゃないですか!」


 お父様が天を仰いで黙った。そうです、あの気性の荒さでは魔物ですらも竦むと言われたお姉様が! あのお姉様が! 何の拘束もなく世に闊歩しているのですよ?!

 数少ない“爆炎”の魔法を扱える、一騎当千の兵にも匹敵する生きた災害。公爵令嬢という枷を外せば、悪魔の如く全てを灰燼に変える、あのお姉様が! 自由になっているのですよ!?


「今なら傷が浅く済みます。さぁ、ご決断を! お父様!」

「キャロ、姉に対してシビア過ぎない!?」

「お姉様も公爵令嬢として立派になったと褒めてくださいます……! ありがとうございます、お姉様! これが私の積年の恨みです!!」

「私怨がマシマシじゃないか!?」


 いや、お姉様の事は愛していますよ? 家族としては。ただ公爵家の立場としては容認はしてあげられないですし、そもそも恨みがあるかと言われればばっちりありますし。

 あぁ、お姉様! 厳しくも優しいお姉様! 私に魔法の手ほどきをしてくれたお姉様! 実戦形式で私を“爆炎”で容赦なく吹き飛ばしてくれたお姉様! 私の生きたトラウマめ! 今こそ貴方を越えて、私は過去を克服します!!


「落ち着きなさい、キャロ」

「お母様……!」

「確かに今後の事を考えればラビを追放するのが、我が公爵家の為になるかもしれません。けれど冷静になりなさい、キャロ。こういう可能性も考えられないかしら? ラビが家出した責任を取って、貴方が次の王太子の婚約者に――」

「さぁ、お姉様を連れ戻しましょう! 我が公爵家の未来の為に!!」


 あの王太子の婚約者の立場なんて熨斗をつけてお姉様に差し上げます!! 私はごめんです! 私には将来、素敵な旦那様を迎えてプラティナス公爵家を守っていく使命があるのです!! というかあの王太子の婚約者なんて絶対に嫌です!!


「うーん、でも連れ戻すにしたって、ラビなんだよな……」

「……あの子なのよ、アナタ」

「……追っ手に死んでこいって言えます? お父様。追っ手が死ぬだけならまだしも、他国の国民を殺してしまったら戦争にまで雪崩れ込む可能性がありますよ?」


 ただでさえお姉様はふとした時の加減を忘れるんですから。

 ……思わず、私、父、母の間で沈黙が満ちていく。とても重苦しい沈黙です。


「というか、婚約者に逃げられた殿下はどうしてるんです?」

「今、陛下が事実確認中だそうだ。僕はミントに事情を聞きに来て、確認を終えたらすぐに王城に戻るつもり」

「それなら私達も城に馳せ参じましょう。このまま有耶無耶で終わらせてはいけません! 説明は道中でなされば良いでしょう。そうでしょう? お父様」

「そうだね。ミント、付いて来てくれるかい?」

「えぇ、私も物申したい事は山ほどありますので」

「ほ、程々にね……!」

「私も参ります! お父様!」


 私は勢い良く手を挙げながら主張する。将来のプラティナス公爵家を継ぐ者として、しかも私の婚約まで最悪決められかねない話は勝手に進めさせたくないのです!

 お父様は何か言いたげな表情をしていたけれども、私が言い出したら聞かないと思ったのか、項垂れながら許してくれました。



 * * *



「来たか、ディアン、ミント。それからキャロット。久しぶりだな」

「陛下、ご無沙汰しておりますわ」


 王城に辿り着いた私達を待っていたのは、この国を治める国王陛下、ヴァルタイガ・ビースティリア様。

 野性味が溢れる美形で、どこか親しみやすさも覚えるお人です。けれど、その本性は荒々しく、かつては武功で名を挙げていたと言われています。

 そのお隣にはレオンハルト殿下が控えているものの、緊張しているのか妙に静かです。


「まずは……ミントが詳しいんだったか。本気でラビリアーネは家出したのか?」

「えぇ、家に戻ってきてません。昨夜のパーティーの後から姿が確認出来ていませんわ、陛下」

「成る程な……」


 陛下は顎を手で撫でつけるように触れながら頷いて見せます。


「レオ、お前はラビリアーネがいなくなった事に気付いていなかったのか?」

「……申し訳ありません」


 言葉短く、レオンハルト殿下はそれだけしか言いませんでした。その顔には何の表情も浮かんでいません。

 そんなレオンハルト殿下の反応に陛下は愉快だと言わんばかりに唇を上げて見せます。それはまるで獣が牙を剥くかのようにも見えて、背筋が震えました。


「中途半端な事をしたな、レオ。俺に異を唱えるなら力を以て示せ、そう言ったな? 俺は。婚約破棄をしたければ、婚約破棄に足る理由を示せと。何も示せぬままに婚約相手を逃したのは失態だったな」


 陛下の方針は力ある者が全てを統べる、です。陛下は強い人が好きです。それも武力だけではなく、政治力でも権力でも良いのです。なので強い人材が育つならと放任主義を貫いている所もあります。

 但し、武力にだけは自分を負かさなければ屈する事はないという一面もあるのですが、武力が絡まなければ陛下が良しとした、或いは臣下の決議を取って決める良き王でもあります。


「ミント、すまねぇな。俺の息子が泥をかけた」

「いいえ、陛下からお言葉を頂く程ではございません。それに当主の意志であるならば、私は妻として背を支えるまでです」

「ふむ。で、どーすんだよディアン。お前の計画はパーだぞ?」


 陛下がケラケラと笑いながらお父様を見ました。お父様はがっくりと肩を落として項垂れていました。

 そもそも何故、レオンハルト殿下とお姉様が婚約者だったのか。これはお父様がお姉様の才能を危険視した事が原因です。

 お姉様ははっきり言って国の中でも上位に食い込む程の実力者です。幼少の頃から、その才能の片鱗を見せていたお姉様を公爵家に置く事に危険を感じたそうなのです。

 何せビースティリア王国は実力主義。陛下でさえ、王座が欲しければ俺の首を取れと豪語するばかり。お姉様が下手な貴族と婚姻を結べば、国の中で玉座を求めた争いが起きる事を懸念しました。

 その結果、お父様はお姉様を王家に嫁がせる事を打診したそうなのです。そんな理由があったからこそ、父上も婚約破棄がないように、と説得していたそうだったのですが……。


「俺は別にラビリアーネが他国に渡って、ビースティリア王国を侵略しに来ても良いと思ってるんだがな?」

「陛下!」

「冗談だ、怒るなディアン」

「はぁ……」


 お父様は実力者という訳ではないですが、文官としては非常に優秀であり、陛下とは昔から親交があって右腕、というよりは外付けの良心回路と言えます。

 その所為で公務に追われて、家での威厳が低い訳なのですが。家族としては情けないと思いつつも、政治家としての父上は間違いなく有能なのです。事実、お姉様の婚約が上手く行けば我が王国は安泰だった事でしょう。


「さて、ラビリアーネについてだ。どうする?」

「そうですね。最小限に済ませるのであれば、ラビリアーネをプラティナス公爵家から除名するのが良いでしょう。婚約はこちら側が反故にしたとすれば、王家にも傷がつかないでしょう。レオンハルト殿下の風聞は悪くなりますが……」

「レオに関しては良い。つまり、王家の為に泥を被らなきゃいけないって事になるな、ディアンよ」

「そうなりますね」

「そいつは筋が通らねぇ話だ。お前は最善と思う政策を打ち出し、それが上手くいけば国は安定した事だろうよ。俺はそれを認めた。だからこそレオ、お前に条件を出した。俺の決定を覆したければ結果を出せと。出さないうちにお前が招いた不手際をプラティナス公爵家に始末させるのは、それは筋が通らねぇ」


 陛下の声が一層低くなって、まるで獣の唸り声のように変わっていきます。

 レオンハルト殿下の顔色は真っ青を通り越して土気色にすらなってます。そんな顔色になるぐらいなら、せめて格好だけでもお姉様と仲良くしてれば良かったのに。

 というか私も陛下の威圧が怖すぎて、若干泣きたいです。


「レオ。俺はお前とラビリアーネの婚約破棄を認めねぇ。王命だ。ラビリアーネを連れて帰って来い。それまで側室も妾も持つ事も禁ずる。お前の王族としての権限も凍結だ。その上で子でも孕ませようものなら、相手も子も殺す。連れて帰って来るまで、この王命は覆さん」

「なっ……!?」

「お前がダメでも俺がいる。俺がダメでも俺の代わりはいる。王は強い奴がなれば良い。強い奴が世界を回せる、国を回せる。血には拘るが、俺の血が後に続かぬ先細りなら絶えてしまえとも思うさ。欲しければ勝ち取れ、お前が招いた不始末はお前でカタをつけろ」


 ふむ、つまりお姉様と殿下の婚約は破棄にはならず、殿下がお姉様を連れて帰ってくるなりして正式に婚約破棄をしないと、憩いの相手と結ばれる所か女遊びも、王族としても実質的に死んでいることになると。

 つまり、これは実質的にプラティナス公爵家が受ける損害はないのでは? 私がお姉様の代わりに王家に入れとか言われる可能性はないのでは!? それが確認出来れば良いのです!!


「陛下の温情を頂き、ありがたく思います。その上で我が娘の不始末、心の底よりお詫び申し上げます」

「おいおい、ミント。気にするなよ、責任は全部俺が取ってやる。もしこれでラビリアーネが不幸にでもなったら俺の首を取りに来ても良いぞ。片腕は使わないでおいてやる」

「ご冗談を。私は夫ともども陛下の良き家臣でございます。我が忠誠は王家ではなく、貴方に捧げます」


 だから殿下がどうなろうとも知らん、って事ですね、母上! わかります! このまま野垂れ死んでも心は痛みませんとも!

 殿下はもう表情が死んで、死者みたいな顔色になってるけど自業自得ですね。これは公爵家には何のお咎めも無しって感じになるのでしょうか?

 お姉様も除名されるような事はないと。あの悪魔的な姉はどこかで死ぬ程苦しめとは思いますが、それさえなければ、本当にそれさえなければ大好きなお姉様ですからね。お姉様とこれからも呼べるなら、私としてはそれで良いのです。


「さて、ラビリアーネの婚約関連についてはこんな所で落としどころか。もう一件、別件がある。ディアン」

「はい? これとは別件ですか?」

「関連はあるがな。どうやらラビリアーネの出国を助けた奴がいるようでな。そいつも昨日から行方知らずらしい」

「は……? ラビの出国を助けた協力者、間者ですか?」


 お父様の目がすぅ、と細められて冷酷な光が宿り出します。この国の宰相としての顔ですね、あれは。

 普段からこうであれば、とは思うのですが。それはそれで怖いので、やはりうだつのあがらないお父様でいて欲しいとは思います。

 しかし、お姉様に出国を助けた協力者ですか。一体どこの国の手の者でしょうか? しかし、お姉様がそんな簡単に鵜呑みにするとは思えないのですが……。


「協力者の名前は、ウルフェン・シルバレス。かの“銀狼”だな。よく知ってるだろ?」

「……は?」


 いえ、驚きのあまり、思わずそんな反応になってしまいました。

 え、ウルフェン・シルバレス? あの? あの目付きが怖すぎて私が泣いてしまったという不覚を与えてきた、あの? お姉様と並ぶ理不尽が?

 えっ、お姉様のストッパーも一緒に国を出てったんですか!? お姉様が仮にこの国を滅ぼすとしたら、もう加減しない理由がなくないです!?

 正直、お姉様がご令嬢として頑張れたのは騎士として輝く従兄の彼の存在が大きかった筈です。だってベタ惚れですもの。

 その、お姉様のストッパーがこの国にいない? じゃあ、もし仮にお姉様が彼と手を組んでこの国を滅ぼそうとでもしてみたら……? 最悪、滅亡。良くて半壊ですね。



(あっ、詰んでますわ、これ)



 私は思わず、天を仰ぐ事しか出来なかったのでした。



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