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04.ラビの気持ちとその頃の実家

 自分で言うのもなんだけど、私ことラビリアーネ・プラティナスは気性が荒い。

 確かに癇癪持ちと言われたら否定出来ないけど、今回の決断は何も頭に来たからってだけじゃない。

 別に好きでもない相手と婚約するのが嫌だった訳じゃない。

 だって貴族で、更に言えば公爵家だもの。国を守る者として、民の上に立つ者として当然の話。

 それが国の為となるならば、喜んで身を捧げるのが貴族。だからこそ、贅沢も許されるし、従者に頭も垂れられる。

 誇りこそが私達の血肉。育てた血肉こそ誇り。それが、貴族というものでしょう? それが私の誇りで信念だった。


 別に婚約者が自分を好きじゃなかったから腹を立てた訳じゃない。

 “私の血肉で積み上げてきた誇りを穢された”から怒っているの。

 私の血肉は民の血税。この国の受け継いできた誇りある由緒正しき血統。

 それを国に残すのなら、それが誉れ。……そうだと思ってたわよ。


 なのに私が選ばれなかった理由は性格? 好みじゃない? ふーん?

 知った事じゃないわよ! それなら私も止めてやるわよ、貴族なんて!

 そんなのが王族で、そんな振る舞いを許して、私を宛がう王家なんてこっちから願い下げよ!


 ……まぁ、それで国を飛び出してしまった事は、ちょっぴり後悔してる。

 いつか育てて貰った分のお金ぐらいは家に還元したい。まぁ、そんな余裕が出来ればだけど。

 生きて行くのはお金がかかるし、苦労だってしなきゃならない。実際、馬を気軽な気持ちで飼おうとしたら維持費という壁にぶつかった訳だし。


 私は自分でも気性が荒いのは自覚してるし、公爵家の誇りとプライドで練り固めたような性格をしてる。

 だからって理不尽な女にはなりたくないと思ってた。思ってはいた。努力は認めて欲しい。

 その努力も認められないのなら、私の生きて来た人生が本当に無駄になってしまう。

 糧にしてきたものの為にも、私は無様な私なんて許せなかった。だから思い切って国を出た。


 それはどうなのか? って。知らないわよ、そもそもあのクソ王太子がまともに私を相手にして、私が気に入らないなら婚約破棄を言いつければ良かったのよ。

 実際にそうしたら、とはやんわり言ってたし。私も親にははっきりと「王太子の婚約者は無理!」って言ったし。聞き入れて貰えなかったけど。


 あーもう、考えただけで苛々してきたわね。それにこんな決断をしちゃったのはウルフだって悪いのよ。

 ウルフェン・シルバレス。私の従兄にあたる人。私が大好きだった“お婆さま”に可愛がられた男の子。

 騎士になるという目標を持って、公爵令嬢という身分から遊び相手が少なかった私の遊び相手を務めてくれた兄も同然の人。


 えぇ、そうよ。好きよ。私はウルフが好き。兄としても、人としても、男としても。

 そんな気持ちに気付いたのは婚約が決まる少し前の事。騎士としてあろうとするウルフは私にとって大切な人になっていた。

 私の大好きなお婆さまとの思い出を共有出来る人だったのも大きい。彼の傍は本当に居心地が良くて、淑女としての警戒心や緊張感が薄くなってしまう。


 そんな彼と別れを決めたのは、それこそあの王太子との婚約が決まったから。

 これでも優秀だと自負している私は、ウルフとの関係がどちらにも良くない関係だと気付いてしまった。

 彼は男爵家の息子で、私は公爵家の娘。更に王太子の婚約者。特に親しい男性なんて、根も葉もない噂を立てられてはどっちの将来にも困る。

 だから私は黒歴史だ、と言って彼を遠ざけた。彼が騎士として立派にやっていると聞けば、私も公爵令嬢として、王太子の婚約者としてしっかりしなきゃと思ってた。


 その結果がこれなんですけどね、王太子は私がいないもののように扱うし、別の女を連れ込むし。やってらんないわよ、ケッ!

 ウルフもウルフだ。彼はいつも、私の気が弱った所を見ているのかというタイミングで現れるのだ。そして昔のように何も言わずに慰めてくれる。

 言葉が達者じゃないし、どちらかといえば面倒臭がりな所がある彼は慰め方も不器用で。でもだからこそ、その不器用さが温かかった。


 器用に生きようと思えば思うほど、私の心は冷たくなっていた。荒い気性も冷えた感情を乗せれば必要以上に誰かを傷つける牙になった。

 強い力を持つのは必要だと思った。それで心を揺らす程、柔な性分じゃない。けれど無為に力を振るうのだけは嫌だった。

 私は王太子の婚約者のままで、誇れる自分になれるのかわからなくなっていた。


 ウルフは必要以上に怒らないし、悲しまないし、恨みもしない。

 人間味が足りない、と妹はウルフの事をそう称していた気がする。でも、私はそれが羨ましかった。

 きっと、お婆さまに、私が憧れた貴族のレディに喜ばれるのはウルフのような人だったから。私は今でもお転婆娘のまま。


「……ウルフ」


 目を開ける。死んでいるのかと思うほどに静かな彼の頬に手を伸ばす。

 無理言って一緒に寝ようとして、先に寝落ちてしまうという不覚をかましてしまった朝だ。

 気恥ずかしい、という思いはある。けど、静かな彼の寝顔に最早どうでも良くなってしまった。


「すき」


 好きよ、好きなの。ウルフ。貴方が好きよ。

 私が望む私でいさせてくれる貴方が好き。貴方の隣にいれば、私は自分がもっと好きになれるの。

 貴方が好きだと思えるの。貴方が大切なの。貴方が足りないって言われる人間味を足してあげたいって思うの。

 私って我が儘なのよ。ごめんなさいね、ずっと変わらないまま大きくなってしまったの。レディになんかなれなかったわ。

 もしレディになれてたなら、私は今頃王妃になってるもの。でも、それでも自分が足りないなんて思えないの。だって頑張ったもの、貴方だってきっと褒めてくれる。


「……あなたが、いてくれたらもういいの」


 もう、何もいらない。貴方だけがいれば良い。貴方だけが欲しい。貴方の傍で生きたい。

 背伸びもしなくて、背も曲げないで。胸を張って、真っ直ぐ貴方の隣にいたい。

 そんな我が儘を言ったら困らせちゃうかしら。そんな想像をしたら、あぁ、やっぱり楽しい。


「すきよ」


 彼の傍は、とても落ち着くのだ。

 身を寄せるように手を伸ばせば、ウルフの手が伸びてきた。私を腕の中に抱え込むようにして丸くなる。

 寝苦しそうな寝息が聞こえる。心臓の音がうるさいぐらいに高鳴る。けれど頭は冷静すぎる程、的確に状況を判断する。


「……朝は冷えるわね」


 寒いのは、寝苦しくもなるわよね。そう思いながら私もウルフの背に手を回した。

 暖かい。私がそう感じるように、どうかウルフも暖かくなって欲しいと願いながら。

 もう寝苦しそうな寝息は聞こえなかった。



 * * *



 ラビは恐ろしく抱き心地が良かった。変な意味ではない。文字通りの意味だ。

 驚くほどの快眠性、程よい体温。そして懐かしく思いつつも、確かに女らしさを感じさせる匂い。何故、王太子はラビを選ばなかったのか、本当に心の底から疑問である。

 起きていればくるくる変わる表情も、寝ていればあどけないものでついつい眺めてしまう。目が覚めてみれば密着して抱き合っていたのだが、これでも俺が起きないとなると余程ラビに気を許しているのかとも思う。

 実際に許しているのだろうが、適切な距離感がわからん。下手に拗れて喧嘩別れをする訳にもいかない。なるべく自然体でいるように心がけねば……。


「ラビ、ラビ。起きろ」

「……うぅん……」

「朝だ、起きろラビ」

「……キャトル、うるさい……」

「俺はキャトルではない……」


 キャトルか。ラビの専属メイドをやっていたが、あいつはどうしているだろうか。俺が攫ったと聞いたら卒倒しそうだ。そして俺と出会えば金切り声を上げて襲いかかってきそうだ。ああ、帰りたくない。捕まりたくない。

 実際、国は、家はどうなったのだろうか。俺は実家とは疎遠気味で、男爵として家を継ぐのは弟に任せているが、俺が誘拐犯として指名手配されたらお家取り潰しなどの憂き目にあってしまうのではないか。

 ……なっても、あの両親と弟ならなんとかなりそうな気がする。うむ、問題なし。


 では公爵家の方はどうだ? プラティナス公爵家は男児に恵まれなかった。将来はラビの妹が婿を取って公爵家を継がせる予定とラビから聞いた事があるような。

 しかし、王太子との婚約者でありながら国外逃亡をした以上、公爵家としてどうなるかはわからない。……まぁ、それでもラビの妹もラビとは異なる方向で逞しい。きっとなんとかなるだろう。多分。


「ラビ、ラビ。起きてくれ」

「う~る~さ~い~……」

「はぁ……」


 俺は、俺にしがみついて眠っているラビを起こす方が今は大問題だ。

 食える時の食うのが騎士の鉄則。このままラビにしがみつかれたまま、朝食を逃すなどという事があってはならない。

 さて、どう起こしたものか、と俺は朝の日差しを感じながらラビの寝顔を眺めるのであった。



 * * *




 一方、その頃。ビースティリア王国、プラティナス公爵家では。



 * * *



「んん……? 朝……?」


 豪奢なベッドで眠っていた少女が目をこすりながら身を起こした。年の頃はまだ10代前半の幼い少女だ。

 愛くるしいという表現が似合う顔つきで、小さな口で欠伸をする。まだ寝ぼけ目の赤い瞳が眠たそうに瞬きを繰り返す。

 彼女の名前は、キャロット・プラティナス。プラティナス公爵家の娘であり、公爵令嬢という身分がついている。

 将来は素敵なお婿さんを迎えて、家を守っていくのだと小さな身で健気に頑張る女の子だ。

 そんな彼女の目覚めはいつもと違っていた。はて、いつもはメイドが起こしに来てくれてるのに、その姿がない。

 それどころか、なんだか部屋の外が騒がしい。そこで寝ぼけていたキャロットの意識が覚醒する。


「え、まさか賊!?」


 小さな体に健気な頑張り屋のキャロットは勇敢な令嬢でもある。普段とは違う朝に、彼女の脳裏に過ったのは異常事態、つまり賊が屋敷に侵入したのではないかと言う発想に至ったのだ。

 こうしてはいられない。まだ小さいけれども、将来はこの家の女主人として、この家を守っていかなければならない。魔法の腕だって、あの悪魔みたいな姉には及ばないけれど同年代に比べれば優秀だって言われている。義務と責任があるのだと、キャロットは奮い立った。


「待ってて、皆!」


 思い浮かべるのは専属メイドのミニリス。そして美しいお母様に、ちょっと最近鬱陶しくなってきたお父様。他にも色んな人の顔が浮かべながらもキャロットは勢い良く扉を開いて、騒ぎの音が聞こえて来る玄関へと向かった。


「おほほほほっ! どうしてくれるのかしら、どうしてくれるのかしら!? ねぇ、アナタ!? どうしてくれるのかしら!? あれほど私、言いましたわよね!? おほほほほっ!!」

「ひでぶっ! ひでぶっ! お、落ち着いて、ミント! は、話し合おう!」


 そこで目にしたのは、家庭内暴力の嵐に晒されていたお父様と、お父様を片手で吊し上げてビンタをかましているお母様の姿だった。


「なんだ、お父様か」

「お父様か!? まって、キャロ! ミントを説得して! このままではお父様の頬が酷い事になる!!」

「もうっ! 今度は何をしたの?! お父様!!」


 普段は温厚でおっとりしているけれど、怒らせてはいけないと認識されているミント・プラティナス公爵夫人。

 そんな彼女を怒らせるのは夫であるディアン・プラティナス公爵。よくある事なのでキャロットとして助け船を出すのは、割とどうでも良い。


「どうせお父様が悪いんでしょ?」

「信用がない! これも公務にかまけて家に帰っていないせいか!?」

「いや、単純に日頃の行いで威厳が……」

「立場がない!」


 元からないよ、と口にしないキャロットは優しいご令嬢なのだ。


「それで? どうしてお母様は怒ってらっしゃるの?」

「よく聞きなさい、キャロ。いいわね?」

「はい」

「ラビリアーネが家出したわ」


 …………キャロットは可愛らしく首を傾げて、母親であるミントを見つめた。

 ミントはただ黙ってキャロットの顔を見つめている。暫し、沈黙の間が流れて。


「えぇぇええ!? あ、あの怒らせたらいけないお母様の血を受け継いだ、怒らせたら草木も残らないお姉様が野に放たれたというの!?」


 プラティナス公爵家に、嵐が迫っていた。

 

別の投稿作ですが、『転生王女様は魔法に憧れ続けている』が完結しました。

異世界転生、ガールズラブ要素が入っていますが、問題がなければそちらもお読みいただけると嬉しいです。

たくさんの評価ありがとうございます。ちょっとこんなに評価伸びた事がないのでビビってます。

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