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02.呆気ない出国と盗賊団

 国を跨いで隣国に行くのは難しい。そんな風に考えていた時期が俺にもありました。


「人の世において強いのは、やはり数だな」

「金に物を言わせて出国よ!」

「資金の半分は吹っ飛んだがな」

「あら、贅沢しなきゃいいんでしょ。なんなら獣でも狩って焼けばいいのよ」

「それでいいのか、公爵令嬢」

「元になる予定よ。これからはラビリアーネではなく、ラビとして生きるのよ!」


 持ち出した資金の半分以上を吐き出して、国境付近まで馬車を走らせた御者に口止めをし、国境を防衛する門兵に賄賂を渡して俺達は国を脱出した。

 ここからは徒歩だ。既に国境は越えているとはいえ、かなりの強行軍だ。近隣の村にすぐに辿り着ければ良いが。

 パーティーの最中の出発だった為、国境までの道のりは夜の闇に包まれていた。今、国境を抜けた所で次第に空が白み始めた頃だ。

 俺は騎士として体を鍛えている為、多少の徹夜ならば堪えないがラビはどうだろうか。


「ねぇ、ウルフ。ドレスが重いのだけど」

「脱ぐか?」

「アンタがドレスを着て、私がアンタの服を着るなら」

「……なんて恐ろしい拷問を考えるんだ」

「おんぶ!」

「…………」


 おんぶか、女装か。その2つの選択肢なら俺は迷わずおんぶを選ぶ。


「何か出たら放り捨てるぞ、いいな」

「えぇ、どうぞご自由に。……ふふ、ウルフの背中も久しぶりね」


 ラビがくすくすと笑う。お互い、小さい頃はこうしてラビを背に抱えて移動していた事が多かったな、と思い出す。

 俺とラビの年齢差は五才離れている。俺が二十で、ラビが十五だ。昔は歩幅も小さく、慌ただしく跳ねるように向かってくるラビは今では立派なレディだ。


「成長の実感を感じる」

「……重いって言いたいの?」

「重い。……胸が」

「あら、それなら許すわ」

「おい、押し付けるのをやめろ」

「女に興味なんてないんじゃないの?」

「健全な男性だぞ、これでも」


 誰が枯れてるって広めたんだ。まったくもって迷惑だ。だが、女遊びに現を抜かす気にもならなかったので放置しておいたが。

 ただ気になる女性がいなかったというのも事実だ。かくも運命とは数奇なものである。そこまで切望もしていなかったが。


「これからどうしましょう」

「隣国だからって安心は出来ないな。次の国に向かうべきだろう」

「いいわね! 諸国漫遊!」

「これは漫遊ではない、逃亡である!」

「指名手配犯になってたら指さして笑ってやるわ」

「おのれ、悪徳令嬢め」

「おほほほほ! この私の為に働きなさい、この卑しい下僕! あっ、ちょっと足だけ支えて上半身を支えないのはやめて! 髪が! 髪が地面につくでしょ! あっ、踏みそうになったわよ! こら、ウルフ、聞いてるの!!」


 朝を告げる小鳥の声が聞こえる中、俺達は歩き続けるのであった。



 * * *



 プランタネス共和国。ビースティリア王国の隣国であるこの国は広い領土と豊かな自然に恵まれた平和な国だ。

 恵まれた広大な土地を開墾し、各国の食糧事情を助ける食料庫としての立場を有する。それ故に争いが程遠く、更にプランタネス共和国を囲むようにして同盟国がある為、外患の恐れも少ない。


「まずは中央区に入りたい所だな」

「えぇ、ビースティリアと隣接してる西区からは離れたいわよねぇ」

「北か南かに向かっても良いが、まずは中央で情報を集めたいからな」

「そうね」


 プランタネス共和国は東西南北、そして中央の五つの区分で分けられている。俺達が中央に向かう理由は、各国の情勢に合わせて東西南北の区画が影響を大きく受けるからだ。

 その点、中央は影響は受けるものの、中央だけあって安定している。そして他の区の情報も得やすい。ここからどこに向かうか判断する為には情報が欲しい。つまり目的地は中央になるという訳だ。


「ドレスやアクセサリーに良い値段がついて良かったわね」

「流石、公爵令嬢の一品だ。俺は涙が止まらなかったよ」

「おほほほ! 養ってあげても良くってよ!」


 今、ラビは煌びやかなドレスの姿ではなく、普通に旅人のような装束へと変わっている。それでも磨かれた美貌というのは消せず、どうにもちぐはぐな印象を受けさせる。

 着心地など普段から来ていた物に比べれば質が悪いだろうに。何故、くるくると回って見せ付けるようにスカートの裾を広げたりしているのか。


「似合う?」

「似合わない」

「可愛い?」

「お前はな」

「そう、なら良いわ」


 相変わらずわからん奴だ。俺も騎士団の制服から旅人の装束へと着替えた。ドレスほどではないが、それなりに上質な布を使っていたのか良い値段がついた。

 半分ほどに減った資金も、旅をして贅沢をしても余裕は見て取れるだろう。それでも無駄遣いする訳にはいかないが。


「そろそろ私達がいないって事に気付いた頃かしら?」

「どうだろうな。もう追っ手がかかったかもしれないな」

「来たら返り討ちにしてやるわ」

「それでいいのか?」

「それでいいのよ」


 悪役のような顔で笑いながら言うラビに肩を竦めてしまう。

 この世界には魔法という技がある。ラビは公爵令嬢であると同時に優秀な魔法使いでもある。貴族のお遊びでは成績上位だったとか、そんな噂を聞いた事がある。

 あくまでお遊びなら。ラビの魔法の実力はお遊びでは話にならない。何せ、彼女は――。


「むっ」

「あら」


 思わず足を止める。俺が足を止めたのと同時にラビも足を止めた。

 俺達の足を止めるように馬が勢い良く走り込んで回り込む。一頭ではない、少なくとも複数いる。その馬上に乗る者達は見事な盗賊ですと言わんばかりの格好をしている。


「……貴方達は」

「へっへっへっ……大人しくして貰おうか、お嬢ちゃんに兄ちゃん?」

「盗賊! 盗賊よ、ウルフ! 本物よ! ほら、見て! あの卑しい顔! 正に絵に描いたような盗賊面よ!」


 はしゃぐように指を指すラビに盗賊達が呆気に取られたような顔を浮かべる。だが、すぐにこめかみに青筋を浮かべ始める。俺はそんな盗賊達の様子を見て、溜息を吐きながらラビの肩に手を置いた。


「ラビ、指を指すな。失礼だろ」

「そっちじゃねぇよ!? 舐めてんのかぁ!!」

「だが、お前達は紛う事なき盗賊面だろう? それとも変装か?」

「素顔だよ! ちくしょう、顔で判断しやがって!」

「身なりも汚いわよ。盗賊って皆そういう服装でいなきゃいけないルールでもあるの?」

「こ、こここ、この……!!」

「……鶏?」

「ラビ、鶏に失礼だ。謝れ」

「鶏に失礼だったわ! ごめんなさい!」

「――ぶっ殺せぇぇええ! 奴隷にして売るつもりだったが、我慢がならねぇぇえ! 身ぐるみを剥げぇ!! 八つ裂きにしてやらぁ!!」


 リーダー格と思わしき男が怒声を響かせ、号令を下す。まずは弓を構えた男が二人。俺は咄嗟にラビに向かって叫ぶ。


「ラビ! “消し飛ばす”な!」

「――チッ」


 あいつ、舌打ちしやがった!

 矢が放たれる前に俺とラビは左右に散るように駆け出す。瞬間、俺達がいた所を矢が通過していき、盗賊達が俺達を囲むように取り囲む。

 弓を持った男が二人、取り囲むように動いてる男が、それぞれ五、六人。そして指揮を執っている盗賊の頭領と思わしき男。大凡十数名程度か。


「おら、その綺麗な顔に傷つけてやらぁ!!」


 先に接敵したのはラビだった。ラビは近づいて来た男が振るった剣を見ている。

 あぁ、あれは明らかに女だからと侮っているな。大ぶりの攻撃は明らかに軌道が見え見えだ。

 ラビは半身になるように足さばきを見せて、最小限の動きで男の振り下ろした剣を交わし、そのまま伸びた腕を掴む。


「ふんっ!」


 手を引くのと同時に膝蹴りを思いっきり叩き込む。腹部に思ってもみなかった反撃を受けた男が白目を剥いて、泡を噴きながら地面に崩れ落ちた。


「て、テメェ!」

「煩いわね」


 仲間がやられたのを見て、激昂した別の盗賊が背後からラビに襲いかかろうとする。それをラビは鬱陶しそうに髪を払い、そのまま指をパチン、と鳴らした。

 次の瞬間、炎が弾けた。小規模の爆発が背後からラビを襲おうとして向かって来ていた男を逆に吹き飛ばす。


「ひ、ひぃっ!? ま、まさか魔法使いかよぉ!!」

「なんだ、あの魔法! ば、爆発したぞ!」


 ラビを取り囲もうとした男達が恐れ戦いたように足を止める。

 魔法を使えるということは立派な才能であり、魔法使いを志す者は星の数ほどいる。だが、その中でも実戦にも魔法を使えるようになる者は数を減らす事だろう。

 その中でラビは、ラビリアーネ・プラティナスは“本物”だ。彼女は優秀な魔法使いだ。実戦をこなす事が出来る、使い手が少ない“爆炎”を操る灼熱使い。


「さぁ、次に爆発させられたいのは誰かしらぁ!? 大丈夫よ、全身は吹き飛ばさないであげる!!」


 どっちが悪役だ、これ。

 すっかり足を止めてしまっていた盗賊達。それは俺の方へと向かってこようとしていた男達もラビに気を取られていた。……迂闊な盗賊達だ。

 俺は剣……ではなく、暴徒鎮圧用の警棒を手に取った。幾ら、犯罪者と言えども無益な殺生は避けたい。それ故に支給された装備を手に、足に力を込める。


「骨は勘弁しろ」


 俺の接近に気付いた時には遅い。警棒を振るい、武器を持っていた手の骨を砕く。足を引っかけ、足蹴にするように地に叩き付けて跳躍し、次の盗賊へと飛びかかる。

 顔面に蹴りを叩き込み、そのまま盗賊を倒すように着地。意識が伸びているのを確認してから次の盗賊へと駆け出す。ようやく盗賊達も動き出すが、欠伸が出る程に遅い。


「新米騎士にも劣るな」

「て、テメェ!」


 見える、見える。どう攻撃しようとも、体の動きで次の予測は簡単だ。そして相手が武器を振り下ろそうとした所で合わせて警棒を叩き込む。

 骨が折れる。悲鳴が聞こえるも、喧しいと言わんばかりに蹴り飛ばす。次の瞬間、連続した爆音が響き渡った。

 もうもうと土煙が上がる中、掘り起こしたようなクレーターの中に盗賊達が倒れている。そのクレーターを生み出したラビは見下ろすように盗賊達を見つめている。


「命までは取らないわよ? 大人しく降参なさい」

「……容赦がないな」

「それ、ウルフが言うのかしら?」

「お前ほどではない」

「褒められた?」

「褒めた褒めた」

「あとでウルフにもお見舞いするわ」

「やめろ」


 そんな俺達の会話を聞いていた盗賊達が、引き攣った顔で俺達を見て、命乞いを始めるのはすぐだった。



 * * *



「……なぁ、さっきの盗賊を引き渡した男、見たかよ」

「あ、あぁ。数が多いから縛り上げて放置したから後は頼むって言ってた奴だろ?」

「そうそう。……あれ、まさかビースティリア王国の“銀狼”じゃねぇか?」

「“銀狼”!? あの単騎で一個小隊は赤子を捻るように殲滅出来ると言われる、あの化物の事か!?」

「あぁ……噂でしか聞いた事がないけど、外見は噂通りだぜ?」

「じゃあ、あの明らかに貴族っぽいお嬢様の護衛か何かか? お忍びの旅行か何かだろ、アレ?」

「どうなんだろうなぁ……いや、本当に“銀狼”かどうかはわからないけどよ。もしそうなら、そんな奴と爆炎を使える魔法使いの組み合わせってなんだよ。戦争でもしたいのかよ」

「うぅむ、ならず者を捕まえてくれる分には良いんだがなぁ……」



 * * *



 近場の町で縛り上げた盗賊団がいる事を伝えて、俺達は町を歩いていた。

 ラビはほくほく顔だ。その手には盗賊達にかけられていた懸賞金が入っている。最近、この近隣を荒らしていた盗賊団だったらしい。


「あの盗賊達が報奨金がかけられてて良かったわね、ウルフ」

「あぁ、そうだな。今後は盗賊を見かけたら積極的に捕縛していこう」

「ふふふ、いいわね! でも、盗賊が出る程に貧しいのかしらね、プランタネス共和国も」

「いや、貧富の差か、ただの悪人かだろう」

「悪人ならともかく、貧富の差ねぇ。働き口がないのかしら?」

「もうお前が考える事じゃないだろう? ラビ」

「それもそうだったわね、ウルフ」


 少し苦笑を浮かべて、ラビは肩の力を抜いたようだった。

 これから先、どうなるかはまったくもってわからない。だが、今は貴族としての振る舞いをする必要はない。

 ただ自由に、心の赴くままに。行きたい場所に行って、見たい景色を見る。


「そうよ、折角だから馬を買いましょう。旅には役立ちそうだし」

「悪くないな。他にも色々と旅に必要なものを見に行こうか」

「えぇ、行きましょうウルフ!」

「おい、だから腕を引っ張るな」


 ラビに手を組まれ、引き摺られるようにして歩いて行く。いつかの日と変わらないようなラビの姿に自然を頬が綻ぶ。

 この顔が見れたのなら、それで十分だ。自分がやった事に後悔はしないだろうな。

 

    

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