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第三十八話 憂う者

 しばらく、無言で入り組んだ通路を走り続けていたが、やはり聞いておかないと気が済まない事があった。


「エミリー先生一ついいですか?」

「んー? どうしたのー?」


 本来ならこんな時に聞く事じゃないかもしれない。躊躇いが頭をよぎり、口を閉ざしそうになるが、意を決して聞いてみる。


「……神子について、そちらの国の見解は今どうなってるんですか?」


 レランがエクレの姉という事は、恐らくレランの出自は【ルミエル】。そして話を聞く限りではどうにもレランは王の組織の【ルミエル】として反逆者の組織【シャドウ】に潜入していたと思われる。


 これはつまり本来この国の王は神子を殺そうとしていたわけで、俺の敵にあたる。もしヒイラギを助けることが出来ても、ヒイラギの命は奪われるんじゃないのか。


「うん。そこは安心してくれていいよ~。元々王様はサルガルタに謀反の目があるのに勘付いて、神子の力を利用しようとしてる事にも気付いた。とは言えサルガルタが反乱を起こそうとしている証拠は無かったから、神子の方を殺そうってなったわけ。酷い話だけど、この国は弥国の事はただの劣等種族って風潮があるからねー。多少横暴な事をしてもさしたる問題にならない」

「まったくうちの王はどうしようもない人間だよ」


 エミリー先生が話を区切ると、レランが侮蔑の籠った声を挟む。そんなレランをたしなめるかのように「まぁまぁ」と言うと、エミリー先生は話を続ける。


「それでも、既にサルガルタは事を起こしてるから、それは何よりも国家転覆の証拠でしょ? いちいち神子を殺すなんて周りくどい事はしないはずだよ~。劣等種族とは言っても、まぁ……大切な貿易相手でもあるしね」


 エミリー先生は気を遣ってか、最後辺りの声は抑え気味になっていた。

大切か。確かにそうだろう、こちらにとっては不利な内容という事は、相手にとって有利な内容の貿易してるわけだからな。


 とは言え、そんな事はもう長い事続いている事だからどうでもいい。この国の神子についての現段階の態度は分かった。でもまだ一つ懸念事項が残る。


「もしサルガルタを逃がした場合は、どうなりますか?」


 国中で反乱を引き起こせるという事は、きっと強いカリスマ性を持っているという事。取り逃がした場合、しばらくどこかで身を潜め牙を剥く可能性もある。神子の利用も再検討してくるだろう。


「それは……」


 エミリー先生が言いにくそうにしていると、レランがはっきりとした声で言う。


「させないよ」


 俺は二人の後ろについている形になるので、レランの表情もエミリー先生も表情も見えない。


「剣に誓うと言っただろう? 神子には手をかけないと。もしそんな事が起きようってんなら、命を投げ打ってでもお前たちを守るさ」


 振り向いたレランの口元には笑み。空色の瞳はしっかりとこちらを捉えていた。だが同時に僅かな憂いも感じた気がする。


「もしかして、あんた……」

「ま、そんな事はどうでもいいさ。それよりもうすぐだよ」


 俺の言葉を遮りレランが前方を見据える。目を向ければ、出口の光が通路の先を照らしていた。レランが何を思っていようが俺には関係が無い。過去の事実が消えるわけじゃないからな。

 そのまま光の向こうへ行くと、自然の香りが鼻腔をくすぐる。


「森に出るのか……」


 俺の呟きにエミリー先生が答えてくれる。


「ここは昔使われてた王族の避難通路だからね~」


 なるほど、道理でややこしい作りになっていたわけだ。


「とりあえず出たはいいけど、ここからメールタットまでは距離があるね。どうやって移動するつもりなんだい?」


 レランが聞くと、エミリー先生は楽し気に微笑む。


「それはもう、飛ぶに決まってるよね」


 エミリー先生が言ったのとほぼ同時。突如として風に包まれた全身が地面から離れていくのだった。


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