第二十八話 二人の距離
弾かれたのはエクレだった。
フラミィは好機とばかりにダガーを振るうが、不発。
エクレがすかさず挟み込んだ刃で防がれたからだった。
この二人の直接的な力を比べれば、やはりエクレの方が劣る。
だが、剣術ならば別だ。エクレはこの一週間フラミィを倒すための剣術を磨いてきた。劫火之備という例外はあれど、剣術とはその多くが筋力だとか言った直接的な力の劣る相手にどう戦うかのために編み出された術だ。受けに徹する不動之備なんていうのはまさにその典型例だろう。
故に力は負けてもエクレの剣術は負けていない。当然一週間という付け焼刃では完璧な剣術は会得できないだろう。だが、会得しようしたかしなかったでは、圧倒的にその能力に差異が出る。
両者の間で繰り広げられる剣戟はとどまる事は知らない。次第にその速度はすさまじいまでの早さを見せると、フラミィ太刀筋に乱れが生じた。
原因は恐らく、エクレが劫火之備のカウンターとして編み出したその受け方だろう。
エクレは、刃が衝突すると同時に手首の力を抜く。これにより打つ側は斬撃の手応えを奪われ、攻撃している感覚を鈍らされる。恐らく、今のフラミィは雲相手に斬撃を繰り出されているのに等しい。実際、俺はそんな感じだった。
斬っても斬っても手応えが無く、自分が本当に実体と戦っているか分からなくなる。それ故に焦りが生じ剣の波を狂わされる。
不意に、フラミィの体幹がぶれた。
エクレはその隙を逃さず刃を入れ込むと、フラミィは身体を反らし回避。だが避けきれず、斬撃は確かに胸板へと入っていた。
「火弾!」
フラミィが苦々しい表情で詠唱すると、炎の球がエクレの頬を掠める。
エクレの斬撃が止まった隙に、フラミィは後方へと跳ねて間合いを取った。だが、エクレは休む暇を与えない。
「雷鞭」
エクレが唱えると、虚空に顕現した一対の術式のうち片側から鞭のようにしなる稲妻がフラミィへと強襲する。
だが、高熱を帯びた光はフラミィに到達せず、四方に飛散。フラミィが咄嗟に魔法反射を展開したらしい。同時、フラミィは術式を顕現。だがエクレの追撃は止まらない。
「雷閃」
エクレの詠唱と共に、もう一方の魔方陣から稲妻が解き放たれると、フラミィは身体をよじる。魔法反射が間に合わないと判断したのだろう。
だが、視認困難な速度の魔法はそう簡単に躱せるものではない。光速の雷撃はフラミィの肩へと直撃した。結界で傷がつかずとも、ある程度痛みは感じる。フラミィは肩を抑え膝をつくが、まだ終わっていなかった。
「炎掌!」
顕現していたフラミィの術式から、炎の壁が出現。 エクレへと迫ると、同時にフラミィが疾駆。
エクレが襲い来る炎壁を魔法反射で弾くと、フラミィが間合いへと入った。
エクレの首筋に襲い来るのは、短くも鋭い刃。
やはりフラミィは強かったか、かと思われたが、まだだった。
エクレは超反応で身体を反らすと、フラヌィのダガーは宙を切る。刹那、エクレは神速で身をかがめると、がら空きとなったフラミィの懐へ侵入。転瞬、銀の光が閃き、気付けばエクレのサーベルはフラミィの首筋にあてがわれている。
まさに神業とも言えそうな動きだった。俺と修行してた時でもここまでの動きは見せていなかっただろう。エクレの実力は本当に底が知れない。
「勝負ありってか……」
フラミィがぼそりと呟くと、ダガーを虚空に納める。
エクレもまたそれを確認するとサーベルを降ろした。
「フラミィ、私はもう昔の私じゃない」
エクレが言うとフラミィがふっと口元を緩める。
「まったくその通りだぜ。ちょっとあわねーうちに随分と強くなったよな」
フラミィの素直な称賛にエクレの顔がわずかに綻ぶ。これで二人も仲直りできる事だろう。
「だったら、また前みたいに……」
「悪いけどそいつはできねぇ」
「えっ……」
唐突に放たれたフラミィの言葉にエクレの空色の瞳がわずかに開く。
かという俺も少しばかり驚いていた。フラミィはエクレを守り暴走するのが嫌だからエクレと距離を置いたのではないのか。だとすればエクレが強い事の証明ができればいいはずじゃないのか?
「さて、話は終わりだ。とりあえずエクレが勝ったんだから受け取れよ」
フラミィが腕輪を外すと、エクレへ放り投げ背を向け立ち去ろうとする。
「やっぱり、私なんか嫌い?」
エクレの呟きにフラミィの足が止まる。
しばらく黙るフラミィだったが、静かに答える。
「嫌い……じゃない。それどころか親友と思ってるさ」
「だったらなんで?」
エクレの問いかけにフラミィは少し逡巡した様子を見せるが、やがて重々しい口を開く。
「……親友でいたいからこそ一緒にはいられねぇんだ」
「どういう事?」
エクレが聞き返すが、フラミィはそれきり口を開こうとしない。
場に束の間の沈黙が訪れると、やがてエクレは弱々しく拳を握り呟く。
「フラミィの馬鹿」
小さくもはっきりと言葉を紡ぐエクレの表情も、それを聞いたフラミィの表情も残念ながらこちらから見る事は出来なかった。
ただ、少なくとも晴れた表情はしてないと、それだけは確信できた。
やがてエクレが腕輪を置きフラミィに背を向けると、靄がかかり始めた木々の間へと溶け込んでいった。
もう少し、フラミィの話は聞いておいた方がいいらしい。




