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第二十三話 柔らかなナニカ

 流石実力主義の学院と言うべきか、フラミィと戦った第一演習場は思った以上に人で溢れ返っていた。

 研鑽していたほとんどが新入生のようだった事から、各々新人戦に向けて動き出しているという事なのだろう。


 スペースが無かったので、他に戦える場所は無いかとたまたま通りかかった教師に尋ねてみると、普段は空いていないが、新人戦の前には結界(フラグ)が張られ、第五演習場の裏山が解放されているとの事だったのでエクレと共にやって来ていた。


 山なので当然斜面は目立ったが、所々開けた場所が存在し、そのうちの一つに俺とエクレが陣取る。


「魔物はいないみたいだな」


 鳥のさえずりや、木々のざわめきは聞こえるが、周りに魔物の気配はない。

 土の香りを感じながらも辺りを見渡していると、エクレが補足するように説明してくれる。


「行事の時限定で魔物は解放される」

「ああそうなんだ」


 まぁそりゃそうか。実力主義とは言えここにいるのは子供たちだ。敷地内に魔物を放置してもしもの事があれば、多少なりとも学院に責任を要求されるだろう。


「それよりクロヤ。練習」


 どうやらエクレはやる気満々らしい。いつの間にか白銀の西洋剣(サーベル)を手に持っていた。


「そうだな」


 言って、俺も不如帰を抜刀する。


「とりあえず適当に打ち込みにいくから受けてくれるか? 実戦では当然使うだろうけど、一旦魔法は無しの方向で」


 俺の言葉にエクレはコクリと頷くと、西洋剣を構える。

 フラミィの荒々しいながらも素早い太刀筋はそうだな、刀剣術で再現するなら不動之備よりもあれが一番近いだろう。

 エクレから一定の間合いを取ると、不如帰を胸より高い位置で引き絞る。


「行くぞ」


 ひと声かけると踏み込み、エクレへ接近。

 間合いに入り、上段から不如帰を叩き込む。

 即座にエクレは迎え撃とうとするが、銀の西洋剣は衝撃を吸収しきれず弾かれた。


 西洋剣から手は離れていないが、エクレの体幹に乱れが生じた。俺はすかさず刃を入れると、紙一重でエクレが対応。金属同士が悲鳴を上げると、エクレの西洋剣は宙を跳ねた。


 そのまま刀剣と西洋剣が三合四合と切り結ぶと、五合目でエクレは体幹に致命的な乱れを生じさせる。


 隙在りと刃を閃かせると、エクレの首元へとあてがった。

 劫火之備(ごうかのそなえ)。やはりこれがフラミィ対策には有効な気がする。先んずれば人を制すという言葉を体現したような刀剣術で、常に先手を取り押し続け、相手から致命的な乱れを無理矢理引き出すのを理想とする。不動之備が波を読む剣術なら、これは波を上書きする剣術。不動之備は格上に効果的だが劫火之備はどちらかというと格下に有効だ。


「フラミィの剣術は今の俺と少し近い。言ってる事は分かるな?」


 刃を首元から外し尋ねると、エクレは力強く首肯する。

 今みたいにすぐに決められているようじゃ、剣術ではフラミィに到底及ばない事はちゃんと理解しているらしい。


 もっとも、フラミィの場合は剣術と言っても短剣術だ。懐に潜り込む事が前提だから隙の引き出し方等多少の違いはある。


 とは言え、一応力で懐をこじ開けるのは共通だ。一週間あれば多少はフラミィの剣術にも対応できるようになるだろう。


「クロヤ、もう一回」


 エクレが距離を開き西洋剣を構えるので、俺もまた劫火之備を取る。

 先と同様、踏み込み、エクレへと不如帰を閃かすと、エクレが西洋剣で受ける。


 火花と共に剣が跳ねると、俺はすかさずエクレの懐めがけて斬撃を放つも、凌がれた。


 だがここまでは予定調和。エクレの体勢はおぼつかない。即座に不如帰を打ち込むと、エクレの波に致命的な乱れが見えた。だが先ほどとは何かが違う。


 気のせいか、あるいは本当に何かが違うのか。正体を知るためにも違和感は無視し、とどめの斬撃。


 それがまずかった。袈裟懸けの一撃はあろう事がサーベルによって流されたのだ。

 予想外の事態に崩れる体幹。銀が閃き、俺へと奔流となり襲い来る。

 エクレの斬撃だった。俺は即座に反転。銀の奔流を不如帰で迎え撃つと、戟音が森を木霊する。


 弾かれたのは西洋剣だった。これを逃せば好機は無いと本能が告げる。

 焦燥に背中を押されるがままエクレへ肉迫。だが焦りは自らの体幹を乱す。不如帰を滑り込ませたのはいいが、バランスを崩してしまった。


 一瞬、視界が暗転するがやがて光が戻ると、すぐ目の前には状況が呑みこめていないのかきょとんとしたエクレの瞳。


 同時に地面についているはずの右手が控えめながらも軟らかな何かの上に乗っていることに気付く。


 そこに何かがあれば感触を確かめたくなるのは、知的好奇心の塊である人間の本能。なので、意思に反して一度だけそれを揉んでしまった。


「ん……っ」


 俺の手の動きに連動して、エクレは声を漏らすと、慌てた様子で口に手を当てる。


 ここでようやく状況を把握したのか、空色の瞳が微かに揺れた。それとほぼ同時に、ほんのり紅潮していた肌色はみるみるうちに烈火の如き紅に染まり、きつい視線が俺を射すくめる。


「っ!!!!!!!!!」


 声にならないそれは、特に耳を貫く轟音が聞こえるわけでは無かったが、確かに怒号だと把握した。


 次の瞬間だった。何かが切れたのかブチンと音が鳴ると、視界が純白に染まる。

 ああ、雷の即死魔法を放たれたんだなとしみじみとしながら、意識が暗闇へと急転直下した。結界(フラグ)があって本当に良かった……。


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