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第二十話 何がために

 灯篭、桜木、池、瓦屋根。いつもと変わらない俺の心の景色のはずだったが、一つだけ違う事があった。

 いつも真っ先に声をかけてくるヒイラギの姿が無い。


「ヒイラギ……?」


 名前を呼んでみても、反応は無い。

 焦りにも似た感情を抱きながらも瓦屋根の家に入る。

 だが一部屋の和室とそこに面する縁側以外は何もなかった。


「ふふっ」


 家を出ると、どこから楽し気な笑い声が聞こえる。

 灯篭の裏か。


 向かうと、案の定、ヒイラギがいつも通り白と紅の装いのまましゃがみ込んでいた。


「何してるんだそんなところで」

「あ、見つかっちゃった」

「はぁ……」


 安堵からかあるいは呆れからか分からないが、自然とため息が零れる。


「ねぇねぇクロヤ、私がいなくなってびっくりした?」

「まぁ、多少はな」


 質問に答えると、ヒイラギはどこか嬉しそうに口元を緩め、何をしたいのか俺の腕に抱き着いてきた。


「おま、何を」

「私はここにいるからいなくならないよ~」


 装束の布越しから体温が伝わってくるわけでは無かったが、確かにそこには温もりがある気がした。


「わ、分かったからとりあえず離れてくれ」

「ええなんでー? 別に私はこのままでいいと思うな~」

「その、恥ずかしいだろ……」

「え、なんて?」


 正直に言うのが一番効果的かと判断して言った言葉だが、ヒイラギは難聴なのかあるいは俺の声が小さすぎたのか聞き取れないようだった。


「と、とりあえず離れてくれ!」


 色々とそろそろ限界だったので半ば叫びながら訴えると、ヒイラギはどこか名残惜しそうにしながらも離れてくれる。


「せっかくクロヤ分補給してたのに……」

「そんな汚そうなものを補給するんじゃない」

「ねぇ、それ自分の事汚いって言ってるのと同じだよ?」

「……分かってるよ」


 言って気付いたけど考えないようにしてたのに。


「とりあえずいつもの所に座ろっか」


 ヒイラギが提案するので、いつもの所――桜の木の下に腰を下ろす。

 そういえば伝えないといけない事があるんだったな。


「ヒイラギ」

「どうしたのクロヤ?」

「襲ってきた連中について、色々と分かった」


 言うと、あの時を思い出しているのか、ヒイラギの表情は少し曇る。

 その表情に少なからず心が痛むが、シャドウの事やら学院長の事、あの銀プレートがシャドウの物だったという事、あの夜の襲撃はシャドウによるもので、ヒイラギを保護するためのものだった事、ヒイラギを斬った人間がシャドウの裏切り者で、今は監獄島に幽閉されている事など。学院長から聞いた話を全て伝えた。


「えと、一気に色々分かって混乱してるんだけど」


 確かに学院長から聞いた情報量は多い。俺も整理するのには少し時間を要した。

 だが、やがてヒイラギは全て把握したのか心なしか晴れた表情で言う。


「でも、少なくともクロヤはもう何もしなくてもいいって事だよね?」

「いや」


 ヒイラギの問いを否定する。俺も最初はそう思っていたが、そんな事は無かったのだ。


「どうして?」


 どこか戸惑いにも似た眼差しがこちらに向けられる。

 学院長室を去った後、これから俺は何をすべきかを考え、やり残した事がある事に気付いた。


 誰がヒイラギに手を下したのか、それが一番大切な事だがそれについてはどうにもならない。だが、誰が殺させたのか、という事についてはまだ何も解決していなかった。まさか単独で裏切る人間はいないはずだ。確定はできないが調べてみる必要はあるだろう。背景に何かが絶対にいるに違いないのだ。


「裏切り者の大元を絶たなきゃならない」


 まだ何の情報も無いが、何とかするしかない。あの時聞いておけばよかったものの、多少気が動転していたせいで考えが及ばなかった。まったく、こんな簡単な事が分からなかったとは我ながら情けない。


「ねぇ、クロヤ」


 少し前の自分を嘲笑していると、目を伏せたヒイラギが静かに俺の名を呼ぶ。


「もう、いいよ……」

「もういい?」


 聞き返すと、ヒイラギが力強い眼差しがこちらへと向く。


「もうこれ以上クロヤは無理しなくてもいい」

「別に無理なんかしてない」

「そうかもしれない。でもやっぱりクロヤには危ない目に遭ってほしくないよ」

「ヒイラギ……」


 確かにヒイラギが言う事は分かる。俺が死ねばヒイラギも消える。

 でもだからと言って俺は立ち止まるわけにはいかない。ヒイラギのために俺は……。


 ヒイラギの、ために?


 本当に、そうなのだろうか。本当に俺はヒイラギのために動いているのか?

 疑問が脳をよぎった刹那、景色が歪み始める。どうやらもう時間らしい。


「クロヤ……!」


 ヒイラギが焦りの色を浮かべつつも俺の手を掴む。


「私は何よりもクロヤが大事だから。どうかその事を忘れないで」


 訴えるかけるような視線を向けるヒイラギの言葉を最後に、俺の意識は闇へと沈んでいくのだった。

 俺は何を思ってヒイラギの傍にいたのだろうか、そんな事を思いながら。


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