ルースミアと妖竜宿
新章です。
「遅いじゃないか2人共、早く飯食って城に行かないと!」
「ゴメンなさいカル」
「……ローブ変わってる」
「ん? おお本当じゃ」
「交換したのだ」
急いでこの宿屋の食堂に向かって、慣れた足取りで向かっていく。
ここの宿屋は1階部分の半分ほどが食堂になっている……のだ。
おかしい、我はなぜ今の今まで気がつかなかった!
というよりもなぜこの次元にここが存在するのかだ!?
……いや、たぶん似ているだけだ。 そうに違いない。
「あらぁ、ルースミア様じゃないですかぁ」
なんて声が今にも聞こえて……なぬっ!?
慌てて声がした方に顔を向けると、紛れもなくシャリーという名の雌がそこに立っていた。
「おい、デ・ラ・カル……いや、カルよ、この店の名前を教えろ! 今すぐ答えろ!」
シャリーから目をそらさずに聞く。
「急にどうしたんだルースミア」
「い、い、か、ら、早く、答えろ!」
思いきり怒鳴りつけたい衝動を抑えて、低音量で軽く睨みを利かせてもう一度問う。
というのもここでの騒ぎは厳禁だからだ。
「こ、ここは妖竜宿だけど、それがどうかしたのかルースミア?」
……間違いない、間違いなかった。
妖竜宿のシャリー、本当にこの雌は一体何者なのだ。
「それは秘密ですわぁ。 それよりもみなさん急がないと遅れてしまいますわよ?」
「そうだった、急ごう!」
これだ、まるで覚の様に人の考えを読んでくる。
「嫌ですわぁ、人を妖怪みたいに言わないでほしいものですわ」
途中振り返ると急いで食堂に向かうデ・ラ・カルたちを見ながらおっとり笑うシャリーの姿が見えた。
「むぅ……」
確か番が言っていたはずだ。
シャリーをまともに相手をしたらダメだとな。
テーブル席に案内された我らのところに注文を取りにウェイトレスが姿を見せる。
「え、ええええ!」
そのウェイトレスが我を見るなり驚きの声を上げてきたため、我も声の主を見てあまりの驚きに目を見開いてしまう。
「ルースミア様!?」
「貴様、まさかカイか!?」
まったくもってわけがわからん。 番の話だとカイは一部の獣人のみがかかる病によって死んだと聞いていたはずだが……
妖竜宿と言い、シャリーといい、もはや我の常軌を逸脱しすぎている。
「あれ? ルーちゃんの知り合い?」
「女将とも顔見知り以上の関係そうだったよな」
「……い、いや、これは、実はだな……」
「ルースミア様!」
元の次元にも存在すると言おうとしたところでカイが首を横に振ってきた。
なるほど、口にしてはダメということか。
「我の思い違いだった様だ」
「そうは見えな……そうか」
「うん、思い違いってあるよね」
ううむ、突然態度が変わったぞ。
……我は赤帝竜、神格を持つものの中でも最も強いとされ、唯一倒せぬ相手は創造神の対極に位置する模倣のゼロだ。
だがこの店のシャリーだけは別物だろう。
おそらく何人たりとも絶対に手を出してはならない相手だ。
気がつけば朝食が運ばれていて、すでにティアたちは何食わぬ顔で食べはじめている。
忘却の類の魔法か? いや違うな、まるであの時間だけなくなった様に見える。
深く考えるのはやめておいたほうが身のためそうだな。
「じゃあ行ってくるよ」
「うむ」
「ルーちゃん後でね」
妖竜宿を出たところでデ・ラ・カルたちと別れる。
デ・ラ・カルたちは城へと向かったわけだが、我は行くことを拒んだためだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「我は行かぬぞ」
「でも仲間も全員って事だからルースミアも行かないといけないんじゃないか?」
昨晩の打ち合わせの時だ。
我は皇帝とやらの前で頭を下げるなどできないため、行く事を拒んだのだ。
「まぁもし聞かれたら体調がすぐれぬとでも言っておけばなんとかなるじゃろ」
「……ウンウン」
「元の次元ではどうしていたの?」
「元の次元で我を知らない者などいなかったから問題なかった」
それにそういう場に行く時は番も一緒だったからな。
「じゃあルースミアにはお留守番してもらうか」
「あと注意しておいたほうがいい事とかあるのかな?」
「そうだな……」
思いつく限りの口にしてはいけない事を伝える。 4人は真剣に聞き、そして頷いてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デ・ラ・カルたちを見送った我は直ぐに妖竜宿に踵を返す。
次元を無視して存在できるのであれば、我を元の次元に戻す、出来なくてもこの次元がどこかぐらい知る事はできるだろう。
「無理ですわぁ」
妖竜宿に戻り、シャリーに会うなり開口一番に言われる。
「まだ我は何も言ってないのだが?」
言わなくてもわかっている事ぐらいは承知しているが、やはり言いたくなるものだ。
「元の次元に戻すか、この次元の場所の事ですわよねぇ?」
やはりわかっていた。 では何故それを無理というのか。 その理由を聞いて我は愕然とするしかなかった。
「もしそんな事をしてしまったらぁ……この物語が終わってしまいますわぁ」
「は?」
物語だと? それではまるでここが本だか何かの中の事の様ではないか?
そうなのか? とシャリーを見ると、おっとりとした表情のまま独り言の様につぶやき始める。
「自分自身が存在すると思ってらっしゃるようですけどぉ、そもそも本当にそうだという根拠なんかどこにもありませんわぁ。 あなた達だって物語の1人かもしれませんわよ?」
シャリーはいったい誰に話しかけているというのだ。
「……というわけでして、私はルースミア様のお手伝いはできませんわぁ」
つまり自力でなんとかしろというわけか。
「もしもどうしてもというのでしたら、元の次元に戻して差し上げても構いませんけど、果たしてルースミア様にそれに見合う対価は……支払えますかしらぁ?」
ウグッ! た、確かに……これだけの要求をするとなれば、その対価に我がシャリーの下僕にでもされかねん。
「じ、自分でなんとかしてみせよう」
敗北感、この我が敗北感を感じるとは……
「ルースミア様、シャリーさんは決して悪気があってやってはいません。 それだけはわかってください」
「カイか……随分と久しぶりだな」
「はい、ルースミア様もお元気そうで。 サハラ様とはお会いできましたか?」
「うむ、我と番になれた」
「それは良かったですね、それでは戻ったら伝えてください。 私は元気でやっています、と」
「うむ、必ず伝えよう」
少しの間だったがカイに再び出会ったところから今までの事を教えてやると、カイは懐かしそうに耳を傾けていた。
「ルースミア様、そろそろ思い出話をお終いにしてここを出たほうがいいですわ」
「なぜだ?」
いつの間にかいたシャリーが、意味深に笑いながら我の元から去っていった。
気にしたらダメな人が出てきてしまいました。
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