ルースミア冒険者の真似事をする
朝食も部屋まで運ばれサンドロ=アルベス1人気分良く喋っているなか、我とティアは黙々と済ませていく。
「今日はちょっと勇者らしい事をしようと思っているんです」
ほぉ、てっきりハーレムでも築いて満足するのかと思えばまともな事もするのだな。
「今僕たちはたったの3人しかいない。 そこで臨時に助っ人を雇うことにしたんですよ!」
なかなかまともな考えのようにも聞こえるが、顔のニヤつきようから何やらよからぬ事を企んでいるようだな。
「私の力は見なくたってわかってるでしょ」
「うん、だから特にルースミアの力をね、まだ冒険者になりたてだから色々と慣らしていかないとダメでしょう?」
「……そうね、それで助っ人のあてはあるんでしょうね?」
「それはバッチリです。 昨日のうちに段取りは組んでおきましたからね」
以外に用意周到だな。
宿屋を出るとサンドロ=アルベスはまっすぐ冒険者ギルドの方へ向かいだす。
朝からずっと上機嫌なサンドロ=アルベスがティアにくっつこうとしてくる。
「あまり近づかないでよ!」
「何でです! 昨晩はあんなに……愛し合ったじゃないですか」
その一言だけでティアの肌が鳥肌が立ちまくっている。
「……私は、町中でベタベタされるの嫌いなのよ」
「う……そ、そうか、わかったよ」
そうなると次は我の方を向いてくる。
ティアに言われた通りにすればいいんだったな。
「貴様は勇者以前にロリコンと噂でもされたいのか?」
「そ、それも確かにマズいですね、わ、わかりました、夜までは我慢しますよ」
今も鳥肌だらけのティティアナ=カーノが我の方を見て親指を立てて片目をつぶって見せてきたが、それもその時だけで、宿屋を出てからのティアの顔はどこか顔がこわばって見える気がする。
そして冒険者ギルドについてその理由がわかった。
「デ・ラ・カル! 依頼を引き受けてくれて嬉しいですよ」
「……」
「どうしたんですか? アルバールと……クリストは普段通りなのかな? ずいぶん静かじゃないですか?」
「お前さん、理由を言わなきゃわからんのか?」
「やだなぁ、冗談ですよ冗談。 さ、早速出発しようじゃないですか!」
この勇者を名乗る小僧、どうにも誰かを連想させてくれるのだが……はて?
デ・ラ・カルたちを加えた後は町を移動していき、帝都の検問の場所まで辿り着く。
「これは勇者サンドロ、いよいよご出立でございますか?」
「そんなところです。 まだどこまで通用するかわかりませんが、少しでも魔王討伐に近づけるよう努力するつもりです!」
このサンドロという男、とんでもない道化だな。 だがデ・ラ・カルたちを連れ出してくれたのは感謝するぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帝都を出て人気がなくなり出すと、我慢の限界がきたのだろうデ・ラ・カルがサンドロに食ってかかりだした。
「おいサンドロ! お前まさかとは思うが……ティアやルースミアに手を出したりしてないだろうな!」
「さぁどうでしょうね? それなら手っ取り早く本人に聞いてみるのが一番早いんじゃないですか?」
ティアが気まずそうな顔を見せる。 なのでとりあえず我も真似ておく。
そんな表情をしているティアと我を見たデ・ラ・カルは怒りをあらわにした。
「勇者だかなんだか知らないが、お前、ずいぶんと堕ちたな」
「だとしたらどうするんです? 勇者に任命された僕を殺すとでも言うんですか? そもそも、僕に勝てると思っているんですか?」
ううむ、このままだとコイツら本気で殺し合いを始めてしまいかねんな。
まぁそうなったらそうなったで最悪ティアは守ればなんとかなるか。
「カル、ここは……我慢じゃ!」
「……がまん!」
我の心配はよそに、アルバール=デ・パブロが止めたおかげで収まったようだ。
番ならこういう時どうしたか……
そうだ、番はこういう時、話題をよく変えていた。 ちょうどティア以外、我がローブの中にリストブレードを仕込んでいることに気がついていないから、それを利用してみるのがよさそうだな。
「ところでサンドロ=アルベス。 我は武器を持っていないのだが、噛みついて戦えとでも言うのか?」
我はそういってローブだけの格好を見せる。
「そうでしたね、それじゃあ僕のこのダガーを使うといいですよ」
受け取ったダガーを眺めると、ごくありきたりの鉄製のダガーだ。
「使ったことがないのだが?」
「実践あるのみですよ。 デ・ラ・カルたちがサポートするから安心してください」
貴様ではないのだな。
とりあえず適当に振ってみる。
「こんな感じか?」
「いや、ルースミア、ダガーは振るものじゃなくて突いて戦う武器だよ、こんな感じに」
見かねた様子でデ・ラ・カルが自分のダガーを引き抜いて見せてくる。
先頭を歩くサンドロ=アルベスはそんな事は御構い無しで、後に続くティアは居心地が悪そうについて歩き、次いでデ・ラ・カルがダガーの使い方を我に教えながら、最後尾にアルバール=デ・パブロとクリスト=バイネスの順に並んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辿り着いた場所はごく普通のなだらかな起伏や丘の続く丘陵だった。
「ここなら動きの鈍いトカゲばかりだから、ルースミアの練習にうってつけですよ」
反対意見がないところを見ると間違ってはいないらしい。
最初はごく普通のトカゲを相手にさせられ、喰いたい衝動を抑えながらダガーで突き刺していく。
「ルースミアって思った以上に動きは素早いんですね、これならジャイアントリザードを相手にしても大丈夫そうですね」
あれでも一応かなり抑えたつもりだったのだが早かったのか。
「ジャイアントリザードはさすがにまだ早いだろう!」
「昨日今日に冒険者になった女の子には危険すぎるわい!」
「……きけん」
「それをサポートするのがあなたたちの役目でしょう? サポートの方しっかり頼みましたよ」
ジャイアントリザードか、あれは確か大味であまり旨くはなかったな。
同じトカゲであれば、我はティラノサウルスの方が食いでがあり美味くて良いのだがな。
ジャイアントリザードが生息する場所はもっと奥地へ入ったところらしい。
……この辺りなら良さそうだな。
「我がどうなろうと絶対に逃げるんじゃないぞ」
「どういう意味?」
「すぐにわかる」
移動中にティアにこっそり伝えた我は、ジャイアントリザードの生息地に入るなり事を起こす。
少し離れた場所にいるジャイアントリザードを見つけ、そいつに『巨大化』の魔法を使う。
通常で5メートルはあるジャイアントリザードが、その倍の10メートル程まで大きくなったのを確認してからサンドロ=アルベスの指示したジャイアントリザードに攻撃しにいく。
デ・ラ・カルたちがサポートという我の攻撃の邪魔をしながら、順調にジャイアントリザードに手傷を追わせていき、とどめを刺したところへやっと巨大化させたジャイアントリザードが姿を見せ、チロチロではなくベロンベロンと長い舌を出しながらこちらに向かってきた。
「な! なんですかあれは! あんなの見たことない! まるでドラゴンじゃないですか!」
「うお! 馬鹿でかいトカゲじゃあぁぁ!」
「……ハウハウ!」
「みんな逃げろ! 早く逃げるんだ!」
一斉に逃げ出しはじめたのはいいが、サンドロ=アルベスよ、勇者の貴様がいの一番に逃げるか……まぁ予想通りだが。
ジャイアントリザードは確かに動きは鈍いがしつこい。
一度狙った獲物は延々と追いかけまわす習性がある。
「みんな全力で走れ! 体はデカくてもジャイアントリザードだ、動きは遅いに決まってる!」
「いくら動きが遅いといっても丘陵ではこっちが走りにくいから追いつかれますよ!」
勇者よ、さすがにそれは無かろうよ、だが追いつかれてくれなくては我が困るのだがな。
——ベチッ。
「うぺっ!」
我は声まで上げての迫真の演技を披露してコケてみせた。
「サンドロ! ルースミアが転んだわ!」
「今のうちです!」
ティアは我の言った通り立ち止まったな。 サンドロ=アルベスとデ・ラ・カルたちも立ち止まったが、さてどう動く。
「追いつかれるからこのまま置いていきましょう!」
「サンドロ! お前そんなこと本気で言ってるのか!!」
「私にはそんなことできない!」
「なら好きにしてください。 僕は無謀な行為はしない主義ですからね!」
まぁお前ならそうするだろうと思っていたわ。 なにしろその行動は性格看破した時からわかっていたからな。
通常、悪の属性のアライメントを持つ者は不利な状況になった場合、自己優先の行動を取る、とはよく言ったものよ。
1人走り去るサンドロ=アルベスを無視して、ティアとアルバール=デ・パブロ、クリスト=バイネスは武器を抜いて我を救おうと戦う構えを見せ、デ・ラ・カルは我の方に走って向かってきている。
「やれやれ……邪魔なだけだからこっちに来なくていいぞ」
「……え?」
立ち上がって呆気にとられているデ・ラ・カルに向かってシッシッと手を振っておく。
真後ろまで迫った巨大化させたジャイアントリザードに振り返りながら、両腕に仕込んであるリストブレードの刃をシャコッ!と伸ばした。