ルースミア、協力者を得る
番の世界で見た本などから、勇者とはそれ相応の人格者だとばかり思っていたが、どうやらコイツにはそんなものを持ち合わせているようには到底思えない。
というよりもこの手の奴が決まって人様の住処に踏み込んでくるなり攻撃を仕掛けてくるような奴なのだろうな。
「は、ははは……人聞きの悪い事を言わないでくださいよルースミア、僕は勇者ですよ? 人望がないわけないじゃないですか?」
「しかし誰がどう見ても勇者の招集とやらを理由に無理矢理に仲間を作ろうとしているようにしか見えんし、他に仲間が見当たらないようだが?」
勇者の奴め、焦りからかキョロキョロ辺りを見回しだしたな。
「と、とにかくこれは勇者の招集なんです。 拒否するというのなら皇帝にその様に報告しなくてはならなくなりますよ! それにまだ僕は勇者になったばかりなんです、仲間がいないのは仕方がないじゃないですか!」
おうおう、とうとう本性を曝け出したわ。
しかしなりたてとはどういう事だ?
「さぁどうするんです? もし拒否するのなら君の仲間がどういう処遇をされるか知りませんよ?」
「そんなのサンドロ、酷すぎだわ!」
ふぅむ、こんな強引なやり方でパーティを組んだところで連携など取れはしないだろうに……
となればコイツは魔王退治が目的ではなく、話を聞いている限りお目当はティティアナ=カーノか。
そっと『性格看破』の魔法を使ってみれば、勇者とやらのアライメントが色で見えてくる。
ふむ、見事なまでに真っ黒、悪の属性と来たか。
「くっ……分かったわよ。 私を連れて行けばそれで満足なんでしょ!」
「最初からそう素直に聞いてくれれば良かったんですよ。 えっと、ルースミアの冒険者登録の方は済みましたか?」
「私がついていくんだからルーちゃんはやめて!」
「残念ながらそうはいきませんよ、だって……勇者の招集をしてしまったんですからね。 僕が勇者の招集を破ってはダメでしょう?」
「サンドロ、お前……」
勇者がデ・ラ・カルを無視して受付の雌の方に向かったのを確認してからそっとデ・ラ・カルに「我に任せておけ」と耳打ちをしておいてやる。
どういう事か聞こうとしたようだが、勇者が戻ってきたためデ・ラ・カルはそこで口をつぐんだ。
勝手に作られた我の冒険者証を渡され、勇者がついて来るように言ってくる。
その冒険者証は元の次元のものよりも簡素なもので、ただ名前が書かれているだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どこを目指しているかも知らされず、ただ勇者の後をついて移動しているわけだが、ティティアナ=カーノはすっかり元気が無くなってしまっていた。
我がおとなしく付いてきたのは、『一宿一飯の恩は無下にしたらいけない』と番に言われていたのと、デ・ラ・カルたちは色々と役に立ってくれたからだ。
もっとも、宿ではなく野宿だったが。
「君は平然としているんですね? ルースミア」
振り返り勇者が我に言ってくる。 それを無視して帝都の町並みを眺めていると、苦笑いを浮かべていた。
「ティティアナ=カーノ、お前たちと勇者は知り合いのようだったが?」
「勇者は……サンドロは元々私たちのパーティの仲間だったの。 でも今回の依頼を受ける前に皇帝に呼ばれて勇者に選ばれたの」
ん? 今少しおかしなことを言ったな。
「勇者というのは1人だけではないのか?」
「たくさんいるわ。 皇帝の耳に届いた冒険者を呼び出して勇者にするの」
つまりは自由きままに生きる冒険者は魔王の討伐をしようともしないから、皇帝が勇者の称号を与えて向かわせるように仕向けているだけらしい。
もちろんそれで素直に聞き入れて魔王の討伐に向かうはずもないから、ある程度の権力やらの特権を与えるということらしい。
「しかしなぜサンドロ=アルベスなのだ?」
「勇者の選択はどう決められているかまでは私にはわからないわ」
そこで不意に勇者が立ち止まる。
「さぁ今日はお互いの親睦を深めたいからここでゆっくりと語らいましょう」
そこは宿屋だった。 しかもかなり立派な建物で、相当な大きさがある。
宿屋に入り、部屋に入ると中はなかなかに広い。
「食事は運んでくるから先にお風呂でも入ってくるといいですよ」
「サンドロ、あなた何を考えているの?」
「何って、さっきも言いましたが僕たちの親睦を深めるだけですよ? 全てをさらけ出して」
「……私の事は好きにしたらいい。 だけどこの子、ルースミアには手を出さないで」
「それはティアの頑張り次第ですね、期待していますよ」
なるほど、コイツはティティアナ=カーノと交尾するのが狙いだったわけか。
しかしこれまた随分とゲスなやり方をするものだな。
「わかったらお風呂に行ってきてくださいよ。 依頼を終えたばかりなんですから、ちゃあんと隅々まで綺麗にしてきてくださいよ?」
つまり冒険者ギルドにタイミング良くコイツがいたのはタイミングが良かったのではなく、デ・ラ・カルたちが戻ってくる頃合いを見計らっていたのだな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ううむ、風呂は良い……
番に風呂の良さを教えられてからというもの、すっかり財宝浴びよりも気に入ってしまったわ。
まぁ本来の姿の時は風呂など入れなかったから仕方がなかったのだが。
「ルーちゃんごめんなさい。 私たちと一緒にいたばっかりにこんな事になって……」
我が気持ちよく湯船に浸かっているとティティアナ=カーノが謝ってくる。
その声は今にも泣き入りそうだ。
「そんなに嫌なら殺してしまえばよかろう?」
「さっきも歩いている時に言ったけど、サンドロは私たちのパーティの1人だったの。 その腕は1番若いのに抜きん出ていたわ」
「つまり貴様では勝てないというわけか?」
「私じゃなくてみんなと戦ってもよ。 それにそれだけじゃなくて勇者殺しは重罪よ、あと逆らう事もダメ」
「それはもはや仲間などではなく奴隷ではないのか?」
「ルーちゃんの言い方で言えば、人格者の勇者も中にはいて、そういう勇者には仲間も喜んでついていくみたい」
なるほど、クズもいるが優秀なのもいるわけか。
しかしそうなると少しばかり面倒だが、約束は守らないと番に怒られるからな。
「一つ確認しておく。 貴様は我に力を貸す気はあるか?」
「えっと、それはどういう事?」
「今から言う事を誰にも口外しないと約束しろ。 そうすれば我が貴様を守ってやる」
「ルーちゃんあなたは一体……うううん、わかった、決して誰にも言わないって約束するわ!」
神も居ないとなる我1人では情報を集められん。
デ・ラ・カルたちはそこそこ腕が立つのはわかった。 となればこいつらを利用しない手はあるまい。
そう判断した我はまずはティティアナ=カーノを引き込む事に決める。
最悪は『強制』の魔法で黙らせればよかろう。
ティティアナ=カーノに我が他の次元から来た事を話し、戻る術を探している事を教え、そして我の正体が竜である事も教えた。
ただ神が存在しない次元らしいから、竜の神格である事までは言わないでおいたのだが……
「思っていた以上に驚かないのだな?」
「ルーちゃん、あ、ルースミア様が……」
「今まで通りでいいぞ、名前もそう呼ばれて嫌な気はしないからな」
「えっと、じゃあルーちゃん。 ルーちゃんがおかしな事を口にしたり、不思議な事ばかり起こっているのって……その、ルーちゃんの力なんだよね?」
どうやらエルフの勘の良さはこの次元でも共通のようだな。
で、おかしな事というのはエルフの寿命の事や魔法、神の事などだろう。
「我のいた次元ではエルフは1000年、ドワーフも300年生きる。 そして神も実在している」
「じゃああの時言っていたのは全部本当の事だったのね!」
「うむ、本来多次元世界の事は軽々しく口外しないからな。 あの時は本の知識と誤魔化しただけだ」
「そっか……じゃあマンティコアと戦っている時、突然怯えだしたのは?」
「ああ、あれは我にガン飛ばしてきたから睨み返しただけだ」
「うは……じゃ、じゃあ検問の時は……」
「あれは少しばかし『人物魅惑』の魔法を使ってやっただけだ」
「凄い……魔術と違って、魔法って便利なのね」
やはりエルフなのだろう、頭の回転も早いようだ。
「ねぇ、いつまで待たせる気だい?」
サンドロ=アルベスの声が聞こえてくる。
「とりあえず後は我に任せておけ」
頷くティティアナ=カーノと風呂から上がり着替えをしていく。
「ルーちゃん、それ……防具なの?」
「ん、コイツか? 防具ではないな、我のために番が用意してくれた我のためだけの武器だ」
「番って……まぁそっかドラゴンだもんね……って、え! ええ!! も、もしかしてルーちゃんってば結婚してるの!?」
「うむ、そうだが?」
「そっか、それで元の次元に戻りたいんだね」
「うむ!」
「あとずっと気になっていたんだけど、その人形は?」
「コレか? コレは我の大事なネズミーマウスの人形だ」
「ふぅん、そんなにボロボロになっても大事にしてるって事は、それも旦那さんのプレゼント?」
「プレゼントといえばプレゼントだが、コレは初めて我が欲しがって番が買って貰ったものなのだ」
「なんだか羨ましいね、一度ルーちゃんの旦那さんを見てみたくなっちゃった……あ、もちろん変な意味じゃないからね!」
「ん、出会う事はないだろうが、番がもしティティアナ=カーノを気に入ったのなら勝手に結婚すればいいぞ?」
「はい?」
「強い雄に雌は集まるものだからな、現に番は我を入れて3人の妻がいる」
「あ、あははは……私は、その、遠慮しておこうかなぁ。 それと、私の事はティアって言ってくれると嬉しいな?」
「ふむ、わかった」
さて殺してはダメ、逆らってもダメだと言っていたな。 となるとどうする……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
サンドロ=アルベスが1人、ベッドの上で交尾の動きをしている。 その間抜けな姿を我とティティアナ=カーノが離れた場所から見ていた。
「彼に一体何をしたの? なんだか凄く生理的嫌悪感を感じる動きをしながら私の名前を叫んでいるんだけど……」
「『幻覚』の魔法だ。 今頃奴は幻覚のティアとの交尾に夢中になっているのだろう」
「うえぇ……幻覚の中で私はサンドロに穢されているのね」
「気にするな、所詮奴を相手しているのは幻覚だ」
「ル、ルースミア……」
……ん、我を呼んだか?
「おぉぉぉぉぉ、ルースミア! 可愛い、可愛いよぉぉぉ!」
「ぶっ殺す!!」
「ちょ、ちょーっとルーちゃん! 幻覚、幻覚、幻覚なんでしょ!」




