ルースミア、勇者を屈服させる
だいたいなぜ我がパワーセーブしてやらねばならないんだ!
飛来してくる氷柱よりも、斬りかかってくるホセ・イグナシオ=ルリよりも早く動く。
「なっ!?」
我の背後で氷柱が地面にぶち当たって割れる音が聞こえ、ホセ・イグナシオ=ルリが剣を振るよりも早く間合いを詰めて両の腕を押さえつけてやった。
「こ……の……」
腕に力を込めてきたようだが、その程度ではピクリとも動かせはしないぞ。
となれば当然蹴りを入れてこようとするのだが……
バキッバキッ!
それより早く我がホセ・イグナシオ=ルリの腕を握りつぶしてやる。
ホセ・イグナシオ=ルリの手からアルマダが落ち、た2本の腕は肘から先があらぬ方向に曲がる。
「くっ……馬鹿力め。 ラヒール!」
距離を取らずにホセ・イグナシオ=ルリが治癒の魔術を使う。
これこそ我が待ち望んでいた状況だった。
「貴様は大きな過ちを犯したな。 魔王にかけられた呪いを解いてやったのが我なら、同様に呪いをかけることも可能であるということを……呪詛」
「は……あ、うあ……あぐっ」
「魔王と同様の、しかもそれよりも強力な呪いをかけてやった」
ホセ・イグナシオ=ルリがヘナヘナと力無くその場に崩れる。
「勇者とは勇敢なる者、または勇ましい者なのだろうが、知恵は働かないのか? まぁいい。 いくつか質問に答えてもらおうか?」
1つ1つ疑問を訪ねていく。
一つめが何故帝国は力をそこまでして欲するのかだ。
だがホセ・イグナシオ=ルリが答えようとしない。
「答えんか……我は魔王ほど緩くはない。 我に敵対した者の末路は死だけだ!」
リストブレードの刃を伸ばして振り上げる。 呪いにより体に力の入らないホセ・イグナシオ=ルリは、ただジッと我を見つめている。
「待て! 待ってくれ!」
やっとお出ましか。
玉座の陰から皇帝が出てくる。
「貴様が我の問いに答えるのか?」
「ああ、答えよう……何もかも全てを」
「こ、皇帝……陛下……」
「よいのだホセ・イグナシオ=ルリ。 余がやり方を誤り、全てそなたに任せっきりにしていたのが悪かったのだ」
「妙な茶番はいい、さっきの問いを聞いていたのであればサッサと答えろ」
「わかった! わかったから待ってくれ!」
皇帝が静かに語りだす。 それはこの国の歴史だった。
そもそもこの世界は気がついたらあったという。 そして皇帝にはある日、幼少期の記憶どころか己の親すら知らない事に気がついたそうだ。
おそらくこれは創造神の娯楽で作り上げた世界故の綻びなのだろう。
当然そんな事を言いだせば気が狂ったとでも思われないと思った皇帝は、唯一無二の親友であるホセ・イグナシオ=ルリにだけこの事を相談してみたらしい。
いくら親友といえどさすがに最初は信じてもらえなかったらしい。 だが皇帝に言われてホセ・イグナシオ=ルリも過去を思い出してみると、今まであったと思っていた過去が嘘のように消えていき、皇帝同様に異常に気がついたのだという。
「故に余はこの世のどこかにとんでもない強大な敵がいるのだろうと思ったのだ」
ふむ……哀れには思うが、全て創造神の娯楽に作り出されたのが原因なのだがな。
その創造神もニークアヴォに囚われたせいで管理が出来なくなったが為に、このような状況が起きたのだろう。
だが疑問もある。
「なぜこの世のどこかに強大な敵がいると貴様は思ったのだ?」
煙のないところに火は立たない。 何かそういう場所なり遺跡なりを作ってあってもおかしくはない。
「我が娘イザベルが時折言うのだ『偉大なるお方がもうすぐいらっしゃる』とな。 最初はくだらぬ戯言と思っていたのだが、余自身が気づいていないだけで同じ様な事があるのでは無いかと信じる事にしたのだ」
なるほど、自分の時と照らし合わせたという事か。
「ではなぜ魔王を魔王とし、冒険者の中から勇者を祭り上げる様な事をした?」
「もしもイザベルが言う様な事が起こった時、少しでも力ある者を増やしたかった。 にもかかわらず冒険者は戦いを生業とするというのに、危険を犯そうとはしない!」
「ふむ、だがそう仕向けたのが貴様自身だと気づいてなかった様だな」
魔王を作り出し戦わせる。 そうすれば力をつけるものも増えるだろうと考えた様だが、魔王を倒せば平和が訪れ魔物がいなくなると言ってしまったのが間違いだったな。
どちらにせよだ。
「皇帝よ、もっと多くの人の言葉に耳を傾けてやっていればよかったな」
哀れとも思う。 だが我に関係のないことだ。
そこでふと思いだしたことを聞く。
「そうだ皇帝よ、なぜ魔王城に兵を送り込んだ?」
「なんのことだ?」
本当になんのことだかわからない様だ。
なのでイザベルの側近だかの男が兵を率いて魔王城に向かっていたことを話すと皇帝は初耳だった様だ。
「そんな馬鹿な! 誰か誰かおらぬか!」
少しすると1人現れてその者に状況を尋ねている。
更にそのあとイザベルも姿を見せた。
「イザベル、お前の指示だと聞いたが本当か?」
「ええ、本当ですわ」
「なぜその様なことをしてくれた」
「……偉大なるお方をお招きするには、魔王の命が必要だとわかったんです」
シャリーが言っていた。 魔王を死なせてはいけないと。 この事だったのか。
「お前の言う偉大なるお方とは何者なのだ」
「……この世界の滅亡ですわ、お父様」
皇帝もホセ・イグナシオ=ルリも驚いた顔をみせる。
「貴様は一体何者だ? あの時もわざと捕まったのだろう?」
「ええ、あなたに邪魔をされてしまいましたけど……ええと私は、何者なのかしらね?」
ケラケラ笑いだす。
シャリーがあちらへ向かったとはいえ、もし魔王の身に何かあったらマズい。
そして何よりもイザベルの存在は奴らと直結している様に思える。
「皇帝よ、自分の娘の始末は貴様がつけろ。 我は魔王の元に戻る」
「邪魔はさせませんわ!」
イザベルが床に落ちていたアルマダを手に取り、我を行かせはしないとばかりに立ちふさがってきた。
「ふふふっ……どちらにしても今からでは間に合いませんわ」
まるで別人だ。
「そんなに死に急ぎたいのならば貴様から殺してやろう!」
リストブレードの刃を伸ばして身構えた。
「待て! 待ってくれ! イザベルよ、どうしたのだ……いった……グフゥッ!」
安易に近寄った皇帝がイザベルの手にあるアルマダでひとつきにされた。




