ルースミア、お礼参りに向かう
さて、帝都に向けて絶賛飛行中の我だが、前方に人だかりが目に入った。
「アレは帝国の軍隊か? もしあの中にホセ・イグナシオ=ルリが居るとなると全員を相手にしなくてはならなくなるな……」
もちろん別にキツいとかそういう理由ではない。 ただ番に意思疎通のできる相手はよほどの事がない限り殺戮はするなと言われているから守っているだけだ。
なんでも全員が全員望んで戦おうとしているのではなく、仕事だから命令されて仕方がなくというものが多いからだそうだ。
まぁ集団でしか生きられない生き物は、そういった協調性やらが大切なのらしい。
「しかしそうなるとますますもってホセ・イグナシオ=ルリがあそこにいた場合、どうしたらいいか問題だな」
なので一度地面に降り立ち考える事にする。
仮にあそこにホセ・イグナシオ=ルリがいなかった場合、見逃せば奴らは魔王城に攻め込むのだろう。
だが今の魔王城は我が粗方兵士たちを殺してしまったため、主力は守護7魔将、それも5人しかいない。
とはいってもアーリーがいれば粗方空からのブレスで十分迎撃できると思う……
だがホセ・イグナシオ=ルリでもなくサンドロ=アルベスでもない、我が気になっている者がいる。
それはイザベルとジョルディ=べレンゲルだ。
特にイザベルは我の敵か味方かもハッキリせず、父親である皇帝と勇者のホセ・イグナシオ=ルリに対しても同様だった。
いや、今はその事はどうでもいいだろう。 それよりもあそこにホセ・イグナシオ=ルリが居るか居ないかだ。
番ならこう言う時どうしていた?
基本的に来るもの拒まず挑戦を受けていた我からすると、逃げるという考えやらは思いもよらないものなのだが、番と行動を共にしたせいでそれも随分と変わったと思う。
「ふむ……不可視化」
番ならおそらくこうするだろう。
次第に地上にいても集団が見えてくる。
先頭を進むのは黒馬に乗ったジョルディ=べレンゲルの姿だった。
そしてそのあとを続くのは普通の兵士たちだけのようで、ホセ・イグナシオ=ルリの姿は見えない。
しかもその兵士の数もたかだか3000程度、帝国の守りを考慮したと考えても少なすぎ、アレでは死にに行くようなものだ。
我の立つ横を次々と兵士たちは通り過ぎて行き、やがては見えなくなった。
「交渉……それはないな。 あの皇帝とホセ・イグナシオ=ルリがそんな事をするはずがない。 そもそもなんのために交渉するというのだ」
とにかくあの程度の数で魔王はやられないだろう。 今のうちにホセ・イグナシオ=ルリとサンドロ=アルベスを亡き者に……いや、違うな、くふふふ……いい事を思いついたわ。
ジョルディ=べレンゲルは放っておく事にして、我は再び帝都を目指して移動を開始した。
寝静まった夜に帝都に侵入した我は、まず最初に妖竜宿に立ち寄る。
シャリーもこの現状であれば協力的になるだろう。 そして案の定、妖竜宿に近づくとシャリーが入り口の前で待っていた。
「やはり我が来る事はわかっていたのか?」
「今はおぼろげですわ」
「奴らのせいか」
「そうですわねぇ、あまりにも先行きが変わりすぎるんですわ」
つまり枝分かれする未来がとんでもない量なのだろうな。
あの時、ジョルディ=べレンゲルと交戦や、一度魔王城に戻って警告だけしてやるなどの考えもあった。
「それで? これからホセ・イグナシオ=ルリの元に行ったらマズイのか?」
「あらぁ、ルースミア様が私に意見を聞く事なんて事があるんですわねぇ」
「答える気がないなら我は我のやりたいようにやるだけだ」
ここに寄ったのは間違いだったか。
「ルースミア様ぁ、今やろうとしているやり方でいいと思いますわ。 ただ、気づいていると思いますがぁ、重要な方を見逃してしまいましたわ」
「なんだと!?」
立ち去ろうとしたがシャリーの一言に足が止まり引き返す。
ここまでで我が見逃したものなど1つしかない。 ジョルディ=べレンゲルだ。
シャリーもシャリーなりに行く通りもの未来を見通しながら導き出したのだろう。
「それはホセ・イグナシオ=ルリとサンドロ=アルベスよりも優先するほどか?」
シャリーが目を閉じだす。 未来視しているのだろう。
「100通りほど見ましたけど、どれもあまり良くない結果ですわね」
「できるだけやれる事を急ごう……いや待て。 シャリー、貴様今だけ魔王城に居住を移せ」
珍しくシャリーが驚いた顔を見せてきた。
そして若干の間の後……
「お客様は来なくなってしまいますけどぉ、僅かにいい方向が見えますわぁ。 ……さすがですわね、破滅の象徴……いえ、古き神」
「その名で我を呼ぶな! 我は赤帝竜、ルースミアだ! もし次にその呼び名を使ったら貴様を葬るぞ!」
我の逆鱗に触れた事に気がつき、シャリーが若干怯えたような表情を見せた。
「わかりましたわ。 今回だけはルースミア様に従いますわ」
我はホセ・イグナシオ=ルリの元へ、シャリーは妖竜宿に戻っていく。
ホセ・イグナシオ=ルリは帝国の城のあの部屋にいるはずだ。
だがそこまでどうやっていくかが問題だ。
『俺はルースミアらしいところが好きだよ』
脳裏に番のそんな言葉が聞こえた気がして顔の筋肉が緩む。
そうだ、我らしく行こう!
城門の前まで来ると門番の兵士が我をジッと見てくる。 そしてすぐに慌てた様子で槍を突きつけながら仲間を呼びはじめた。
まるで最初からこれを見越して用意でもしていたかのように、ワラワラと兵士たちが集まる。
「おとなしくしろ! この国家反逆者め! ひっ捕らえろ!」
槍ぶすまのように突きつけられた槍に囲まれ、その隙間を手枷足枷を持つ兵士が我に近づいてくる。
「我の邪魔立てをすると、貴様ら全員【死の神ルクリム】の元へ送るぞ?」
突きつけられた槍に近づいていき、先端が我に触れる。
それを無視して更に進むと、我に当たっている槍を持つ兵士たちが力を込めてきた。
が……
「お、押し返されてる!?」
「こ、殺せー!」
そんな声が上がり、一斉に槍が我を狙って突いてきた。
もちろんそんなもので我を傷つけれるはずもなく、ガツッという音と僅かな衝撃だけが届いただけだ。
「用があるのはホセ・イグナシオ=ルリだけだ! 道を開けろ!」
そう吠えると兵士たちから臆病風に吹かれた悲鳴じみた声が上がりだす。 だが道を開ける気配はなかった。
ならば仕方がないな。




