ルースミア、ワームホールを抜ける
宿屋も直り静寂が戻るとシャリーが全員を個室に連れて行く。
「今の騒ぎで気づかれましたわ」
「我の口を塞いだ貴様が悪いのだろう?」
シャリーが悔しそうにぐぬぬとでも言いたそうな顔を一瞬だけ見せる。
「はぁ……どうやら私はルースミア様を少々侮りすぎていたようですわね。
もう、めちゃくちゃすぎですわぁ」
諦めたようにため息をついたあと、普段のおっとりしたシャリーに戻った。
さて今の騒動で間もなくここにも調査の手が伸びるだろう。
先程からずっと空気になっているが、デ・ラ・カルたちはどうするのか確認しなくてはならないだろう。
「貴様らはこれからどうする?」
「どうするって言われてもなぁ……」
「儂等も追われる身になってしまったからのぉ」
「でもあの時逃げなかったら処刑が待ってるだけだったわ」
結果的にとはいえ我にも責任がある。 このまま放置というわけにはいくまい。
それにまだ我が元の次元に戻る術は見つかっていないとなると、こいつらの手は借りた方がいいし保身も考えてやらねばならんな。
一掃のことこの国を……
「それはダメですわよルースミア様ぁ」
……だろうな。
かと言え魔王を我が倒し連れてきたとしても、帝国は間違いなく魔王を処刑する。
理由はわからんが魔王を死なせてもいけないらしいとなるとそれもダメだ。
「シャリー、貴様が全て招いた事だ。
このあとどうしたらいいか教えろ」
「それがですわねぇ……」
シャリーが言うには黒幕がいるのだそうだ。
それはどれだけの規模でどれだけの人数がいるのかはわからないが、シャリーに関係する奴らを信仰する者がいるらしい。
そいつらのせいでシャリーもまた身動きがとりにくいのだそうだ。
「そいつらを探しだしてぶっ潰せばいいのだな?」
シャリーは曖昧な返事を返してくる。
「俺らにはよく分からないが、とりあえず今はここを離れるべきじゃないのか?」
「そうは言ってもどうやって抜け出す気じゃ? どこに行こうが儂等はお尋ね者じゃぞ」
帝国を滅ぼすのもダメで魔王を死なせてもダメなのであれば、身を寄せられる場所は1つしかない。
「一旦魔王のもとに身を寄せる」
その黒幕とやらの情報がない以上、今は一度考える時間と場所が必要だ。
敵対関係を見る限りでは魔王の場所が1番無難だろう。
「まじでいってるのかルースミア!?」
「魔王は人の敵じゃぞ!」
「……敵の敵は味方」
クリストはすぐに我の考えを悟ったようだ。 ローブの裾を抑えながらだったが……
「そうは言うが……」
そこで個室の扉が勢いよく開く。
「シャリーさん帝国の兵士たちがお店の前に集まってきていますがどういたしましょうか?」
荷物を抱えたカイが報せにきた。
やはりこの不可思議空間に長くいるせいなのか、慌てている様子も見せずにきちんと用件を伝えてきている。
「今お迎えにあがりますわぁ」
「おい、我らはどうする」
シャリーが手を動かすと南側の壁がボヤけて見えるようになる。
「なにこれ! なんか壁がボヤけてるよ!?」
「ワームホールか」
ニッコリ笑ってシャリーはカイが持っていた荷物を驚いているデ・ラ・カルに渡す。
「あとで見るといいですわぁ」
早く行けという意味なのだろう。
だが荷物の準備がしてあったという事は、シャリーにとって段取り通りなのだろう。
「貴様ら急いで行くぞ!」
返事は待たずにワームホールの中に入り込む。
わけもわからないまま、デ・ラ・カルたちもあとに続いてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャリーはワームホールに入って姿が見えなくなったルースミアたちを確認すると、また手を動かしてその入り口を閉じる。
「カイさんは仕込みの方を続けて頼みますわぁ」
「はい、シャリーさん」
カイがまず個室を出て行き、扉を押さえてシャリーが出て行くのを待ってから厨房の方へ戻っていった。
シャリーが宿屋の入り口に向かい兵士たちの姿を見ると一度会釈をする。
「ようこそ妖竜宿へ。 ご用件は宿泊ですかぁ? それともお食事ですかぁ?」
普段通りかはさておき、シャリーが挨拶をすませ顔を上げると、兵士たちの先頭にはジョルディ=べレンゲルが立っている。
「立ち入り調査だ。 先程こちらから爆発じみた音がしたと報告を受けた」
「あらぁそうですの? ご覧の通り宿屋はなんともなっておりませんわぁ」
「……改めさせてもらう」
ジョルディ=べレンゲルは兵士たちに指示をだして妖竜宿を調べはじめた。
客室1つ1つ全て周り、厨房の中も入って床下も叩いて調べている。
当然食堂も調べられ個室にも手が伸びた。
だがどこを調べても怪しい場所は見当たらない。
残すはお酒などを置く倉庫だけとなった。
ジョルディ=べレンゲルが倉庫の奥へと向かうと1番奥に扉が見つかる。
そこには鍵がかけられていた。
「ここを開けろ」
シャリーは言われるままに扉の鍵を開ける。
中にはベッドとテーブルに椅子、それと細々したものが置いてあった。
中でも目を引いたのは人の様な彫像だ。
顔に当たる部分には目も鼻も口も無く、うずくまった格好をしている。
「この部屋はなんだ?」
「私の私室ですわぁ」
改めて見回せば確かに化粧道具なども置いてある。
ジョルディ=べレンゲルがコンコンと壁や床を叩いてみるが特に怪しいところはない。
「この彫像はなんだ?」
「これはお客様からの預かり物ですわぁ」
ジョルディ=べレンゲルが手を伸ばした手をシャリーが止めてくる。
「こちらはお代を頂いて預かっているものなので、触れないでいただきますわ」
ジョルディ=べレンゲルは一瞬怪しんだが、目的とは関係なかったためおとなしく手を引っ込めた。
「協力感謝する」
そう言ってジョルディ=べレンゲルたちは宿屋を立ち去っていった。
その姿を見送ったあとシャリーはため息を1つつく。
「アレは無事な様で良かったですね」
笑顔を見せながらカイが姿を見せてくる。
「ええ、流石にアレを起動されてしまったら私でもどうにもならないかもしれなかったですわぁ」
「ええっ! シャリーさんでもなんですか!?」
シャリーはふふふと妖艶な微笑みを浮かべてその場を離れていき、1人きりになったところで独り言をつぶやく。
「アレを知りたければワールド・ガーディアンを見ると良いですわぁ」




