ルースミア、しつこい愚か者に天誅を下す
アルバールを押し除け、カルの前に立った我がサンドロ=アルベスと向き合う。
「ルースミア、君とも戦うつもりはないんです。 離れていてください」
「そうはいかんな、コイツらに死なれると我が困る」
「どうしてもどかないというのなら……」
サンドロ=アルベスが我に剣を向けてきた。 つまり我に牙をむくということになる。
「よかろう、誰に向かって牙を向いたか己の身をもって知るがいい!」
「ならば仕方ありませんね……」
サンドロ=アルベスも覚悟を決めたようで剣を振り上げてきた。
初撃を手甲のようにみえるリストブレードで受け止め、爪のようにみえる2本の刃をシャコッと伸ばして反撃に移ろうとしたその時だ。
「ルースミア! サンドロを殺さないでくれ!」
「あ!?」
カルの叫ぶ声が聞こえてきた。 その声に迷いが生じている間にサンドロ=アルベスの一撃が迫る。
手甲部分で受け止めるのもいいが、サンドロ=アルベスの方はそれでは止まらないだろうな。
だからリストブレードでサンドロ=アルベスの剣を斬りつけることにした。
サクッと鉄同士がぶつかり合う音もしないでサンドロ=アルベスの剣が切れて3分割された剣先と剣の腹部分が地面に落ちた。
「なっ!?」
振り下ろしたサンドロ=アルベスの手元には元の長さの半分以下になった剣の握り部分と根元を残したままになる。
「殺すなとはどういう事だ貴様!」
「……サンドロはあんな奴だけど、俺たち同じ村の生き残りなんだ」
ぬるい! ぬるすぎる! 我に牙をむいたというのに、そんな理由で止めるのか!
「怒る気持ちはわかるが、儂からも頼む。 数少ない同郷の奴が殺されるのは見たくないんじゃ」
貴様は事されかけたんだぞ!?
「……お願い」
クリストもそう言い、ティアも我に頷いてきた。
「貴様はどうなんだ? サンドロ=アルベス」
剣が簡単に折れた事に驚いた顔のまま見つめてくる。
「反動もなかった……」
今の話を聞いていなかったのか、自身の折れた剣とリストブレードの刃を見比べているだけだ。
「サンドロ、いい加減に目を覚ませ!」
「うるさいんですよ! いつもいつもそうやって偉そうに……僕の方が強いのに、それになんでカルなんですか!」
「何がだよ」
「ティアですよ」
色恋沙汰のいざこざという奴だ。 ティアがカルに好意を寄せているのがサンドロ=アルベスは納得がいかないようだ。
まぁこんな性格だから好かれないのも当たり前だな。
「ティアが? 俺の事を?」
「そうですよ! なんなんですか? 鈍感なフリでもしているんですか? ティアの態度は見ていてあからさまじゃないですか!」
そうなのか? とでも言いたげにカルがティアを見つめると、ティアは覚悟を決めた様子で頷いていた。
「なんでカルなんですか! あの時君を抱いて、あんなに愛し合ったというのに、なんでカルなんですか!」
幻覚の魔法の時の事か。 幻覚は所詮幻覚、己の望むような幻が見れる。
幻覚の中のティアはサンドロ=アルベスの望むような態度でも見せたのだろう。
「ルースミア、君もです! あんなに……」
「ぶっ殺す!」
残った片腕のリストブレードの刃も伸ばす。
慌てた様子でカルが止めてきた。
「えっと、どういう事だ? ティアとルースミアはサンドロと……その、したわけなのか?」
「するものか!」
「まだ誰ともした事ないわよっ! ……あ」
余計な事まで口走ったティアは手で口を押さえて顔を真っ赤にさせている。
「嘘ですよ! 僕はあの日2人を抱いたんです!」
いい加減にこのやりとりも飽きたし、後方のダイアウルフに気づかれかねん。
そう判断した我は種明かしをする事にした。
「貴様が抱いたと思ったのは我が見せた幻覚だ。 貴様は1人で悶えていただけだ」
え? と当然ながら訳がわからないという反応を見せてくる。
「我は魔術ではなく魔法が使える。 この次元には存在しない魔法をだ。 その魔法の中にある幻覚の魔法で、貴様はただ幻を見たにすぎん」
「気がつかなかった? あの日、朝サンドロが起きた時には私もルーちゃんも服を着ていたし、ベッドにいなかったよね?」
今度は思い出すようにサンドロ=アルベスは首をかしげている。
「あれは僕が起きる前に着替えを済ませていただけでしょう?」
「だからぁ……」
コイツのアライメントが悪なのは変わりない。 カルたちのように信用は出来ないな。
そっと我はサンドロ=アルベスにある魔法を行使しておいた。
「とにかくサンドロは私とルーちゃんとは何もなかったの。 それとね、私がサンドロじゃなくてカルを選んだのはサンドロが相手の気持ちも考えないで自分勝手だからだよ」
ティアがサンドロ=アルベスにハッキリと拒絶の意思を示すと、サンドロ=アルベスはガックリと膝をついた。
「もう俺たちに関わるな。 お前なら1人でも冒険者としてやっていける」
「わかりました、もういいですよ……それならば帝都に戻って、あなたたちに魔王とつながりの疑いありとでも報告しておきますから」
「そんな事したら私たちはティアの」
「間違いなく取り調べ、という名の拷問を受けるでしょうね」
「お前!」
その時丘の方から遠吠えが聞こえてくる。 どうやら気がつかれたようだ。
「マズい! 気がつかれたようじゃ!」
「我に任せておけ」
ずいっとサンドロ=アルベスを押しのけて丘の方に体を向ける。
本来我には呪文詠唱も発動詠唱も必要ないが、魔法を使ったとわかるように発動詠唱を口にしてやろう。
それも魔法の中でも最も派手なやつでな。
「我が手より放たれよ! 数多の火球よ、流れる星のごとく降り注ぎ灰塵と化せ!
流星群!」
丘に向かって伸ばした手からボールほどの大きさの火球が8つ出現し、およそ予想立てた場所に向かって放った。
勢いよくすっ飛んでいった火球が丘にたどり着くと大爆発し、さらにそこから4つほどに分裂して爆発を起こしていく。
丘の辺り一面火の海になったあと、煙で真っ白になった。
どれだけいたかわからないが、この魔法の影響範囲にいて無傷でいられる奴はまずいないだろう。 仮にいたとしてもこの惨状を見たら逃げ出すであろうな。
「す、すげぇ……」
ほとんどの者が呆然とその様を見ている中、カルだけがかろうじて声をだした。
「これで依頼も解決したな……さて」
そういった後振り返ってサンドロ=アルベスを睨みつける。
「サンドロ=アルベス、貴様は『我に害となりうる行為全てを禁ずる』」
「な、何を言っているんですか?」
「強制、という魔法だ。 今の魔法を見たのなら我が嘘を言っているのではない事はわかると思うが、もし他者に話したりすればまず貴様の身体は激痛を感じるはずだ。 その警告を無視すれば無害な生き物に変化する」
「な、なんともえげつない魔法もあるんじゃのぉ」
一応制約には入ってないが、ついでにカルたちを貶めるような行為も我が含まれると警告しておいた。
まぁサンドロ=アルベスが言ったように、魔王とつながりの疑いに我を含めれば制約の効果は発揮するだろうがな。
ちゃんと理解したのかはわからないが、サンドロ=アルベスは1人1人を睨むように見たあと立ち去っていった。
サンドロ=アルベスがいなくなってしばらくのあいだ、カルたちは黙り込んでしまった。
別に殺してはいないし、今後邪魔立てさえしなければ普通に生きていけるのだが、彼らもおそらくサンドロ=アルベスの性格上無理だと感じているのだろう。
「いつまでそうしている気だ?」
我は帝都で魔王と会うかもしれないのだ。 ここでちんたらして会えなくては困る。
「サンドロは死んだわけじゃない、あとはアイツ次第だ。 俺たちはルースミアとの約束を守るとしよう」
「……そう、だよね」
その最中、アルバールは我に斬られて地面に落ちたサンドロ=アルベスの剣を眺めていた。
そういうところはやはりドワーフなのだろうな。
「どれだけ質が違えば剣がこんなになるんじゃ……」
「番がプレゼントしてくれた我の武器は、神鉄アダマンティでできている。 しかも【鍛冶の神スミス&トニー】が作った代物で、我を傷つけれるほどのものだからな。 サンドロ=アルベスのただの剣などただの紙切れと変わらんな」
「……傷つかない?」
クリストが驚きながら聞いてきた。
「試すか?」
「……いいの?」
「お、おいクリスト」
止めようと口では言うが、カルも気になっているようだ。
腕を出すと、クリストが懐からダガーを取りだして、必要ないというにティアに治療の準備もお願いしている。
「……ゴメン、なさい」
目をぎゅっと閉じながらシュッと腕にダガーを滑らせてくる。
ダガーは突くための武器だとカルに教わっている。 にもかかわらず斬ってきたという事は不安からだろう。
「……あ、あれ?」
「どうしたんじゃ!? やっぱり斬れたんじゃろ?」
「……ホントに斬れない」
「ぇえっ!!」
クリストが斬ったと思われる場所を4人が眺めてくるが、我の腕には傷1つない。
人の形をしていると鱗は皮膚のようになって柔らかい。 だがそれでも我の鱗に変わりがないのだから当然だ。
「そういえば昨日ルーちゃんに会った時、ローブはボロボロになってたよね?」
「何度も斬りつけられたからな……そうだ! 早く戻ってネズミーを直せ!」
「あ、そうだったね」
「んじゃあ、討伐の証拠持っていかないとな」
「残っとるかわからんがな」
オーガのいた丘へ向かうと、焼け焦げたおそらくダイアウルフ12匹分とオーガの4体分の死体が転がっている。
爆発のせいで飛び散ったものもあって正確な数はわからない。
大地も焼け焦げて植物も燃えてカスになっていた。
「てっきり炭にでもなってるかと思ったけど、そこまでではなくて助かったな。 これなら証拠も問題なさそうだ」
証拠を集めてその足で帝都に戻る。 また数日の移動だ。