ルースミアと守護7魔将
その日のうちに帝都を出て南を目指して移動中なわけだが、いかんせん魔王の住処の場所が曖昧すぎる。
帝都を離れて数日後になって初代勇者のホセ・イグナシオ=ルリに居場所を聞いてくればよかったと後悔した。
だがそれでも戻らなかった理由、それはホセ・イグナシオ=ルリに貸しを作りたくないからだ。
そんな事を考えながら飛行の魔法で移動していくと前方に綺麗に整列している黒い塊の軍勢が見えてきた。
アレは帝都に向かう魔王の軍勢か? ならばあそこに魔王がいるかもしれないな。
着地して軍勢の方へ近づいていく。
スケルトン? 悪鬼ではなくアンデッドの群れなのか?
重装備のスケルトンの群れは整列したまま動く事はなく、代わりにまだミイラ化して肉がだいぶ残ったリッチが我のそばにやってきた。
リッチは年月が経つと骨だけになり、その骨すら風化が始まると寿命になる。 つまりこのリッチはミイラ化しているが肉も髪も残っているからまだまだかなり若い。
「小娘よ、むざむざ殺されにでも来たのか? それとも皇帝の使いの者か?」
「貴様が魔王なのか?」
「儂はハビィ=モンテシーノス。 魔王様の側近の守護7魔将の1人よ」
「そうか、ならば貴様には用はな……いや待てよ、おい貴様、魔王の居場所がどこか教えろ」
リッチがカッカッカッと笑いだす。
「小娘ごときが魔王様に何の用だ?」
「下僕の貴様に言う必要はない」
「ホホォ、可愛い顔をしているというのに随分と口の汚い小娘よのぉ」
顎を忙しなくカリカリと掻きながらギョロっとした目玉をキョロキョロさせて何かを考えあぐねているような仕草を見せてくる。
「……そうじゃな、儂の作り出したアンデッドを倒せたら教えてやってもいいぞ?」
リッチはそう言うと1体のスケルトンを我の前まで来させ、どうじゃとニヤつきながら聞いてきた。
肉がまだあるためこのリッチの表情が見て取れる。
てっきり全部を相手かと思ったが1体だけか、この程度ならリストブレードも必要ないな。
「約束は守れよ?」
「カッカッカッ」
笑ってごまかしたか。 まぁその時は貴様が後悔する羽目になるだけだがな。
正面まで歩いてスケルトンに向かうと、リッチは我が素手のままなのを見て声をあげて笑って見ている。
「——ふんっ!」
だいぶ力は抑えたが、バキャッと音を立ててスケルトンが身につけている鎧もろとも木っ端微塵に吹き飛んだ。
その様を見ていたリッチは笑っていた口はそのままに、笑い声がなくなり残り少ない髪の毛がハラハラと落ちながら我の方にゆっくりと顔を向けてきた。
「こ、小娘……何者だ!」
「我が誰かなどどうでも良い、それよりも倒したのだから約束は守ってもらうぞ?」
たかだかスケルトンを粉微塵にしただけだというのに何をそんなに驚く事があるというのだ?
しかも驚いたままで魔王の居場所を一向に口にしようとしないとは。
「おいっ!」
「……はっ! お、お前らその小娘を殺せ!」
「貴様! 約束を反故にする気か!」
とっ捕まえてでも魔王の居場所を吐かせてやる!
そう思った直後、リッチの姿が消えていってしまい、後には残り少なくなってきていた頭髪がハラハラと地面に落ちていく。
魔導門……じゃない、テレポートか? どちらにせよ逃げられてしまった。
——ゴスッ!
頭に何かが当たる。 振り返るとスケルトンが我の頭に剣を叩きつけていた。
更には他のスケルトンたちも我に向かって一斉に剣を突き刺してくる。
「反故した挙句これか……」
ティアと交換したローブと服に穴が開いたのが見える。
ふ、服が! ネズミーのプリントされた我の服が! そうだった、守護のローブはティアのローブと交換していたのをすっかり忘れていたとは……
ネズミーの服が穴だらけになっている事に衝撃を受けている間も、スケルトンらは我をやたらめったら剣を振り回し続け、ローブと服がボロ切れと化していく。
「この……この、大馬鹿者どもがぁぁぁあ! ネズミーの服はもう入手できないんだぞ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辺り一面変わり果てたスケルトンで埋め尽くされている。 その数1万体分はあるだろう。
誰がやったかといえばもちろん我だ。
そして……大事にしていたネズミーの人形も変わり果てた姿になっている。
「わ、我の……我のネズミーが……」
気をつけていたとはいえ、ところどころから綿が飛び出していた。 それを指で押し込んでいき、ネズミーを撫でながら済まないと謝る。
とある事象が起こり、番の元の世界に行ってしまった時に1年ほどそこで暮らした。
いろいろとしきたりやルールがあり、堅っ苦しい世界ではあったが、美味しい餌と番と一緒にのんびり暮らせて楽しかった。
いろいろな場所にも連れて行ってくれたが、夢の国とかいうネズミーランドがすっかり気に入ってしまい、この人形を番にねだって買ってもらった。
財宝以外でこんなにも物を欲しがったのは生まれて初めてだった。
番は喜ぶ我の姿を見て、満足そうな笑みを浮かべながら我の頭を撫でてくれた。
気がつけば我の目には涙が溢れていた。
「サハラ……主に会いたい……」
ネズミーの人形を見つめながら、どれだけそうしていたのかわからないが、気がつくと隣にティアが座っていた。 見回すとカルたちもいた。
「ルーちゃん……大丈夫?」
「どうしてここに来た、危険は冒さないのだろう?」
カルが頭を掻きながら答えてくる。
「ルースミアはもう俺たちの仲間だからな。 放ってはおけなかった」
「うむ、儂らじゃ何の役にもたたんかもしれんがのぉ」
「……ウンウン」
なぜだ、命の危険を冒してまでは仕事をしないこの次元の冒険者が、今は命の危険を冒してまで手伝うといってくるとは。
「私たち、ルーちゃんについていく事にしたよ」
きっと我が番との思い出に浸っている時だったからだろう。 ティアやカルらの言葉がすごく嬉しく思えてしまった。
「……感謝するぞ」
「ぷっ、あっはははは、礼を言うなんてルースミアらしくないぞ?」
「……照れてる」
「そうじゃな、もっといつものように威張り腐ってくれないとこっちも調子がでんわい」
「我だって感謝ぐらいするわ!」
カルたちが声をあげて笑ってきた。
「しかしこれ……全部スケルトンソルジャーだよな」
カルは我が倒したスケルトンを調べていた。
どうやらただのスケルトンだとばかり思っていたが、スケルトンソルジャーというやつらしい。
「うむ、もしこの数でこいつらが帝都に攻め込んできていたかと想像するだけでゾッとするわい」
「……さすが」
「そのスケルトンソルジャーという奴はそんなに強かったのか?」
「えっと、私たちなら2体か3体が精一杯……かな?」
「1〜2体じゃろ」
「それでギリ仲間を死なせない数だな」
「ふむ……」
どうやらあのリッチが帝都に進軍をしている奴らだった様だ。 つまり我は偶然にも帝都を救ってしまった事になってしまった。
だがおかげでカルたちや魔王の連中の強さも垣間見れたな。
その日はもう日も落ちていたからスケルトンソルジャーから離れた場所で野営することになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、朝から移動を開始ししたが一向に町に着く様子がない。
「帝国と言ってるが他に町はないのか?」
「いや、あるにはあるが俺たちが出て行った方角は南方だろ?」
うむ、それのどこか問題あるのだろうか?
カルが地図を取り出し我に見せてくる。
「これは帝国領の地図で、今いる場所はこの辺りだ」
なるほど、魔王のいるとされる場所に町などあろうはずはないわけか。 それにスケルトンソルジャーがいた時点で町があったらとっくに襲われているはずだな。
つまりこの先は魔王の領土の様なものな訳だったのか。
「貴様らは今からすぐにでも引き返せ! てっきり町でもあるものだとばかり思っていたぞ!」
そう我が叫んだ直後、上空が暗くなった。
「逃すとでも思っちゃってる?」
声が聞こえた方角、つまり上空を見上げればドラゴンの姿がある。
10メートル程度の大きさからして成竜ほどといったところか。
「ブ、ブラックドラゴン!」
「な、なんちゅうデカさじゃ!」
「……キュッ!」
まぁ人種から見ればデカいだろうな……というかクリストめ、杖を握りしめた音を自分で言うとはなんとも可愛い奴だ。
「あたしは守護7魔将が1人、ブラックドラゴンのアーリー。 ハビィの爺さんの軍勢を骨抜きにしちゃってくれたのって、あんた達なわけ?」
「こいつらではなく我だ」
「1人でアレだけのスケルトンソルジャーを倒したなんてありえないんですけどぉ? とんだ嘘つき野郎よねぇ。 あ、女だからビッチだったぁ?」
この次元にいくら神が存在しないとはいえ、眷属の神格たる我をここまで愚弄してくるとは……
「貴様らは離れていろ」
「で、でも……」
「いいから離れろと言っているのがわからないのか!」
「ティ、ティア、言われた通りにするんじゃ!」
離れていく4人が安全であろう距離まで離れたのを確認してからアーリーと名乗った小娘を睨みつける。
『貴様が相手にしている相手が誰か、その身をもって思い知るがいい!』
『ちょ、ちょっとぉ、なんで竜語……』
言い切らせる前に本来の姿に戻る。
ホバリングしている小娘の顔の真正面から睨みつけた。
『い! え? な! 何それ! 嘘? マジ? ヤバくない?』
嘘でもなんでもない。 ドラゴンは年齢を重ねることで体も大きくなる。
今ホバリングしながら我の正面にいるブラックドラゴンは、我の頭より僅かに大きい程度だ。
慌てたブラックドラゴンは逃げ出そうとしたが、それより早く大きく口を開けて殺さない程度に噛みつき地面に叩きつけた。
さすがに眷属を殺すことには抵抗がある。 それにビッチ呼ばわりした謝罪をさせねばならないし、魔王の居場所への道案内もさせられる。
ベチャっと潰れたトカゲのようになって動かなくなったブラックドラゴンを確認してからカルたちの方へ顔を向ける。
案の定驚いた顔を4人とも見せていたが、怯えたりしている様子は見せていない。
むしろ……
「それがルーちゃんの本当の姿なの?」
「うむ」
「ルースミアに挑む冒険者って絶対にただのバカだな」
「だがそれに見合うだけの財宝を持っているぞ?」
「いくらなんでも死にに行くだけじゃろが」
「……し、死ぬ」
意外にも我とわかっているからとはいえ平然と会話までしてきた事には驚いた。
とりあえず人の形に戻っておくとするか。
更新が遅れて申し訳ありませんでした。
今後も不定期になりますが、最低週1で更新していきます。