デ・ラ・カルたちの決断
新章です。
ルースミアが出て行った。
妖竜宿の個室に残された俺たちは黙り込んだままだった。
その静寂の中、最初に声をあげたのは意外にもいつもおとなしく黙っているクリストだった。
「……カル、みんな、僕、ルースミアを手伝ってあげたい」
もちろん俺だって短い期間だったとはいえ、ルースミアとの約束を破ってしまった事による負い目は感じている。
だがルースミアが向かう先は魔王のいる場所だ。
もし牙を剥かれたら俺たちなんか一瞬で粉微塵にされかねないし、何よりもそんな死ぬような場所にティアを連れて行きたくはない。
「クリスト、それがどれだけ危険な事か分かって言ってるのか?」
「……ウン、だから僕1人でついてくつもり」
「なんでじゃ? お前さんがそこまでする理由……っ! まさかお前さんルースミアに恋でもしたか!? ダメじゃぞ! ルースミアは人妻じゃぞ!」
「……違う、探究心、恋じゃない」
冒険者になる職業にはいろいろあるが、武器を手に戦う戦士やティアやクリストのように白魔術士黒魔術士がいて、俺のようなローグや中には狩人上がりの奴や国勤めだった騎士が解雇され冒険者になる場合もある。
行商する商人だって冒険者ギルドで行商ついでに輸送の依頼を受けたりしている。
そのいろいろな職業の中で、黒魔術士だけは少し違う。
白魔術士は治療魔術があれば、日銭を稼いで生きていくことも可能だ。 だが黒魔術士が扱える魔術は日常ではほぼ使い物にはならない。
それでも敢えて黒魔術士を目指す理由は今までわからなかったが、討伐やらの依頼をメインにする俺らのような冒険者には心強い味方だ。
おそらくクリストが今言った探究心が答えなんだろう。
「とか言ってるけど、クリスト顔赤いよぉ〜?」
「……はうっ!」
……どうやらそれは俺の思い過ごしだったか。
「でもね、私もさっきはああ言っちゃったけど、やっぱりルーちゃんを放っておけない」
「むぅ……確かにそうじゃのぉ」
3人が次第にルースミアの手助けする方に考えが纏まりつつあるように見える。
俺は……どうなんだ?
ルースミアを放っておけない気持ちは俺も同じだ。 だがそこまでして危険を冒す理由がわからない。
「カルはどうなの? さっきから黙りこくっちゃって」
「ああ……」
ティアが俺の事をどう思っているのかはわからないが、俺はティアには死んでほしくはない。 正直に言うとあの馬鹿でかいジャイアントリザードから逃げてルースミアが転んだ時、ティアが立ち止まったから俺も立ち止まったようなものだ。
そう考えれば俺もサンドロと変わりないな……
だが今はどうなんだ? 約束だけの為なのか?
「それにさ、私思うんだ。 ここに魔王が攻めてくるのなら、たぶんルーちゃんのそばにいる方が安全なんじゃないかって、なんてね」
「それは……あるかもしれんのぉ」
確かにそうかもしれないが、それ以前にルースミアはその本拠地を目指している事を忘れていやしないか?
仲間の目を見ると既に行く気でいるようだ。 まるでついこの間までと違って見える。
俺だけがおかしいのか?
「どうじゃカル、いっちょ賭けに出てみんか?」
「みんながそれがいいと思うのならそうしよう」
腹の中では疑問だらけだ。 だが仲間が、ティアが行くというのなら俺もついていかないわけにはいかない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話も決まり、急いでルースミアを追うことになった。
「まだ小一時間程度だ。 半刻で長距離移動の準備を済ませて後を追うぞ! アルバールは道具、ティアとクリストは食料を頼む。 集合は南門だ」
「カルは?」
「俺はここの支払いと念のための小道具の用意だ。 わかったら各自行動に移ってくれ!」
やるべき事が決まった時の仲間の行動は早い。 頷くが早いか個室を出ていった。
1人残った俺が支払いに個室を出ようとするとこの宿屋の女主人のシャリーが扉を塞ぐように立っていた。
胸はデカくおっとりとした顔をした美人だが、代金の支払いだけはうるさいと聞いている。 これだけの美人だというのに独身で、食堂以外は1人で宿屋を切り盛りしている。 告白するものは多いが、全て断られているらしい。
「個室を貸してくれて感謝するよ」
「個室で良かったでしょう? うふふ」
まるで知っていたような答えが返ってきた。
「すまない、ちょっと急いでるんだ、代金はいくらだ?」
支払いを済ませて妖竜宿を出ようとする。
「貴方の疑問に対する答えは、このまま行けば見つかりますわぁ」
「え?」
シャリーはうふふと髪の毛をたくし上げながら妖艶な眼差しで俺を見つめてきた。
「何か知ってるのか?」
「それは、秘密ですわぁ」
問い詰めたいところだが、今はやるべき事がある。
気にはなったが準備の為、妖竜宿を後にした。
俺の疑問……求めている答え……それがルースミアから教えてもらえるっていうことなんだろうか?
準備を済ませている間も考えながら仲間が集まる南門に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルースミアの後を追いかけて移動していく。 滅多にすることがない夜間の強行軍だ。
というのもルースミアには睡眠が必要ないとティアが教えてくれたためだ。
休憩もギリギリまで抑えて追いかけていった。
そしてその追跡は数日にも及び、半ば諦めかけていた頃になってやっと追いつくことになる。
「ね、ねぇ、アレってもしかしてルーちゃんじゃない?」
「間違いなさそうだ」
「やっとこ追いついたわい」
「……泣いてる」
確かにクリストの言った通り泣いているようにも見える。
「私に任せて」
俺たちがかなり近づいているというのにルースミアは気がついていない。
ルースミアはティアに任せて俺たちはルースミアの後ろにある、とんでもない数の砕けたスケルトンソルジャーの成れの果てを見て、ただただ驚愕するしかなかった。