ルースミアと魔王の宣戦布告
魔王よりも気になった者だ、魔王を倒す為のただの謳い文句なのかもこれでわかる。
「いくら恩人といえど皇帝陛下に向かってその物言い! 無礼千万であるぞ!」
「そうだ! 先ほどから黙って見ていれば小娘が偉そうにしおって!」
いちいちと喋り方程度でうるさい奴らだ。 番もおらず、人種の協力も必要なければ国もろとも貴様ら全員を殺してやるところだぞ。
「そこまでだ、お前らは少し黙っていろ」
声のトーンが変わったな、そんなに聞かれたくないことだったか?
「娘よ、会ってどうするというのだ?」
「さてな、興味があっただけ……ん?」
「ぬっ?」
突然、我と皇帝の間にエーテル界を繋ぐ空間が現れ、そこからコウモリの翼を生やした雌が1人姿を見せてきた。
騎士たちが一斉に抜刀し皇帝を守る様に立ち並ぶ。
「うふ、こんなに大勢に見つめられたら興奮しちゃうわぁ。
お初にお目にかかりますわ、ルルアガ帝国皇帝陛下。
私、魔王様の守護7魔将バール様の側近のリリスと申しましてよ。 ってあらいい男、私の好みだわ」
優雅にお辞儀をして見せてはいるが、顔は獲物を確認しているようにも見える。 その姿はやたらと露出の多い格好をしていて、局部をギリギリ隠す程度だ。
なるほど、コイツがハゲタカが言っていたハゲタカの親玉か、どうでもいいことだが、あそこまで肌を露出するのであれば服など必要無いと思うのだが……
しかしこれはマズイな。 もしここでハゲタカを殺した我の情報が悪鬼から入っていたら即座に戦いにでもなりかねん。
「魔王の部下が何用か」
「実はぁ、先ほど帝都にうちのバカの1人が悪戯をしちゃったみたいなんですぅ。 これはぁ、魔王様の意図するものとは違うのでぇ、もし宜しければ、無かったことにして痛み分けにして欲しいって事なのぉ」
ハゲタカが勝手に帝都を襲ったというわけか。 それでハゲタカは殺されたのだから、おあいことでも言いたいのか?
しかしこれはまるで皇帝と魔王が結託している様にも見えるではないか。
それにデ・ラ・カルが前に帝都は襲われた事がないと言っていたな。
「貴様の言っている意味がよくわからん」
「つまりぃ、人族も被害はあったかもしれませんがぁ、こちらも私の僕のブロックが殺されたからあおいこで済ませましょうって言ってるのよん」
「勝手に帝都を襲い、その襲った魔王の手下を殺して何が悪い。 それであおいことは片腹痛いわ!」
ほぉ、我を突き出さないか。
このリリスとか言う魔王の手下は最初からルルアガ帝国に宣戦布告をしに来ただけのようだ。
「うふふ……そうなるとぉ、一戦交えるしかないようですわねぇ?」
「貴様らに屈する我々ではない」
「そう……ならぁ、せいぜい残り少ない余生を楽しむといいわぁ」
そういうとリリスとか言う悪鬼は皇帝に投げキッスをしてからエーテル界に消えていった。
「ま、魔王が、魔王が攻めてくる……」
「終わりだ……」
「陛下、直ちに撤退を」
「何を言う! 魔王軍など我ら騎士団が1匹残らず打ち殺してやるわ!」
完全に消えて無くなると、静まり返っていた謁見の間が今度は打って変わって大騒ぎがはじまりだした。
もはや我の事などどうでもよくなったようだな。
「こちらへ……」
騒ぎが広がる中、1人の雌が我の手を引いてくる。 顔を向けるとイザベルだった。
謁見の間を抜けてしばらくおとなしくついていくと、他とは比べ物にならない豪華な扉の前で立ち止まった。
「先ほどは助けていただいたお礼もせず申し訳ありませんでした」
なぜ部屋に入る前に礼を言ってくる? ここに何かあるのか?
「我は起こしただけで何もしていない」
イザベルは微笑みながら首を振る。
「あなたがあの悪鬼を倒したのを私は見ていたんです。 この事は1人の方にしか言ってません」
見られていたのか、この含みのある言い方からしてハゲタカとの会話も聞かれていたのか?
いや、会話ができるのは見られていたかもしれないが、言葉まではわかるまい。
「そしてあなたは父に、魔王を倒せば全ての魔物がいなくなると言った者に会いたいとおっしゃっていましたよね?」
「うむ……」
「その方はこの扉の中にいます」
どういう事だ、皇帝が渋った様子を見せたと言うのに、その娘であるイザベルが勝手に連れてくるとは……
だがまぁ良い、会わせるというのであれば会ってやろうではないか。
イザベルがどうぞと我に扉を開けるように手で指し示す。
「貴様は入らないのか?」
「そう言われましたので」
ますますもってこの中にいるものが怪しいが、元の次元に戻るヒントがここにあるかもしれん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
扉に手をかけて中へ入る。
部屋の中は扉同様豪華な造りになっていて、綺麗に整頓されていた。
その中に椅子があり、そこに1人座っている、その背もたれから頭部を覗かせていた。
「貴様か? 魔王を倒せば全ての魔物がいなくなると言った者は」
「そうだ」
椅子から立ち上がり、我の方を向いてくる。 その姿は皇帝と変わらない程度の歳をした雄で、よく引き締まった体躯をしている。
端正な顔立ちで、若い頃は相当雌にももてはやされたであろう。
「私こそが最初の勇者と呼ばれ、魔王と戦ったホセ……ホセ・イグナシオ=ルリだ」
「な、なんだと!?」
神格のある者か、あるいわ賢者の様な知恵と知識を持った者がいるとばかり思っていたというのに……勇者だと!
ハズレだ。 ここにもはや用はない……
「初代勇者のホセと聞いて驚いたかね? 君ぐらいの歳でも昔話で知っていて当たり前だろうからな……もっとも、勇者とは名ばかりで魔王に私は敗北をしたのだが」
「我の思い過ごしだった」
くるりと反転して部屋から出ようとする。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 君が私に会いたいと言ったんじゃなかったのか?」
「だから言っただろう、我の思い過ごしだったと。 もう貴様に用はない、さらばだ」
「待て、待ってくれ、わけがわからない。 つまり私は君が望んでいた者とは違ったとでも言うのか?」
はぁ……まさかこの展開はさすがの我も予想しなかったぞ。
「その通りだ」
「で、では、君が望んだ者とは一体どんな人物だったんだ」
「……そうだな、賢者のように知恵と知識を蓄えた者だ」
もう用はないだろうと足を進めようとすればまた呼び止めてくる。
「いい加減にしろ! 我は勇者と魔王の争いになどまったく興味はない!」
「イザベルに聞いて興味が湧いたから君は私と会う事ができたのだ。 少しは私の話にも付き合ってくれてもいいだろう?」
それはイザベルが勝手に話したからだ。 我には関係がない。
「それに君は何者なんだ? ……人ではないだろう」
「だとしたらどうだというのだ」
「いや、それは今はいい、私の話を聞いてもらいたい」
そこから我はくだらない勇者の昔話とやらを聞かされる羽目になってしまった。