ルースミアとルルアガ帝国皇帝
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急いで手を離したが時すでに遅く、ハゲタカは首があらぬ方向に曲がって動かなくなってしまっていた。
「あ、あああ……ブロック様が!」
辺りにいた悪鬼共たちがハゲタカの変わり果てた姿に呆然としている。
「貴様がイラつかせるような事を言うから力が入ってしまったではないか!」
「そんな、友よ、俺のせいにする気か」
「貴様など最初から友でもなんでもないわ!」
『怪物魅惑』の魔法は敵意を見せればそこで効果が切れる。
効果がなくなった悪鬼は状況が訳がわからないと言ったそぶりを見せている。
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!」
「ブロック様が殺されたぞぉぉぉぉぉ!」
「バケモノだぁぁぁぁ!」
一斉にコウモリの羽を羽ばたかせ、我から逃げ出そうとエーテル移動の魔法に似た能力を使ってエーテル界に逃げ出しはじめた。
敵意のないものまで攻撃しない我は、悪鬼たちがいなくなるのをただ見ているだけだった。
そしてすっかり見えなくなった時になってやっと大事なことを思いだした。
……魔王の居場所を聞き忘れてしまったわ。
ううむ、まぁ今更悔やんだところで仕方があるまい。 ひとまず帝都に戻って……
そう思ったところで帝都の方から騎兵隊がこちらに向かってきているのが見える。
「う……」
さらには呻き声が聞こえて辺りを見回すと、どうやらまだ息のある者もいたようだ。
「おい貴様、生きているのか?」
目立った外傷はなさそうだな。 おそらく落とされた衝撃で気を失っていただけだろう。
「あ、あなたは……?」
「我も貴様同様ここまで連れてこられた」
「私は、助かったのですか?」
「そのようだ。 騎兵隊もこちらに向かってきている」
その雌は頭を押さえながら立ち上がり、フラフラさせながら辺りを見回している。
「私以外に生きている人は……」
この雌、自身のことよりも他の者を心配するとは随分とお人好しのようだ。 身なりもドレスを着込んでいる様だが一体何者だ?
そこへ辿り着いた騎兵隊の1人が馬から飛び降りるが早いか雌に向かっていった。
「イザベル姫! ご無事でしたか!」
「ああ、ジョルディ=べレンゲル、あなたなのですね」
なるほど、この雌は帝国の姫だったのか。 どうりで悪鬼らが帝国に来た時と、救出のための騎兵隊がこうも早く動いたわけだ。
「そこの方が私を……」
「君が姫を守ったのか?」
「いや、我は起こしただけだぞ」
ジョルディ=べレンゲルと呼ばれた雄が我を怪しむように見つめてくる。
「君は……」
「べレンゲル隊長! こちらに!」
呼ばれて視線をそちらへやると、そこには我が勢い余って首をへし折ってしまったハゲタカの亡骸がある。
「こ、コイツは魔王軍の……」
「見てください、首がへし折られている以外、特に外傷がありません」
「一体誰が……まさか?」
「生存者発見です!」
一瞬だけジョルディ=べレンゲルが我を見たが、すぐに生存者の救助に向かった。
まぁいの一番に怪しまれるのは無傷で立っていた我なのであろうな。 それに先ほど何か言おうとした時に、視線が我の瞳と髪を見ていた。
さてこうなってくると面倒なことに巻き込まれそうだが、番であればどうするか……
後からやってきた馬車に次々と生存者を乗せていき、亡くなった者を別の馬車に積まれていく。
全てが終わったところでジョルディ=べレンゲルがまた我の元に来た。
「君はイザベル姫を救ったようだし状況も教えてもらいたい。 是非とも一緒に城まで来てもらいたい」
「嫌だ、と言ったらどうする気だ?」
「あまりこういうやり方はやりたくはないけれど、強制連行させてもらう」
やはり面倒ごとに巻き込まれてしまったか。 仕方がない、ここはおとなしく様子を見たほうがいいだろう。
「分かった、だが我も多くを知っているわけではないぞ?」
「それは後ほど伺わせてもらう」
この雄は我を見てもデ・ラ・カルたちのように幼い扱いは一切してこない。
今後デ・ラ・カルたちに協力させる為には人種といざこざだけは避けなければならないだろうな。
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帝都に戻り、そのまま城まで連れて行かれて小部屋に1人で待たされたあと、ジョルディ=べレンゲルが迎えに来てついてくるよう言われる。
「皇帝陛下直々に感謝を述べたいそうだ。 これは大変光栄なことだぞ」
ふん、正直面倒臭いだけだ。 まぁ面倒ごとになりそうなら『集団人物魅惑』の魔法でも使えばいいか。
連れて行かれた場所はやはり謁見の間と言われている、その地の権力者が権威を見せる為の席がある場所だった。
ずらっと並んだ威張り腐った様な顔つきの雄どもが立ち並び、それと同じく騎士たちが立ち並んでいる。
我は無論人種ごときの者などに平服などはしない。
ゆえに玉座の真正面に位置する見下される場所で立ったままだ。
その様子にざわつきが見られ、ジョルディ=べレンゲルが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「間もなく皇帝陛下が来る、片膝をついて首を下げたまえ」
「断る! 我はここに来たくて来たわけではない!」
その一言で辺りが一層騒がしくなる。
無礼な奴だとか小娘の分際でなど言いたい放題だ。
「いいか貴様ら! 我がもし助けなければ、今頃この国の姫は死んでいたかもしれなかったのだ! 皇帝云々以前にまず親として助けたことによる感謝を述べるのが道理ではないのか!」
我がハゲタカを殺したのだから嘘ではない。
だがこれでダメなら致し方あるまい。 『集団人物魅惑』の魔法で黙らせるしかないな。
「皆の者静まれ!」
叫ぶ声と共に1人の雄が姿を見せると一斉に跪きだした。
歳は40代後半といったところだろうか? なかなかに端正な顔立ちをしていて、意外にも筋肉質な体格に甲冑姿だ。 どこか【闘争の神レフィクル】を思わせる風貌をした雄は、玉座に座らずに我に頭を下げてきた。
「此度は我が娘、イザベルを救ってくれたこと、父親として感謝する」
この雄できるな、これが率直な感想だ。
地位のあるものが誰ともわからない我に対して頭を下げるなどそうそうできるものではない。
そんな皇帝と言われた雄が頭を下げる姿に驚きを隠せない臣下たちが、頭を上げる様に進言している。
「貴様らは黙っていろ! 余は皇帝である前に人の親でもある。 娘を救ってくれた者に対し礼すらできないと世間に笑われたくなどないわ!」
ふむ、こういう人間は踏ん反り返るしかできないとばかり思い込んでいたが、この雄はそうではなかった様だな。
頭を上げると皇帝は玉座に座る。
「さて、親としての礼はしたつもりだが、皇帝としても謝礼したい、何か望むものはあるか?」
財宝と喉まで出かかったが、今我は魔法の収納袋を持っていない。 全ての財宝は番に預けたままだ。
こういう可能性があると分かっていれば、番に我が財宝すべてを預けることはしなかったのだがなぁ……
となれば残るはこれしかないな。
「魔王を倒せば全ての魔物がいなくなると聞いた。 それを言った者に会ってみたい」