ルースミアと魔王の手下
別に宿屋は忙しいわけではない。 なのにシャリーがああ言ってきたのだ、きっと何かがあるのだろう。
ここは素直に聞き入れるべきだろう。
宿屋を出た我はこれからどうするかを考えねばならない。
手っ取り早いのはやはり魔王と名乗る者の元に行くしかなさそうだな。
だがそうなると魔王とやらの居場所を知らねばなるまい。
だがデ・ラ・カルたちがいつ帰ってくるかもわからないとなると、今の我が宛てにできるところがない。
いや、あるにはあるが妖竜宿のシャリーは当てにしたくない。
となると他に知っている者は居ないか……
おお、1人いるではないか、サンドロ=アルベスが、元勇者なら魔王とやらの居場所ぐらい知っているはずだ。 しかし肝心のサンドロ=アルベスの居場所がわからん。
そもそも、この町の事もよくわかっていなかったな。
となると、番ならこういう場合どうしただろうか?
……冒険者ギルド、か。 あそこならサンドロ=アルベスの居場所を知っているかもしれん。
とりあえず冒険者ギルドに向かったわけだが……
「ゴメンなさいね、私たち冒険者ギルドでは冒険者1人1人の居場所まではわからないの」
「お嬢ちゃん、仮に知ってたとしても1人きりじゃ行かせられないよ、あいつは危ねぇ奴だから行くならデ・ラ・カルたちとにしておきな」
とまぁサンドロ=アルベスの居場所を知っている者はいなかった。
孤独な奴なのだな。
しかしそうなると冒険者ギルドで魔王の居場所を聞く手もあるのだが……
ん?
何かが起こったようだ。 町中に危険を知らせるためだろうと思われる警笛が鳴り響きだした。
何かあったのか?
冒険者ギルドを出て見ると、悲鳴をあげながら慌ただしく人種共が逃げまわっている光景だった。
何からかといえば、上空に無数のコウモリも翼を持った悪鬼たちの姿がある。
大きさは人間よりもわずかに小さく、ニタニタと口元をゆがませながら人種を捕まえては宙に持ち上げては地面に叩き落としていた。
「嬢ちゃん危ねぇ!」
冒険者ギルドの方から声が聞こえたと思った直後、何かにつかまれて浮遊感を感じたと思ったら空高く持ち上げられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうやら悪鬼が我をつかまえて宙に持ち上げたようだ。
せっかくだ、ギャーギャー何を言っているかわからないから『言語読解』の魔法を使って言葉をわかるようにしておくか。
つかまれた手に触れて『言語読解』の魔法を使う。 するとギャーギャーとしか聞こえなかったのが、何を言ってるかわかるようになった。
「殺せ殺せ! お前も死ねぇ!」
「貴様らは魔王の部下か何かなのか?」
「ふぁ!? お前、俺たちの言葉がわかるのか?」
「うむ、当然だ」
悪鬼が不思議そうな顔で我を見つめてくる。
「お前、人じゃない。 何者だ」
「我が何者かはどうでも良い、貴様らの主人の元へ連れて行け」
この小型の悪鬼はどうしたものかと悩んでいる様子を見せている。 なので『魅惑』の上位魔法にあたる、『怪物魅惑』の魔法で擬似的に友か仲間と勘違いさせる。
「分かった、お前仲間、ブロック様の元に連れていく」
「頼んだぞ我が友」
クックックッ、単純な奴だ。 しかも探そうとした矢先に向こうから来てくれるとはな。
この調子ならそう時間がかからずに元に次元に戻れそうだ。
我を連れて、この帝都から離れて行く間も、人種共が宙に持ち上げられて地面に叩き落とされている。
番なら助けるのだろうが、我にはそんな義理はないし関係ない。
やっと遅れて出てきた兵士たちが悪鬼を相手に弓や魔法による攻撃が始まった。
次々と悪鬼共が撃ち落とされだしたのはいいが、我を掴む悪鬼にも矢が飛来してきたときは防いでやる。
「ブロック様の命令だ! 撤退だ! 撤退しろー!」
口々にそう叫びながら撤退をはじめだす。
言葉がわからない者からしたら、ギャーギャー言っているだけなのだろうな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帝都から程なく離れた地点に辿り着くと、我が魅惑した悪鬼は降下して我を放す。
「ブロック様はこちらにいらっしゃる」
「うむ」
後について行くと、鳥の翼にトカゲの尻尾の生えた手足のあるハゲタカのような顔の悪鬼が、連れ去ってきた人種の内臓をぐっちゃぐっちゃ汚らしい音をさせながらクチバシでついばみ食べているところだった。
「ブロック様、友を連れてきた」
「友だとぉ?」
そう言うと食べるのをやめたハゲタカの目が我を見てくる。
「誰だ貴様は」
「我が誰であろうとどうでもいい。 貴様が魔王とかいう奴なのか?」
「こ、こら! 口の利き方に気をつけろ!」
ブロックと呼ばれたハゲタカは我をジロリと見てから笑いだした。
そして我に『怪物魅惑』の魔法がかけられた悪鬼はその様子に慌てている。
「貴様……人ではないな? ここまで来た貴様に教えてやろう。 俺様の名はブロック、魔王様の守護7魔将が1人、バール様の片腕、リリス様の第一の僕よ!」
これまた随分と下っぱだったか。
「ふむ……つまり貴様は魔王どころかただの雑魚というわけか」
「友よ、ブロック様に対して失礼だぞ!」
やはりそう簡単に魔王とやらには会えそうにないようだ。
しかし考えようによってはこのハゲタカの親玉であるなんたらのところまで連れて行かせ、そこから更になんとかという親玉まで連れて行かせれば、あとはそのなんたらに魔王の場所まで案内させればいいのか。
ううむ、やたらと面倒くさいな……
「おい貴様、今なんと言った? 俺様の事を雑魚呼ばわりだと?」
「おい、早く謝るんだ!」
「聞こえているのなら聞く必要はないだろう? とりあえず貴様の親玉のなんたらのところまで案内しろ」
「き、貴様……俺様を雑魚呼ばわりした事を後悔させてやる!」
そんなに雑魚と呼んだ事が気に障ってしまったか。 それならばまぁよい、我に牙をむくというのであれば相手をしてやろう。
「力の差を思い知るがよい雑魚めが」
シャコッと両腕からリストブレードの刃を伸ばして身構え、ハゲタカを見るとなにやら羽をばたつかせていた。
「アレはブロック様の滅びの舞……」
ほほぉ、滅びの舞か。 戦いの最中だというのに舞を舞うとは随分と余裕を見せてくれる。
呆れつつもその舞を見ていると、舞を舞い終えたらしく、今度は一転して攻撃してきた。
「ふぁっははははは! どうだ! 手も足もでまい!」
大した事がなさすぎて手も足も出ないのではなく、手も足も出していないだけなのだがな。
「やはり雑魚だったか」
「……ふぁ!?」
「少しは期待したが、この程度で我に傷すらつけられんぞ」
特に我はなにもしていない。 己の持つ鱗の防御能力に自信があるからだ。
「な、なんだと! だ、だが、俺様を傷つけることは出来ま……う、キュルルル」
やれやれ、こんな奴にリストブレードを使うまでもなかったな。
片腕でハゲタカの首根っこを掴み力を入れる。 それだけで苦しげにもがいたが、我の手を振り解けるだけの力もないようだ。
「友よ、強いのはわかったからもうやめるんだ! このままではブロック様が死んでしまわれるぞ!」
「あ!?」
先ほどからうるさい悪鬼だ。 こんな事なら『怪物魅惑』の魔法をかけるんじゃなかった。
あまりのうるささについイラッとした弾みで、ハゲタカの首っ玉を握っていた手に力が入ってしまった。
——ゴキン。
「あ……」
「ふぁ!?」
つい勢い余って絞め殺してしまったわ……