第9話:独裁者は大馬鹿者
ピラミッドの人工知能がその独自判断で核ミサイルをピョンヤンに向けて発射した。
そのミサイル発射はピラミッドの最高評議会の判断によるものではなかったので、事前に知らされていなかった大統領以下の最高評議会のメンバーは不意を突かれたように驚いた。
そして、焦った大統領がタケルに意見を求めた。
「どうしてピョンヤンに核ミサイルを発射したのだよ?」
「少し待てよ、今、人工知能とのインタフェースの画面を見ているからさ」
「何か分かったか?」
「とにかく、人工知能は、現在、自己判断モードで運転中だね。もう少し待ってよ」
「早くしてくれよ、ミサイルがピョンヤンに着弾するまで5分もないのだからさ」
「・・・ なるほど、そういうことか、分かったよ」
「で、なんだって?」
「ミサイルが発射されたのは、外の世界の注意をピラミッド以外に向けるためさ。外の世界では、これから混乱が生じるはずだよ。ピョンヤンが核攻撃を受けたという事実以上の混乱がね」
「それは、どういう混乱だ?」
「人工知能はリーダーが一番バカな国の首都を狙ったのだよ。その一番バカなリーダーが頓珍漢な行動に出ると踏んだわけさ」
「具体的には?」
「すぐに分かることだけど、北朝鮮のリーダーが核攻撃の後も生き残ったなら、敵が我々であることに気付かずに、見当違いの相手に向かって反撃することになるだろうね」
「見当違いの相手ってどこだよ」
「それは、我々の核ミサイルがピョンヤンに着弾してから5分もすれば分かるよ」
タケルの見通しを聞いた大統領以下のメンバーは、状況を見守った。
議員の1人が議場の大画面スクリーンに映し出された新しい情報に気付き、それを声に出して述べた。
「核ミサイルがピョンヤンに着弾したようだぞ、さて、これからどうなるのだろうな?」
別の議員がスクリーン上の新たな情報を目にして言った。
「どうやら、ピョンヤンの地上は壊滅的な打撃を受けたようだな ・・・ あ、ピョンヤンの北東50キロメートルほどの郊外からミサイルが発射されたぞ」
以後、最高評議会のメンバーたちは、大画面スクリーンに表示される情報について口々に発言した。
「人工知能の予想によると、北朝鮮から発射されたミサイルはアメリカに向かっているようだな。ところで、北朝鮮がミサイルを発射したということは、あのキンとかいうデブの指導者が生きているということか?」
「生きている可能性が高いけど、死んだら反撃にでるように事前に指示を出していたのかもね」
「それも考えられるね。まあ、この際、あのデブの生死なんかどうでもいいけどね。それよりも、北朝鮮はどうしてアメリカに反撃するのだろうね?」
「このピラミッドから発射された核ミサイルは、全長3メートルという超小型の上にステルス機能を備えているからね、北朝鮮のレーダー網にひっかからなかったので、どこからの攻撃かが全く分からなかったのだろうね」
「そうだろうね。我々のミサイルはアメリカでさえも探知できないだろうから、北朝鮮が探知できたはずがないよね」
「アメリカに向けて発射されたミサイルは核弾頭を搭載しているのかな?」
「当然、核ミサイルだろうね、なにせ核攻撃を受けたわけだから」
「あとどれくらいでアメリカに着弾するのかな?」
「それもそうだけど、アメリカのどこに着弾するのだろうね?」
「ほお、ワシントンが標的のようだね。首都が攻撃されたから敵の首都に反撃を加えるか、それはそうだろうな」
北朝鮮からミサイルが発射されてから30分の時間が経過した。
そして、ピラミッドの人工知能が新たな情報を伝えた。
「スクリーンを見ろよ、さっきミサイルがアメリカのワシントンD.C.に着弾して核爆発が生じたようだよ。アメリカも頼りないね、迎撃出来るとしておきながら結局は出来なかったわけか」
「軍事では軍備の能力を誇張するからね。とにかく、ワシントンに着弾したのなら、全面戦争だね。北朝鮮に向けてアメリカの核ミサイルが発射されることは必至だね」
「うん、ワンサカと発射されるだろうね」
「お、やはり、ワンサカと発射されたぞ」
「これで北朝鮮もおしまいだね」
「この後はどうなるのかな?」
「さあ、核攻撃を受けたら、北朝鮮もいくらか反撃するだろうけど」
「それでも結局はやられちゃうのだろうね」
「当然だね」
「で、北朝鮮がやられちゃった後はどうなるのかな?」
「まずはアメリカが現状を把握しようとするだろうね」
「実は我々のミサイルだったと気付くのかな?」
「アメリカなら気付くかもしれないね」
「アメリカが我々の核ミサイルの仕業と気付いたら、どうするのだろうね?」
ここで、タケルが他のメンバーが気付かないことを指摘した。
「いや、アメリカが現状を把握している暇なんかないだろうね。この混乱でアメリカとその他の世界はこのピラミッドのことをしばらく忘れているのだろうけど、その間にピラミッドの人工知能が外の世界に一斉攻撃を仕掛けるはずだよ」
その後、北朝鮮はアメリカからの核攻撃を受けて全土が壊滅的な打撃を受けた。
その結果として、北朝鮮という国家が実質的に消滅した。
それは、たった一日の間の出来事だった。
そして、翌日になった。
タケルの自宅の端末に人工知能からの動議が届いた。
動議とは、人工知能が最高評議会に対して緊急の議題を出すことだ。
ピラミッドの人工知能は自動モードに入っていても、最重要事項については次に予定する行動を最高評議会に伝えて、最高評議会の承認を受けることになっている。
ピラミッドでは人工知能がそのような行動予定を最高評議会に提案することを「動議」という。
その動議を受けたタケルたち最高評議会のメンバーは、予め定められている通りに議場に集合した。
集合したメンバーの表情はどれもみな険しかった。
そのような中、大統領が口火を切った。
「人工知能が出してきた動議のことだけど、人工知能は外の世界に総攻撃を仕掛けるつもりだね。そうなると外の世界は滅亡することになるね。さて、どうするかな?」
これを受けて議員の1人が発言した。
「最高評議会が人工知能の動議を否決すると我々はどうなるのかな?」
タケルが確信した表情で答えた。
「我々が否決したって人工知能は従わないよ」
別の議員がタケルの見解を意外に感じて言った。
「従わないわけがないだろ。最終的には最高評議会が判断することになっているのだからさ」
タケルは、他のメンバーが重要なことを忘れていると思い説明に入った。
「このピラミッドが致命的な危機を迎えた場合は例外だよ。みんなはマニュアルの読み方が不十分のようだね。人工知能が人智による事態の収拾が不可能と判断した場合、人工知能は全てのことを自動的にやってしまうのさ」
大統領がタケルに聞いた。
「だったら、我々は何のために、この場に集合しているのだよ? 人工知能が出した動議を承認するか否かの決定を下すためだろ?」
「いや、違うね。今回の場合、我々の承認は単なる形式上のことだよ。このピラミッドは非常事態を迎えているので、人間よりも優秀な人工知能の判断が優先するのさ。それは合理的なことだと思うよ。なにせ、人工知能が最優先にすることは、このピラミッド、この我々の存続だからね。スクリーンのインタフェース画面を見ろよ。人工知能は我々に1時間の猶予しか与えていないよ」
女性議員の1人が発言した。
「その1時間が過ぎたらどうなるの?」
「人工知能の判断が優先して、この中庭に配備された100基の核ミサイルが一斉に発射されることになるね」
「発射されたらどうなるのよ?」
「このピラミッドの核ミサイルの標的は、世界の主要50都市と原子力発電所をはじめとする50の核施設なのだよ。50都市が被る被害は永続的ではないけど、50の核施設が攻撃を受けた結果は恒久的だね」
「それって具体的にはどういう意味よ?」
「つまり、核攻撃を受けた50都市の市民たちは爆風と熱と放射線で死ぬことになるけど、ミサイルの核物質の量はそれほど多量ではないので、生き残った市民たちは何とか生存できるだろうね。しかし、攻撃を受けた核施設からは多量の放射性物質が放出されることになるので、それが全地球を覆って生き残った人類までも死滅させることになるだろうね。その場合、シェルターに避難した人間たちもシェルターに備蓄された物資が尽きるなどして、やがては全滅することになるのだよ」
これに対し、その女性議員が悲壮な表情で言った。
「つまり、外の世界の75億人が死ぬわけね。言い換えれば、私たちは、外の世界の75億人を殺すわけね。でも、それって不条理だよね。このピラミッドの1万人を救うために外の世界の75億人を殺すのだからね」
タケルが答えた。
「不条理でも、このピラミッドとその住民を守ることが人工知能の最優先事項なのだよ。だから、このピラミッドの人工知能にとっては不条理どころか合理的この上ないことなのさ」
その後も最高評議会の緊急会議は紛糾した。
ピラミッドの中は男女同権の社会なので、実のところ、最高評議会は女性議員5人と男性議員5人から構成されている。大統領は男性だが、それは互選によるものであり、たまたま男性が大統領に選ばれたに過ぎない。
さて、その10人の議員だが、男性議員は外の世界への総攻撃を支持し、そして、女性議員は総攻撃の是非はともかくも外の世界の75億人を殺してしまうことに疑問を呈した。
そのようなことで、最高評議会は結論に至らず、タイムリミットまであと10分を残すのみとなった。
そのタイミングで女性議員の1人が発言した。
「ピラミッドの中の人間も外の世界の人間も一緒に生き残る方法はないの? そのオプションについて人工知能に聞いてみましょうよ」
ここでタケルは、人工知能と音声対話することを思い付いた。
=続く=