シーン4/結局うごきだす
「俺もう嫌だからね!」
「だから悪かったって」
「いくら好きだったって、あそこまでグダグダになるなんて信じられない。二人だとますます増長される気がする。月輝雨、お前、もうぜったい俺を置いてくなよ」
「わかったよ、わかったからもう怒んなよ」
「絶対だぞ」
俺は学食で昼メシを食いながらぷんすか月輝雨に当たり散らしていた。琳さんはあの後またエクトプラズムが抜けてしまい、夕飯奢ってくれたはいいけど食いながら時々幽体離脱したり涙ぐみそうな顔をしたりで全然食った気がしなかった。まったくもう。
しかしそれはそれとして、あの教会の感じは悪くない。芝居をやったら凄い雰囲気が出ると思う。なにか面白いことがやれそうな予感がする場所だ。やりたくないと言ったら嘘になる。いや、正直、やってみたい。それを聞いた月輝雨は考え込んだ。
「俺はやってもいいけど…」
「あ、やるんだ?」
「なんだよ」
「いや、なんでも」
「おい、勘違いすんなよ。琳さん土下座させるためだから」
素直じゃない。
「月輝雨、おまえ琳さん意識しすぎじゃない?」
「琳さんがひとを見おろした態度を取るからだ」
「それを言うなら『見くだす』だろ?『見おろす』じゃ物理的に上から見てるみたいじゃん」
「章生」
「ん?」
「チビッつの?」
「え」
「おまえ、おれが、チビ、だ、と、言ってる、の?」
「言ってないよ」
「ほんと?」
「ほんとも何も、一言も言ってないだろ、チビとか」
「いま言ったじゃねぇか!」
身長は禁句だ。まぁ、他にもいろいろ禁句はある。可愛い、女の子みたい、とかは超ヤバい。コイツが身長180あるとか顔がもうちょいゴツいとかだったら、人生違ってたんじゃないか。ヤンキーにもならなかったかもしれない。いや、なるかな。なるような気がするな。
「章生、お前、就職活動は?」
「うん、それだけどさぁ、俺春夏のインターンシップ参加しないし、秋から本格参戦でも良いっちゃ良いんだよね」
「じゃ、夏に芝居やるってスケジュールならいいわけ」
「うん」
「藤宝の演出部の求人あったじゃん?」
「…ああ…。うん、あれね。いいんだ、ああいうのは、もう」
誰にも言ってないけど、実はインターンシップに似たことは既にやった。ある劇団の演出部に一か月間。そこで俺はまったく自信を失ってしまった。一か月の間、毎日才能やアイデアや経験の無さを思い知らされた。ホンモノの芝居の人はみんな怖かったし、俺のいる場所なんか全然無かった。あれが芝居を仕事にするということなら、俺には無理だ。芝居は趣味で楽しくやれればそれでいい。それで充分だ。
「章生、また台本書いてくれんの?」
「そうなるのかなぁ」
「せっかくだから書いてくれよ。アリスにも声かけようぜ」
アリスは演劇部のメンバーだ。俺達と同じ三年だ。
「確かにあのキャラは捨てがたいな」
「アリスはいいと思うぜ。キャラ立ってるし、巨乳だし」
「え。アリスって巨乳だっけ?」
「うん。章生あんまりおっぱいに興味無いよね」
「いやそんなことはないよ」
「そうかな。興味あったら巨乳は見逃さないだろ」
「うーん」
「どっちかっていうと貧乳派だよな?」
「そうか?!」
「うん。水絵さんも貧乳だったじゃん」
「俺べつに水絵さんのこと」
「好きだったろ?」
「嫌いじゃないけど」
「バレバレだったぜ」
「うそ」
「マジ」
「琳さんにも?」
「気ぃ遣ってたぜ、琳さん」
「マジ?!」
「気づいてなかったの?」
「気づいてないよ!」
「そっかぁ。ま、俺は章生のほうが水絵さんには合うと思ってたけどね」
「そんなわけないじゃん!」
「なんで?」
「琳さん超えるなんて、無理」
「やってみなくちゃわかんねーよ」
無理だろ。あのルックスで頭も切れて芝居も出来て何やらせても超嫌味なくらい出来がよくて。どう勝負したって俺が勝てるわけない。
「章生ってそういうとこあるよな」
「え?」
「なんか、あきらめがよすぎる」
・・・だって、無理にきまってるじゃないか。
「章生~、月輝雨~」
陽太が手を振りながら近づいてきた。今日は授業あったんだな。
「陽太、おまえ日に焼けた?」
「うん。親方んとこで屋外イベントの手伝いしたから」
「陽太ほんと働くよなぁ」
「うん」
陽太はにこにこしながら購買で買ったパンを机のうえに積み上げた。それ、ひとりで食うのか。
「すげぇな、陽太。お前いくつ買ってきたの、パン」
「八個」
「八個?!」
「うん」
まぁたしかに陽太は月輝雨に比べると体の厚みが倍はある感じだ。それも筋肉ばっかで、倍。筋肉はエネルギー消費量が多いから食う量も多くなるのかもしれない。そういや陽太は体温が高いかんじがするな。
「陽太、琳さんから芝居やろうって言われた?」
「うん」
「ちっ抜け目ねぇな、あのやろう」
「うん?」
「あ、月輝雨は放っといていいから。やるの、陽太?」
「うん」
陽太はやるよな。なにしろ目の前に出されれば『うん』と言う男だ。ヤンキーやろ『うん』、柔道やれ『うん』、演劇やんない?『うん』、音響スタッフ頼む『うん』、で今日に至る。
よかったよ、陽太がヤクザとかにならなくて。鉄砲玉になって死んでたかもしれない。いや、死んでた絶対。
「陽太」
「うん?」
「誰かにヤクザになろうとか義理人情のために死んでくれとか言われたら『うん』て言うなよ。絶対、ちゃんと断るんだよ」
「え??誰に??」
誰にでもだよ。
俺はアリスに連絡を取ることにした。もしかしてアリスの携帯に電話するの初めてかもな。アドレス帳に演劇部のメンバー全員登録はしてある。でも実際に電話をかけるのはまた別だ。アリスに用も無いのに電話をかけたりなんか出来ない。
「はい」
「アリス?章生だけど」
「…」
ねぇねぇ、電話なんだから黙り込むのはやめてくれない?
「いま、ちょっといい?」
「いい」
必要最低限。無駄が無い。
「アリス、琳さんが芝居やりたいって言ってるんだ」
「…」
「アリスもやらない?」
「やる」
即答だ。やっぱ芝居好きなんだな、アリス。
「じゃ、近いうちにミーティングやるから。また電話するね」
「はやく」
「え?」
「はやくしてください」
「・・・う、うん」
アリスはちょっと変わった子で、普通にコミュニケーションを取るのが難しい。アリスってあだ名も不思議ちゃんから来ているらしい。芝居なら、普通の女の子の役も出来る。セリフも芝居もまずますだ。
だがいまだに素のアリスのことはよくわからない。俺がアリスについて理解していることは服装はゴスロリということ、予測不能のタイミングで場をさらう美味しいキャラだということくらいだ。月輝雨からはアリスのキャラを生かした台本を書けとか言われたけど(俺はずっと脚本演出担当)、いざ書こうとすると意外に難しい。
でも悪いコじゃない。芝居が好きな、まじめなコだ。コミュニケーションは取りづらいが、クラブの中では愛されていると思う。俺は気づかなかったけど巨乳らしいし。
「じゃ、ミーティングの日程決まったら電話」
言い終わらないうちにアリスは電話を切っていた。巨乳だとしても感じが悪い。
気を取り直して琳さんにも電話した。なんだかな、俺、かなりやる気になっているみたいだ。就活を控えているというのに。でもまぁ、まだ4月だから。芝居が夏までに終わるんなら問題ないし、課外活動(イベントの運営)としてエントリーシートに書けるかもしれない。
「琳さん、アリスも芝居やりたいそうですよ」
「ほんと?嬉しいなぁ。章生ありがとう。親方も手伝ってくれるって言うし、なんか懐かしいメンバーが揃いそうだね」
「親方も?!」
「うん、音の反響が面白い古い教会だって言ったら乗ってきてねぇ」
さすが琳さん、責めどこを心得てる。親方は、あ、言い忘れてたけど、親方というのは苗字だ。役職名とかじゃない。そして先輩なのにさんづけしないのは、親方が既に敬称を必要としない神だからだ。親方は音響の天才だ。親方が音響デザインを手掛けると作品は飛躍的に完成度を上げる。演劇部の芝居は親方によって命を吹き込まれたと言っても過言じゃない。また親方の音響で芝居が出来るのか。すげぇ、気持、上がる。
しかしあれだな、結局みんな動き出しちゃったな。俺は意味も無く立ち上がり、また座る。間違いなく俺は、ワクワクしている。まぁ、こういうのも悪くはないよな。うん。