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ヨコハマしょーもなガイズ  作者: 705(ナナ)
失恋ヘタレ男、ヨコハマへ
2/26

シーン1/失恋へたれ男


 琳さんはクラブの先輩だ。みためもよく頭もよく何をやってもとにかく目立ち、目があうととても優しくにっこりする。初見の印象、ウサンくさい。

 初見の予感は的中で、琳さんは性質タチが悪い。ひとめを惹く自分を熟知していて周囲を存分に振り回し、有機生命体が太陽を追うように物事をトラブルへと誘う。

 俺たち後輩は(琳さんにその気があっても無くても)何度も散々な目に会ってウンザリした。あの人には金輪際関わるまいと思ったことも一度や二度じゃない。

 だが結局のところ何だかんだ言いつつも俺たちは琳さんと縁を切ることはなかった。理由は俺たちにもよくわからない。琳さんてひとは要所要所で俺たちにしょーがない、許してやろうと思わせる才能があるのだと思う。

 いまでもときどき思い出す情景がある。

 うららかな春の午後、学舎前の桜並木は満開で、何本かの桜はそろそろ堪えきれず散り初めていた。琳さんは陽のあたる学舎前のベンチにぼんやりと座っていた。女の子達はちら、ちら、と琳さんに目をやった。

 ベンチの背もたれに体を預けた琳さんは、脱皮が終わって透き通った羽を乾かす蝶のように見えた。無防備で、たやすく指先でつまんで羽をひきむしれる。

 俺たちは桜並木を歩いていて、琳さんを見つけた。なにやってんだあのひと、ぼっとして、と月輝雨つきさめが言った。すると琳さんはテレパシーでも使えるみたいにこっちを見た。

 琳さんの目が俺たちを捉えると、それまで表情の無かった顔に明確な”喜び”が浮かんだ。俺たちが近づいていくことを期待し、待っている。それは計算かもしれないし、そうじゃないかもしれない。琳さんてひとはそういう表情の効果を熟知した嫌なヤツだ。

 それでもそのリアクションを見ると、俺たちはなんだかなぁとか言いつつ琳さんに手を振り、笑いかけ、近づいてしまう。そんなとき俺は、ああこれは琳さんの才能だよな、と思うのだ。

 

 琳さんには、綺麗な彼女がいた。ずっと好きで、でもなびかなくて、2年近くも追いかけていた。俺が知るかぎり琳さんが全力を使ったのは彼女に関することだけだ。努力の甲斐あってふたりはつきあうことになり、琳さんはすごく幸せそうだった。彼女をずいぶん大事にしていたと思う。もしかしたら琳さんて人は、案外純情なところがあったのかもしれない。みためで損をしているのかもしれない。いや、違うかなやっぱり。

 彼女とつきあいだすと学内における琳さんのポジションは変化していった。むかつくモテ男→彼女自慢がうざ過ぎ→振られたときの徹底したヘタレっぷりで同性からの支持率上昇、女子受け急降下。そう。意外なことだけど、琳さんはつきあって一年も経たずして彼女に振られてしまったのだ。

 振られた琳さんは抜け殻のようになった。かって性悪オプションフル装備だったあのひとがシオタレて、引きこもり、就職活動も放棄した。最初は日頃の行いが悪いからだと突き放していた俺たちだが、就活放棄まで行くとさすがに心配になってくる。だが、月輝雨つきさめはいいじゃん、別に、と言った。

 月輝雨つきさめは同じクラブで俺とタメだ。もちろん本名じゃない。日本舞踊の名取で師範で、これは芸名(って言うのかな?)なのだ。親もそっち系で、月輝雨つきさめはゆくゆくは家業を継ぐらしい。そりゃお前にとっては就職なんかどうでもいいだろうよ。

 月輝雨つきさめは去年から『若先生』とか呼ばれ家で稽古をつけている。月輝雨つきさめはみため(だけ)は少女のように可憐で可愛い。若先生登場以来、女の子(と、女の人)の弟子がえらい増えた。稽古中は本性を隠しているんだろうな。ふだんの月輝雨つきさめみせたらドン引きだ。

 月輝雨つきさめは中学時代ヤンキーをやっていた。ヤツのアイデンティティはヤンキー時代に培われたものだ。あるいはそうじゃないかもしれない。もともとああいう、よく言えば激しい、悪く言えばキレた気性なのかもしれない。

 俺は大学からのつきあいで現役時代のことは知らない。同じ学区でヤンキー張ってた陽太によれば少年院に行かずに済んだのは奇跡、らしい。チビで華奢であの顔だからヤンキー界でもなめられる。そのたびにそれは凄まじい暴力沙汰を起こしていたそうだ。ヤダヤダ。

 そんな月輝雨つきさめがいいじゃん別にと言ったからって、そうだよねとは思えない。俺は琳さんに就活だけはちゃんとするよう再三言った。だがエクトプラズムが抜けてしまった琳さんには、何を言っても無駄だった。まったくどんな純情物語だよ。性格悪いなら悪いで徹底してくれ。


 そんなこんなでうだうだしているうちにまた、春がきた。春が来て、桜が咲いて、そして、散った。琳さんは4年になり、俺たちは3年になった。琳さんの抜け殻っぷりはあいかわらずだったが、俺は今年就職活動に入る予定だし、陽太に至っては3年になる前に卒業後の行先を決めてしまった。

 陽太は親方のところへ行くそうだ。親方は大学の先輩で、映画や舞台の音響効果スタッフだ。いちおう卒業したらという話だが、今だって授業のないときは殆ど親方の仕事場に行ってる。

 俺はたぶん中小企業に就職して、最初は営業なんかに配属されるんだろう。営業はあんまり得意じゃない気がするけど、まぁ、しかたない。なんとか頑張ろう。

 しかし陽太が音響の仕事をすることになるとは。中学ではヤンキー、高校では柔道で国体、大学では何を間違ったか演劇なんかに興味を持って(興味じゃなかったかもしれない。流れでそうなっただけで)、音楽聴いたこともなかったくせに音響効果の仕事を選んだ。

 それだけ聞くと相当行き当たりばったりみたいだが、実際に陽太を見ていると印象は違う。なんていうか、堅実な感じを受ける。あいつだけはいつもちゃんと現実を見ている。

 陽太には、迷いが無い。迷うほど考えないからだと月輝雨つきさめは言うが、それも才能だと思う。親方が留年限度超過で除籍になったとき、陽太は当たり前のように中退しようとした。親方についてく気だったらしい。親方が大学くらい出ておけと言って(言えた立場じゃないけど)、陽太は素直に大学に残った。

「お前、自分の意思とか将来計画とか無いの?」

月輝雨つきさめは呆れたように言った。偉そうな口調だが上背タッパのある陽太を見上げる格好だ。

「うん」

陽太はにこにこしながら答える。背だけではなく体格ガタイもデカい。ひとめで格闘技系スポーツをやってたことがわかる。コイツが怖い顔したらホントに怖いだろう。だけど陽太が怖い顔をすることは滅多に無い。

「陽太って、いま目の前にあるものだけ、なんだよな」

 月輝雨つきさめは呆れた、という感じのリアクションを取ったが、俺は陽太がうらやましいと思った。目の前にあることだけで良いなら、世界はどれほどシンプルだろう。自分の能力の限界とか、将来のこととか、この広い世界に自分の居場所があるのか、とか。目の前にないことを考えて俺は不安になっている。


 そんな、春の、ある日。

「俺、大学やめて引っ越すわ」

緑に芽吹きだした桜の大木を眺めつつ、琳さんがそう言った。

「は?」

「なんで?」

「親が、死んだ」


 琳さんは独り暮らしだ。地方から出てきた風でもないのにな、と思ったこともあったけど、突っ込んだ話はしたことがない。親ってどっち?お父様?お母様?

「これで俺、天涯孤独なんだよね」

もしかしたら両方一度に?

「言ってなかったっけ?」

言ってません。

「父ひとり子ひとりで、オヤジは六年前に再婚してシンガポールへ行っちゃったんだよ」

六年前って高校生じゃないの?いいのか未成年放置してシンガポール行って。

「フリーダムな人なんだよね」

遺伝ですか?

「で、シンガポールで、亡くなったんだってさ、オヤジ」

「ってさって他人事みたいに」

「え。あれ。もしかして引っ越しってシンガポールにですか?」

「いや、それはないよ。俺、日本国籍しか取ってないし」

「あれ。お父様外国の方なんですか」

「それも言ってなかったっけ」

言ってません。いや、まぁ、それはいいんだけどさ。大学やめるってどういうことよ。

「どこ引っ越すの?」

「石川町」

「石川町?」

「うん。横浜。中華街の西門の近くに、家買ってあったらしいんだよね」

「お父さんが?」

「他にいないじゃない、父ひとり子ひとりなんだから」

「すみません。お母様はいつ亡くなったんですか?」

「俺が小学生んとき」

「なんかいろいろ複雑なんですね」

「シンプルだと思うけど、登場人物少ないし」

「シンプルと言えばシンプルかもな」

「ね?」

「まぁそれはどっちでもいいですけど」

「で、オヤジが死んだに伴い、チンケなもんだけど一応、遺産?石川町+ちょっとまとまった金やるから縁切ってくれ、みたいな感じなんだよね」

「だれが?」

「シンガポールの再婚相手とその家族」

「縁切るって??」

「それ以外の遺産については、相続権を主張するなってこと」

「なんかやっぱり複雑じゃないですか」

「登場人物増えると複雑になるよね」

「で、琳さん、石川町に引っ越すわけ?」

「いま誰も住んでないらしいんだよ。もったいないでしょ」

「たしかに。でも大学やめることはないんじゃ」

「石川町遠いじゃない」

そういう理由?!

「遠くねぇよ、石川町」

 月輝雨つきさめはハマっ子だ。家は菊名なんで石川町よりはずっと大学寄りだけど。

 石川町、スマホでルート検索してみた。一時間ちょい。うちの大学が駅から十五分歩くから一時間二十分くらい?いま住んでんのが大学から徒歩八分のアパートだから、それに比べれば遠いけどさ。でも大学辞めるほどの距離じゃないよね、普通。


「思ったんだけどさ」

なにを?

「石川町の家を小劇場にして、芝居、やろうよ」

はぁ?!


 申し遅れたが、あれ。いま思いついたけど申し送ると申し遅れるは語感が似てる。ちなみに意味は互換しない。なんのオヤジギャグだ。やべ、琳さんの発言のインパクトで混乱してる。俺けっこう突発的な衝撃に弱いタイプなんだよね。


 仕切りなおす。


 申し遅れたが俺たちは演劇部だ。部長だった水絵さんが退部してからは、組織としての体を成していない。ちなみに水絵さんは琳さんの元カノだ。そのためキーワード『部長』に関する話をすることが出来ず、次の部長はうやむやなままだ。

 二年以下の部員はそーゆー情けない俺たちに見切りをつけ、なんとかいう小劇団を立上げてごっそり抜けてしまった。で、演劇部とは言いながらこの一年、まともな活動をしていない。


「俺、考えたんだけどさ。こんなぐーたらな部活動、体に悪いだろ」

「体には悪くないと思いますけど」

「じゃあ心に。メンタル不全起こすだろ」

「逆だ、琳さん。あんたがメンタル不全起こしたから活動がぐーたらになってんだ」

月輝雨つきさめおまえ言うことがきついよ。俺また引きこもるよ」

「こもれば?」

「ダメだよそういうこと言っちゃ。治りかけのウツの人はデリケートなんだから」

「誰が治りかけのウツの人だよ」

「俺だよ」

「あんたは単なる失恋ボケだ」

「ボケは余計だろ」

「や、余計なのは失恋だ、ボケだけでいんじゃね?」

「はいはい」

俺は溜息をついた。

「話を戻しましょ。えーと、石川町の家を小劇場にしたいんですね?」

「うん」

「で、芝居をやりたいんですね」

「うん」

「それ大学通いながらやったらどうなんですか?あと一年も待たず卒業でしょ」

「それに演劇部再開すんなら、大学の講堂使うのがフツーだろ」

「新しい講堂、好きじゃない」

 去年、それまでクラブ活動で使われていた文化活動舎が老朽化に伴って取り壊され、講堂も無くなった。新しい講堂は非常に大規模なもので(客席を設置した場合千余席入れられる)、もちろんそれは入学式とか特別講義とかで必要な大きさだったんだろうけど、俺たちが芝居をやるには広過ぎた。それも俺たちがぐーたらした理由のひとつかもしれない。大きさじゃない。俺たちは、あの古くて小さな講堂がとても好きだったのだ。

「そうかもしれないけどさぁ。だいたい家を小劇場にするとか可能なわけ?」

「わかんないけど、できんじゃないの」

「また適当な」

「だって俺建築とかそういう専攻じゃないもん」

「もんじゃねぇよ、もん、じゃ!適当こくんじゃねぇ!」

月輝雨つきさめ。ヤンキースイッチ入ってるよ」

「あ」

「また通報されちゃうから自重して」

 ちなみにここは琳さんのアパートだ。学生の一人暮らしにしては広いが怒鳴れば上下左右に筒抜けだ。月輝雨つきさめは以前にもここで激昂してケーサツ呼ばれたことがある。

「うん、章生ありがとう」

 ちなみに章生というのは俺だ。ヤンキー(過去)でも日舞の師範(現在)でもシンガポールに父がいるモテ男(過去)でも天涯孤独のメンタル不全(現在)でもない。ごく普通の大学生、就活準備中だ。

「じゃあ章生調べようよ、一緒に」

「なんで一緒になんですか」

「だって俺ひとりじゃつまんないもん」

「もん、じゃねぇっ!」

月輝雨つきさめ落ち着いてってば」

「あ、ごめん」

「琳さん月輝雨つきさめのスイッチが不安定な状態なんでもうちょっと真面目に話してください」

「俺、芝居がやりたいんだよ、お前らと」

いきなり直球。

「いっぺんだけでもいいからさ。やってみようよ」

 琳さんがまっすぐ俺達の顔を見た。こういうときのこのヒトに逆らうのは難しい。もちろん恫喝されているわけでも(そんなことしたら月輝雨つきさめホントにケーサツ沙汰起こす)泣き落としをされているでもない。

 でもなんというか、逆らうことが難しいのだ。琳さんが性悪で計算高くてナルシストでそのうえ人生の落伍者(候補)だということは充分承知している。なのに、まっすぐ俺たちを見る琳さんが純粋な想いを持つ少年のように感じられ、断ろうとする自分が世知辛く薄汚れた大人みたいな気がする。真面目な話、琳さんはメンタリストか役者になったほうがいい。


「断る」


 メンタリズムが通じない男月輝雨つきさめが間髪をいれず応えた。こいつはどっちかって言うと人にほだされたり同情したりしやすい性格だが、琳さんに関してだけは違う。琳さんが西と言えば月輝雨つきさめは東、琳さんが貧乳派なら月輝雨つきさめは巨乳推奨という間柄だ。ちなみに俺は巨乳も貧乳もウエルカムである。


「えー、なんでだよ」

「えー、じゃねぇよ、えー、じゃ!なんであんたと芝居やんなきゃなんないんだ、しかも章生と俺って三人でか?冗談じゃねぇぞ。三人で何が出来るって言うんだよ!」

「人はもーちょっと集めたほうがいいかもね」

「演劇部だって空中分解させた俺たちが人集めてまとめられんのかよ」

「えー。じゃあ三人でやる?」

「だから三人じゃ無理だっつってんだろ」

「人集めれば?」

「それも無理!人なんかまとめられねぇ。無理なんだよ、水絵さんがいなきゃ」


あ。禁句いっちゃった。


琳さんは黙った。黙ったまま、月輝雨つきさめの顔を見た。月輝雨つきさめもさすがにマズったと思ったらしい。すごく気まずい顔になっている。


月輝雨つきさめ

琳さんは静かに言った。

「じゃあ、水絵に頼んでみるね」


 ちょっと!よしなって!あんた水絵さんに振られて部屋から出ることさえ出来なくなってたじゃん!

 振られるまで散々泣き落とそうとしたり土下座したりあたま丸刈りにしたり(あれはかなり引いた)したあげくに「望みは、ない」と宣言されて、琳さんはほんとに引きこもりになった。演劇部もやめるんだろうと思ったら、水絵さんがやめた。

「みんなに迷惑かけてごめんね」

 水絵さんはそう言って、深々と頭を下げた。そして、アメリカの大学に留学してしまった。あれは本当に後味の悪い出来事だった。

 琳さんは水絵さんの見送りにも行かなかったし、その後もしばらく大学に顔を出さなかった。俺たちは部屋で孤独死でもしてんじゃないかと不安になってしょっちゅう琳さんのアパートを覗いた。

 たいてい琳さんは壁にもたれて、窓のそとをぼっと見てた。ただぼっとして、からだじゅう脱力して、無防備で。それはまるで羽化に失敗した末期の蝶のように見えた。簡単につまんで羽を引きむしれる。羽化しそびれて広がらない羽を。


「水絵さんに頼むなんて自殺行為だから、琳さん!」

「だって、水絵がいなきゃまとまんないんだろ」

「いやだからって」

「水絵の連絡先知ってるんだろ?章生」

「外国ですよ!」

「帰国してくれって頼む。連絡先教えて、章生」

「教えません」

「どうして?」

「あんたたちまた両方傷つくでしょうが」

「両方?」

「そうですよ!あんなふうにあんたを振るのに、水絵さんが傷ついていないと思うわけ?」

琳さんは視線を落とした。黙り込む。


「わかった」

 琳さんはそう言うと、ふいに立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとする。ちょ、待て、この部屋の主が出てってどうする。拗ねるな、いい年して。

「ちょっと琳さん、」

「待てオラァ、この失恋ボケがぁ!」


琳さんの足が止まった。


「いつまでメソメソしてんだ、あ?てめぇそれでもついてんのかよ」

 完全にスイッチが入った。まったく女の子(と女の人)のお弟子さんたちに見て貰いたい。品のないことおびただしい。品どころか理性もぶっとんだ顔になっている。でも流れとしてはこれでいい、というかこれが、いい。月輝雨つきさめにこれだけ罵倒されれば琳さんも…。

月輝雨つきさめ


琳さんが振り返った。冷笑に近い微笑みを浮かべている。きた。性悪スイッチ、ON。


「お前、なにチキッてるの?」

「あ?」

「俺らだけで芝居やんのがそんなに怖いの?」

「ああ?」

「水絵がいなけりゃ両手程度の人数もまとめられない能無しなの、おまえ」

「なんだと!」

「よくそれでヤンキー張ってたよね。それとも横浜のヤンキーのレベルが低いわけ?」

「ざけんな、神奈川県警よりはレベルたけぇよ!」


なんだそりゃ。


「あ、そうか。お前下っ端だから人まとめなくてよかったんだ。なるほどね、じゃ無理だね」

「ぼざくな。なに俺がまとめる話にしてやがんだ、え?てめぇでまとめろってんだよ!」

「いいよ」


琳さんはにっこりした。


「俺が人集めて、まとめる。そしたらお前もやるんだね?」

「は?」

「芝居」

「誰がてめぇとなんか…」

「怖いんだ?」

「あ?」

「若先生、若先生って持ち上げられて幸せだもんね。日舞以外のことやって、実力が板の上にさらされるリスクなんて負えないよね」

「なんだとてめぇ!」

「怖いなら無理しなくていいよ、若先生」

「怖いわけあるか、ボケ!」

「じゃ、やれよ」


いきなり琳さんの語調が変わった。やだなぁ。殴り合いとかになったら、俺、帰るよ。


「お前の実力どれくらい?俺が笑う程度か?それともごめんなさいってひれ伏す程か?お前が口ほどのもんだったら、俺、土下座するよ。ま、無理だと思うけど」


月輝雨つきさめは凄まじい目をして琳さんを睨みつけた。月輝雨つきさめ。おまえまんまと琳さんに乗せられてるけど気づいてる?


「土下座、するんだな」

「するよ、お前が凄かったらね」

「上等。かならずさせてやる、土下座。忘れんな」


 そう言うと月輝雨つきさめは足音荒く部室を出て行ってしまった。相変わらずのコミュニケーションスタイルだ。様式美の域に達する。

 琳さんはおおきく伸びをした。


「章生、石川町いこ」

「は?」

「家、みてみよう。劇場にできるかどうか」

 俺の意思とか確認しないのかしら。ひさしぶりだな、この王様っぷり。ある意味懐かしい。懐かしいけど、俺にも言いたいことはある。

「琳さん、俺、今年は就活ですから」

「いまからインターンに行くわけ?」

「いや、今からは行きませんよ」

「じゃあ行こう、石川町。夕飯おごるよ」

 餌で釣る気か。ほとんど犬あつかい。非常に腹立たしい。そうだ、この人こういう人だった。抜け殻期が長くて忘れてた。ちょっと元気になるとこれだよ。心配した日々が馬鹿らしい。

「あのね、琳さん」

「章生、はやく行こうよ」

 琳さんはすでに玄関に向かっていた。振り返って俺の顔をみると嬉しそうに笑う。おもわず脱力する。この人はこういう表情の効果を熟知している。そしてそれをわかっていながら俺は溜息をついて立ち上がってしまう。本当に嫌なヤツだ。こういうヤツと関わり合いになると、ろくなことは無い。


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