7. いのちをつかう
注文したアイスコーヒーは、紺碧の色をした江戸切子に注がれて、間もなくやってきた。
それを一口、直接ガラスに口をつけて飲むと、椿は朔月に話し始めた。
瞑想の中で二人の人生を重ね合わせていた事。
二人は望めば夢を実現できた事。
なぜ諦めたのか疑問に思っている事。
裕二の不器用な説明では得心してない事。
これから朔月はどうするのか心配している事。
椿の一通りの説明を、頬杖をつきながら、ふんふん、なるほどと聞いていた朔月は、これから発せられる言葉に余裕を持たせるように口を半端に開けて、一瞬、間をとった。
「夢だと思って欲して追い求めていたものが実は欲しいものではなかったのよ。
私たちは、夢と使命に互換性が無かったんだわ。」
「使命とは。」
「使命は使命よ。
いのちをつかう、と書いて使命よ。
思春期の全てを賭して、追い求めた夢は高みに登るにつれて、命を使うほどの価値はない、と気づいたの。」
「裕二は、原点を振り返って、ラグビーに使命を感じなくなった、という事か。」
「そうね。能力があったって、それに愛着がなければ、命まで賭けようとは思わないわ。
裕二はできる事とやりたい事の区別が、昔はできなかったんじゃないかしら。」
椿は、朔月の洞察力に舌を巻いた。朔月はつづけた。
「それにね、彼にはもともと他の才能もあったじゃない。
裕二は『バカだけど愛されるリーダー』なのよ。
彼の使命は、もっと、教育とか、リーダーシップとか、ほら、精神的支柱として地元に根ざして生きていくところに在る気がするわ。」
それなら、 裕二は良いパパにもなれそうだ、と椿は思った。
「今度裕二に教えてあげよう。
あいつは今、生まれてくる赤ん坊の事で頭がいっぱいだから。」
「そうね。一緒に会いに行きましょう。」
と、朔月は言った。
ご閲覧ありがとうございました。次回も椿と朔月の会話が続きます。お楽しみに。